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月を象る  作者: 亜房
羅針盤
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花芽リヒトと名乗る男

『探しものかな?北極星すら見えないこんな夜じゃ、月しか見つからなそうだけど。』


 遊び人でも「夜は始まったばかり(もう帰るの?)だよ」とは言えないであろう時間帯に独り歩く女性に話し掛けるときには、絶対向かない回りくどさで、彼は話しかけてきた。普段なら、こういう手合いは駅前のビラ配りのように無視するのだが、今日は酒が入っていた。明日絶対に後悔する程度の酒量。現実と別れようと酒と一緒に流し込んだのに、トイレで最悪の再会をしそうだ。最後に飲んだメーカーズマークのショットが明らかに呼気に混ざっている。


「見つからないで随分経ちますよ!悪いですか!」


思わず、見知らぬ人に自分に仇なす現実って奴の罪を肩代わりさせる。感情を留める弁が酒焼けしている。理性の壁が崩れる音と似た喉。


『そうですか。』


彼は私がしたかった反応をする。烏龍茶をチェイサーしている人だ。「あ、これ烏龍ハイですよ」主催者は察した顔「ふぅん。つまんないね。」


『──貴方は悪くない。無駄に人が多いこの街で目印もなく人を探すのは、退屈な人生に幸せを探すのと同じくらい難しい。』


かと思えば、糸を垂らす。意図が掴めないのは多分酒のせいではない。「お酒?少ししか飲んでないよ?」呆れ顔「もう!そんなに酔っ払って!次は知らないからね!」千鳥足。


想蕩おとろ 睡季すいきさん。私はきっと貴女をすくえる。魂を取ったりしないから、私に着いてきてくれないかな?』


 何故か知られていた名前。お誂え向きカボチャの馬車。朝には消えてしまう魔法。風に触れて割れるシャボン。瘋癲ふうてんは好みではないから、酒が入ってても酔わない。


「貴方は誰なんですか?」


意味ありげに影は笑う。


花芽ハナメ 理人リヒト。私も実は人を探しているんだ。君と一緒で雲を掴むような状況なんだけれどね。』


***


 鳴るアラーム。何度目かのスヌーズ。頭痛と吐き気と一緒に三重奏。やっと消して立ち上がると強烈な立ちくらみ。嗚呼、無情。おまじないにしかならない薬を、そこらの空いたペットボトルの残りの水で飲み込む。部屋の雑多な物が作るまばらな空白が魔法陣か何かを作って、私から生気を吸い取る。窓から差し込む太陽で溶けるような感覚。ドラキュラにでもなったのかも。まぁそうだとしても、大蒜にんにくはそもそも苦手だから買わないし──食べると翌日の胃が絶不調になる──銀の弾丸なんて飛んでくる世界じゃないから、取り敢えず水に気をつけておけば問題ない……って、不埒なインテリアになりつつあった蓋開けっ放しの水で薬を飲んだっけか。警戒心が欠けすぎてて嫌になる。まぁ、そんなことは現実的でないし、私は人の生き血は啜らない。私が飲むのは精々ブラッディマリーくらいのものだ。塩を少々。タバスコを一滴。酒に飲まれてグロッキーになっていると言うのに私は何の話をしているのか。反省の色が全く見えない。


 抜け殻のようになった服を洗濯機に投げ込み、目分量で柔軟剤と洗剤をぶちまけてスイッチを押す。慌ただしい挙動で回り出す抜け殻達に、同情の目を向けたら、回転が吐き気にクリティカル。素早く目を離し、今度は綺麗なミネラルウォーターを飲む。冷蔵庫にバッグが入ってやがった。こんな状況になってて、何故家に帰れたのかイマイチよく分からないが、取り敢えずバッグの中を検分する。鈍い銀色の鍵。タクシーの領収書。財布──記憶通りの額が入っていた。3000円。カードも無事──全てを出してから、バッグをひっくり返すとヒラヒラと名刺。「花芽 理人」の文字と電話番号。氷解。そうだ。あの彼に送って貰ったんだっけか。「貴女を救える」とか言っていた怪しげな男。関わらないに越したことはないだろうが、好奇心がその紙片を捨てさせてくれなかった。もしかして本当に──願望が冷静な思考を溶かしていく。熱々の珈琲が名ばかりの物になるくらいに砂糖が入る。気泡の浮いている携帯でコール。


花下忘歸はなしたぼうきでございます。ご予約でしょうか?』


好々こうこうやな声が出て、思わず取り落とす。「どういたしましたか?」という声が遠い。あの怪しげなティッシュ配りが渡すティッシュのパッケージは釣り広告だったようだ。予想通りの期待外れ。どうやらかつがれたらしい。知ってたとは言え、転んでただ起きるのは癪に障る。精一杯の嫌がらせを込めて言ってやった。


「花芽 理人さんの番号では無いのですか?」


──本当にクソ喰らえだ。

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