Y' all know my steelo
──とある居酒屋
『そう言えば、遊佐木主任ってどんな子供だったんですか?全然想像出来ない。』
主任を押し付けた女性が煽るかのように主任の部分だけこそっと言う。何で聴くんだって瞳だけで答える。目を合わせる癖に、奥を覗こうとしない。上手いこと大和撫子。間違いなく悪用。本物激怒必至。
「変わらないよ。昔から私は。そう言う艮さんはどうなんだい?」
意趣返しにそう返してやる。大和撫子も牛と虎を前にしては、品を気にせず裸足で逃げるかもしれない。
『私のことを下の名前で呼ぶなと言ってるでしょう?私のことはカ・シ・マと。』
「瑕疵魔でいいかな。」
『一応、私は魔物ではないし、そんな間違いの塊でないことだけ言っておきますね。』
ああ、何処からか脳波を読み取られたらしいくわばらくわばら。
『しかし……少年時代からその均整はある種の病気ですね。』
諦めたみたいに話を転じる。江戸の敵を長崎で打つみたいに。酒の席で怒る人に話を合わせて、酒に塩を混ぜるみたいに。血圧が酷いことになるから割と笑えない。
「ああ。確かにそうかもしれないね。だとしたら、病巣は未だに残っているけれど。」
出かけたため息を酒と一緒に嚥下する。度数の高さが喉に纏わる。確かこれは彼女のお気に入りの酒だったっけか。
***
そう言えば、私の最古の記憶というのは随分最近のものであるらしい。夏場、陽の当たるソファで気だるげな気持ちを押し殺し、ソファで足を組んで、ポットの紅茶を飲んでいた。誰も見ていないのに、本場の葉。熱々のお湯なんて、夏には倒錯的な趣味だ。喫茶店でも1時間に冬場の10分の1くらいしか作らないというのに。私の人生はまるでレジ前に形作りに売られているカラフルなキャンディみたいだ。舐めると合成物に塗れた味がする。お天道様でさえ、遮られて見てはいないのに、挙措を義務感のように正している。生まれて以来止まらぬ欠落感を埋めるために。コーヒーはホット。シュガーもガムシロも用意するけれど、ブラックが至高。それ以外は飲まない。パスタはアルデンテ。ボンゴレだったらロッソでなくビアンコ。春は友人と桜を見て、夏は祭りを楽しみ、秋は家族で温泉旅行、冬は彼女とクリスマス。リストを確認するみたいに慎重に。調整役としてグループで買われるほどだったが、心配りなのに温度を感じない違和感に私だけが気づいていた。──大学2年の春。既に私は、臓器を持つ機械だった。
***
『遊佐木主任?どうしたんですか?唐突に黙り込んで?宗教上飲食してはならないものでもございましたか?』
いっそ蠱惑的なまでに空洞な目が私を覗き込んでいた。自分の我に返る速さに呆れる。過去を何だと思っているのか。タイムマシーンに乗ってもこんな早く帰って来れない。Calvin Kleinは小さい時分から履いてるけれど、そんなことは関係ないだろう。
「いや、別に?君にどう仕返しをしたものかと思ってね。」
適当な反応に怒る彼女をよそめにこの店の粋な主人に暴力より強い知力を定義した者の顔を2つ並べる。
『はい。確かに。次はいい魚でも用意しておきます。』
「ありがとうございます。では近いうちに。」
そう言って足早に居酒屋を後にした。同僚に悪いことをしてしまったと後から反省はするのだが、私は今やっている緻密に練られた企画より余程、あの男が持ってきた机上の空論に興味が惹かれていたから、きっと仕方がなかったのだろう。私の月が見えなくなって、はや数年。その糸口は怪しげなものだった。




