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月を象る  作者: 亜房
羅針盤
4/11

ル・ヴルー

 仮面の先で揺れ動く焦げ茶の髪を追いかける。路地裏。論理(Logic)の裏をかくように何度も角を曲がる。カラのスプレー。グラフィックアート。目出し帽の大男と仮面の女性が交互に指さす。美女と野獣。


『あ、着いた。』


 それぞれ四回ずつ見た頃、彼女はそう言った。やっとか。恐らくあの古めかしいドアの先だろう。溜め息を一つ。ここの空気は不味まずい。泥とコーヒーを混ぜたみたいだ。色は似ているが、確実に違う。少なくとも余り長居したい場所ではない。知っていたであろう坤野さんはもう帰っていた。『どうせ、リヒト君居ないだろうし、遭って歓談するような仲でも無いからね。』シュールストレミングでも持って行ってやろうと静かに決意した。


『気は抜かないようにね。蝶を捕まえるときみたいに慎重に。』


 寝惚けたような紫の目がサングラスから覗かせて言う。ピンぼけしたチェキが似合いそうな仕草。オレンジ色の時刻表記21:45。そう言えば彼女はこんな時間に外にいて大丈夫なのだろうか。そんなことをぼんやり考えた。でも、彼女のことを心配する親の顔が何故か思い浮かばなかった。裏側のないハリボテみたいだ。


***


 明らかに年季が入ったドアが壊れそうな音を立てて開く。彼女は少し待っていてと目で合図して先に入った。


『どちら様?』


遥塚はるか 終日ひねもす。』


『ネモちゃんの名前を聴きたいんじゃないの。そんなの分かってるってば。』


 ドアの向こうの会話が漏れ聞こえる。流石蹴り飛ばせば壊れそうなだけある。お陰で彼女の名前が遥塚 終日と言うらしいことがわかった。まるでストーカーみたいだ。


『ああ、彼女のこと。リヒトが言ってた人らしい。スイキちゃんだって。』


やけに平板な声で紹介された。まだロボットの方が温もりがあるくらい。


『え?今日だったの??──さん。来るんだけど──』


『きっと大丈夫よ。仮面だって──』


どうやら、また首都高速にいるらしい。さながら轢き逃げだ。


『どうしましたか?こんなところで立ち往生とは良い趣味ですねとは言い難いですが。』


思いがけず背中から声が飛んでくる。無菌室育ちの均質さと丁寧さ。非常に嘘臭い。造花みたいだ。あれはあれで美しいけれど、偽物感を消しても本物になれないだろ。そういう奴だ。そして、私は──この男を知っている。


「どうでしょうね。連れてこられたのですけれど、少し待っていてくれと置いてかれてしまったのですよ。──困りました。」


 仮面を付けていることを良いことに造花を投げつけてやった。それでも、仮面越しの彼の笑顔はビクともしない。東京で良くある造花の贈答。造花屋はみんな億万長者になって、教科書のマルク紙幣のような厚みの財産を持っている。


『そうでしたか……。では、一緒に参りましょう。多分大丈夫ですよ。』


そう言いながらノックを三回。


『────』


『────』


『あ、ユサキさんじゃない?』


『え────』


 ガチャガチャガチャ。勢いよく鍵を開ける音。開けようとして、チェーンが思い切り引っかかる。つい笑いが漏れるコミカル。翻訳ソフト使ったことがバレバレのスナックの包装紙みたいなジャンクなコミカル。


『あ、ど、どうも。アマツメ・クウです。ル・ヴルーにようこそ。どうぞ。上がってください。』


オドオドした弱気な少年が自己紹介をしながら私たちの手を引いた。ちょっとした庇護欲が芽生えたが私は、見えないふりをして、そのエスコートを受けた。私は何処に踏み込もうとしているのか、分からなかった。




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