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月を象る  作者: 亜房
羅針盤
2/11

目と鼻の先にカラス

睡季スイキもういいよ。」


「で、ですが!!このままでは!」


「集落全域の可及的速やかな消灯を命令して。愛する人が居るならば、口付けを交わしたあと、居なければウイスキーでも一息に飲み干したあと、目を瞑るようにと。全て終わったら、あなたたちも。仕事終わりの報告は必要ないわ。」


 棄てられたんだ。そう、思った。独りぼっちの私はあれから酒を友にし、捨てられずにいる。数々の空き瓶と一緒に生きる日常。


***


『いくらなんでも、不用心ではないかな??女の子がどう考えても胡散臭い男が運転する車で爆睡するってのは。送り狼かも知れないじゃない。』


笑いながら起こされる。目を擦りしな──いや自分で言うのか、それ。もし化けてたとしても貴方は古狸だろう。からめ手で絡めとる。


「警戒レベルを上げた方が良いですかね。」


少し目をギロりとさせてみる。あのお嬢さん──澄香さんだったか──の真似だ。


『ははは。良いんじゃないかな。日常から離れた行動をとるときは過度な警戒をするくらいが丁度いい。これから行く場所もかなり特殊だからね。いつの間にか目と鼻の先にカラスが羽を拡げているかもしれない。』


 気がつくと車は止まっていた。妖しげな路地裏。目の前に拡がる手。黒い革のカラス。一寸先は闇。固まる身体。か弱い葦の意思の憂し。壊死。押しても動かぬ錆び付いた思考の歯車。


『嫌だなぁ……そんな怖がらないでおくれ。冗談さ。冗談。自分の立ち位置をしっかり分かってるか確認したかったのさ。』


冗談にしてもやり過ぎだろう。真意が良く分からない。


『あ、坤野さん。こんばんは。そろそろ来るかなと思ってた。』


 車の前に淡蒼のサングラスをした女性。緩やかに自死してるかのような嫋やかさと希薄さ。気まぐれな焦げ茶の前髪。差し色の灰が両頬を彷徨うろつく。知らずのうちに息を飲んでいた。何処と無く不安を感じる欠落すら人の審美を擽るスパイスだ。引き算が好きな美の神が造形した芸術なんだろうな。これは。


『それは、嬉しいねぇ。リヒト君はお元気かな?』


『うん。元気だよ。私と一緒で何か足らないけど。』


彼女は凍るような透き通った声をしていた。吐息と空気がミックス混ざる。


『ところで、その人だぁれ?』


意識がやっとこちらに向いた。構い過ぎた猫のような警戒。少し視線が不躾だったかもしれない。私はどうすればいいか分からず適当に相好を崩した。


『ああ、彼女は例の人だよ。仮面は有るかな?例の店に入りたいんだ。』


『これから私のイヤホンを断線させる人かな。大丈夫だよ。仮面なら有る。あの場所に入れるよ。』


イヤホン?断線?仮面?例の店?訳が分からない。深夜の首都高のような速さで話が右耳から左耳へと流れていく。現実味が無いからかもしれない。漏れ聞こえるエンジン音がヤケに大きく聞こえる。


『相変わらずネモちゃんはよく分からないことを言う。』


肩を竦める坤野さん。


『最近、持ってるイヤホンがすぐに断線するのが悩みの種でね。新しい悩みの種もイヤホンを断線させるかなと。花は()いてしまうから。』


首を傾げる彼女。


『ははは。でも彼女煩いわけじゃあないから、平気じゃないかな。』


笑う狸。


「何が何なんですか!!??」


思わず叫ぶ。暗くて狭苦しいこの場所で訳の分からない話を聴くのは辛い。不安がぽたぽたと頭に黒いコールタールを落とす。灰皿の中の汚水みたいだ。


『死ぬほど厄介かも知れないけど……聴きたい?』


 やっぱり五月蝿うるさいじゃないかと少し気だるげに言う。汚水の中を悠々《ゆうゆう》渡るネモ船長。船のようにユラユラ揺れる語尾が耳を掠める。その白い手が私の前髪を軽くさらう。私は自らの髪の色が恨めしくなった。これでは、神様の銅像を食い散らす緑青のようだ。


「この訳のわかんなさが少しでも晴れるなら。」


『へぇ。そうなんだ。じゃあ、この仮面を付けて私に着いてきて。』


目元だけの白い仮面。縁に花と月。蝶と風が足りない。きっと今夜はろくな夜にならない。仮面にはあるけれど、私には月も足りない。私が探している紙の月は、分厚い雲に覆われている。

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