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月を象る  作者: 亜房
羅針盤
5/11

セレネーとアネモネ

 オドオドした少年が迎え入れた先は、仮面の群れだった。造花売りで生計を立てて貴族になっていたら、違ったかもしれないが大変に気味が悪い──仮面舞踏会なんて、招待状があっても私は参加しないと思うから、それはあまり関係ないのは置いておこう──よく考えなくても私もソレの一部なのだけれど。


遥塚はるか 終日ひねもす。そう言えば言うの忘れたから。』


鼻先(花咲)のサングラスをくいとあげて今更のように言う。アネモネより淡い青。サングラスなのに日に焼けてしまったらしい。やけに夜景に似合う不思議な雰囲気だ。


「ヒネモスちゃんね。私もネモちゃんって呼んでもいいかな。」


『かまわないよ。私に船は操縦できないけど。』


 クスリとも笑わずに冗談らしきものを言う。番傘ばんがさで顔の半分を隠してもその無表情はきっと隠しきれない。そもそも彼女が人間として笑える個体なのか。


「ありがと。ネモちゃん。ところで、どうして私はこの場所に連れてこられたの?」


『リヒトのお願いを聴いたから。私はあなたの担当らしいから。その、顔合わせ。月を、探したいんでしょう?』


うなづく。


『セレネー、ヘカテー、アルテミス、どれ?』


月の女神の名前だ。しかし、そんな月の形に人はおさめられない。満月にも三日月にも合わない人間だっている。


満月(セレネー)だけれど、三日月アルテミス


つまみ食いをして答える。机の上に置かれているヘーゼルナッツも。


『その姿は新月ヘカテーといったところ?随分綺麗。』


素敵な合いの手。そう言えばヘカテーは新月だったか。


「うん。私の憧れの人だからね。綺麗にしか見えないよ。」


 目は口ほどに物を言うと言うが、盲目はどれほど、物を言えるのだろうか。恋が作った盲目なら想い人の好ましい点が、憧憬しょうけいが作った盲目なら……。自嘲のように考える。だから見つからないのかも知れない。あなたが降らす雨にも私は気が付かなかった。塵芥のように雲を作っていたのに。


***


 彼女はただ目を惹く女性だった。彼女は、とあるコミューンの発足日に明日へのページをめくり違えたように、ふらりとやって来て目を擦りながら欠伸をした。太陽の下では輝けないくらい儚く、薄暗うすぐらく透き通った氷のように美しかった。その神秘性すらある透明感にコミューンは惚れ込み女性をちょうど空席だった長に閉じ込めた。罪深くも、日陰で生きるべき月に太陽の代役をさせたのだ。御子がいらっしゃったとか言って、あれよ、悪れよ、荒れよとインチキ霊感商法の御神体。雑誌裏表紙の金運のブレスレット。正直あのコミューンの大人はとち狂っていたと思う。


 しかし、私もまた狂ったレールに乗せられていた不格好なガソリンカーだった。とち狂ったサイクルをする前輪を追いかけるように、彼女の近くに()った。酒気帯び運転。アクセルとブレーキはどっちが右だったか。警邏隊隊長──集落の警備長。垂氷さまに一番近い要職だった──ってのはその成れの果てだ。停滞を求める彼女とそれを助けてしまう私。三流映画にしても酷い構図だ。それを横合いからかっさらったのは、綺麗に磨かれた秒針を追いかけるような速さのBMW。降りてきた遊佐木とかいう奴は、その停滞を終わらせようとした。ピースは歪でもしっかり絵になっていたものを、あくまで利己的にひっくり返したのだ。私はそいつが嫌いだった。ロベリア。ただの嫌悪。


***


『あの男性が──気になるの?』


ネモちゃんの声でふと我に帰る。


「いや、何でもない。苦手な人によく似ていたから……」


『そう。ここでは、他の人の会話に耳を澄ませたりしては駄目だよ。今みたいにじっと見るのも、ね。』


仮面を指してそう言う。お忍びで来てる人も居るということらしい。まぁ、これ程悪巧みに適した場所はないか。マンホールの下みたいだ。きっと陽が出てても暗い。


「わかった。で、私はどうすればいいの?」


『出来る限り今は動かないこと、かな。貝になった気分で、水底でじーっと。でも砂は飲み込まないようにね。』


花のように手を咲かせたり枯らしたりしながら言う。こんな深海みたいなところに呼び込んだのに……。私は将棋の玉ではない。着いて行ったら詰まされるなんて聴いていない。


「どうして?」


『貴女がタルヒさんに逢うのはそれほど難しいから。科挙より難しい。月の枝を折るどころか、空に月を象って、撃ち落とさなきゃいけない。カンペもない。そして、何より、問題なのが──』


突然置かれた空白。ジョン・ケージ4分33秒の演奏。居心地が悪い。同じジョン・ケージならオルガン2/ASLSPが好みだ。終わらずほとんど変わらない停滞。17ヶ月の沈黙は流石に待ってられないけれど。


『そう。タルヒさんは、貴女じゃなくユサキと遭うことを望んでいるという事実。』


たっぷりと時間を待って決定的な一言。どっぷりとした夜に溶けるまえに耳が広い上げる。薄々分かっていた話だった。諦める事が正しい選択であること。グラスに目を落とす。ウイスキーのを上で踊り溶ける氷。ヒラヒラと花が乗せられる。紫のアネモネ。


『けれど、私は諦めることを勧めたりなんかしない。諦めは人間の武器だ。振るうときには覚悟が要る。切れ味は鈍い。ハムすら満足に切れない。ずっと寂しさという膿を出しながら痛み続ける。』


『勿論、ドロップアウトするのは、かって。何もかも忘れて太陽だけ浴びてればいい。酒煙草男に非合法適当にまぶしてLAZY TIME ALL DAY。けど何か癪、じゃない?謝る前に勝手に罪が消える。自分を苛み続けるのに。』


拳を握る。ネモちゃんに、それを存在がわかる程度最低限にさすられる。


『これが、最後のドロップアウトポイントだよ。よく考えて。家を買う時くらいではひょっとしたら不十分かもしれない。』


そう、言いながら。






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