第12話 置き去りにした幸せ
優しくない世界で、幸恵は懸命に生きていた。
ある日、疎遠だった両親の訃報が届いた。
葬儀の準備の為に久しぶりに実家を訪れた幸恵は、妹の家族に会った。
妹は幸せそうだった。
両親の死に涙する妹に優しく寄り添う旦那と子供。妹のお腹には新しい命も宿っていると言う。
妹の結婚相手は同じ鬼降魔の人間で、会社を経営している実業家。妹の結婚式は豪華で、集まった人の数も幸恵とは比べ物にならない程に多かった。
妹の子供は、鬼降魔の力を持っていた。
力を持った男子は、一族の中でも優遇される。度が過ぎた愚鈍でなければ、一族の人間が経営している会社にコネで入社出来る。妹の子供は恵まれた両親の元に生まれ、健康的な体を持ち、輝かしい将来まで約束されていた。
鬼降魔の力を持たなかった自分の子供と妹の子供の境遇の差に、幸恵は怒りを感じた。
(妹は何でも持っている。私が欲しいもの全て)
両親に愛されなかったのも、自分の人生がうまくいかないのも、息子の体が弱いのも、息子が鬼降魔の力を授からなかったのも、旦那が浮気したのも、全て妹のせいではないかと幸恵は思った。
(私の幸せを、妹が奪ったのね)
幸恵は妹の子供に近づき、肩に付いていた物を指先で摘む。不思議そうに振り返った妹の子供に、幸恵は笑顔を向ける。
「髪の毛がついていたわ」
妹の子供は丁寧にお礼を言って、可愛らしい笑顔を浮かべた。
(ああ、そうやって人に愛されるのね。憎たらしい)
妹譲りの可愛い顔と愛嬌の良さ。妹もそうやって、幸恵が得る筈だった愛情を奪ったのだ。
幸恵は、妹の子供の髪の毛をハンカチに包んだ。
(私はどうなってもいいわ。けれど、息子は幸せになる権利がある)
***
両親の遺品整理の時。
幸恵は実家の押し入れから、禁呪が書かれた本を取り出した。子供の時に偶然見つけて、「触ってはならない」と父親から怒られた事があった。
古い本の頁を捲る。
本には、対象を呪い殺す術や奪う術など、魅力的な術が並んでいた。
(……でも、憎い奴らを殺したとしても、あの子は幸せにはならない)
苦しめたい対象は旦那と妹と妹の子供。けれど、相手を呪い殺す術を使ったとしても、幸恵の息子の幸せには繋がらない。奪う術はどうかと考えるが、奪えるモノは一つ。
悩む幸恵は、ある術の記述に目を留める。
「『取リ替エ』?」
持っているモノ同士を取り替える術。取り替えるモノも、複数指定する事が出来るという。
幸恵は吸い込まれるように、その術の記述を読む。読み終えた幸恵の口元に、深い笑みが浮かんだ。
(これなら、私が望むモノ全てが叶えられる!)
妹の子供と、幸恵の子供の持っているもの。
『体の丈夫さ』を取り替えれば、息子は『健康な体』になる。
『才能』を取り替えれば、妹の子供が持っている『鬼降魔の力』などの才能が手に入る。
何より、『存在』ごと取り替えれば、息子は妹の子供となり、妹の子供は幸恵の子供となる。
(妹家族に息子を渡して、幸せにしてもらう。妹は自分の子供じゃない子を育てて、自分の本当の子を奪われる)
術を使った者以外は、『取リ替エ』の術で何が取り替えられたのか気づくことが出来ない。幸恵の子供は、妹の子供として認識される。
ただ、優れた術者がいる本家の人間は気づく可能性がある。
禁呪である『取リ替エ』を使えば、本家が幸恵を罰するだろう。
──呪罰行き。
それは、禁呪を使った者を一族が作った牢に閉じ込める事。
刑務所のように、罪の重さによって牢に閉じ込められる期間が異なる。罪が重い場合は、体を呪術の道具にされる事もあるらしい。髪、血肉、骨、臓物は、呪術では強力な道具になる。本当の話かわからないが、子供の頃に両親に散々脅されたものだ。
(私が呪罰行きになったとしても、『取リ替エ』が成功すれば、妹の子供が『呪罰行きの子』として一族に蔑まれる。どちらに転んでも、妹と妹の子供は不幸になるわ)
禁呪が完成した場合、解呪する事は出来ない。
元に戻す為には、同じ『取リ替エ』を行う必要がある。本家は立場上、禁呪を使用する事は出来ない。妹が自分の子供を取り戻す為に禁呪を使ったのなら、妹も呪罰行きに出来る。
自分の子供の幸せと妹への復讐の両方叶えられるのだ。
幸恵は自分が考えた完璧と言える復讐に笑みを浮かべた。
(私と同じ場所まで引きずり落としてやる)
「お母さん?」
息子が不安そうな顔で幸恵を見ていた。幸恵は慈愛の笑みを浮かべて、息子の手を握りしめる。
「お母さんが、絶対にあなたを幸せにしてあげる。欲しいものを全部あげる」
(幸せな家族、健康な体、鬼降魔の力、安定した将来。全てをあげる)
幸せそうに微笑む幸恵の手を、息子はギュッと握り返した。
「僕より、お母さんが幸せな方がいい」
息子は、何処か悲しそうに呟いた。
***
仕事帰りの夜。幸恵は、とある神社を訪れた。
職場から自宅までの帰り道にある神社。人の出入りが少なく、木々に囲まれた場所は、隠れて呪術を行うのにピッタリだと思った。
幸恵は神社の駐車場に車を停めて、呪いに使う道具を入れた鞄をトランクから取り出す。
神社の参道から外れた木々の生い茂った場所へ足を踏み入れる。携帯のライトで足元を照らしながら進み、辺りを見渡した。
(ここなら、誰も入って来ないわ)
幸恵は鞄から二体の日本人形を取り出す。
昔、幸恵と妹に祖母がくれた物だ。妹は「怖いからいらない」と言って、二体とも幸恵の物になった。幸恵は人形の一体に妹の子供の髪の毛を埋め込み、もう一体に息子の髪の毛を埋め込んだ。
二体の人形を紐で木に括り付け、地面に術式を描き、場を整える。妹の子供の髪の毛を埋め込んだ人形に、果物ナイフを突き刺す。能面の人形が、痛みを訴えるかのように手足を揺らした。
これから十三夜掛けて、人形を壊していく。
幸恵は参道へ戻り、お社までの階段を上った。周囲からは見えないが、高い位置にあるお社からなら術が見えてしまう為、隠す必要があった。
幸恵は鞄を探る。目眩しの術の媒体になる物はないかと思い、鞄から取り出したのは、息子が昔お気に入りだったミニカーだった。息子が小さい頃によく使っていた鞄だった為、その頃に入れた物が入ったままだったのだろう。
幸恵は微笑む。
旦那と子供と三人で幸せに笑っていた頃の思い出の品だ。
幸恵はミニカーを媒体にする事を決めて、地面に置く。ミニカーに目眩しの術をかける。成功したのを感じ、幸恵は笑みを浮かべた。
昔の幸せを置き去りにするかのように、幸恵はミニカーを置いたまま、神社を後にした。




