女神
辺り一面の真っ暗闇。物音しない静かな空間。光などどこにもないはずなのに、はっきり見える集団がある。三人の子供たちと、美しい女性がテーブルを囲んでいるのだ。
「は~い、イチゴのケーキ三つね。ちょっと待ってて~」
美しい声と共に女性が暗闇に姿を消す。彼女こそが、女神様。
ここは異世界転生所。若くして亡くなってしまった子供たちに、特別な力を与えてから蘇らせる場所。大勢の女神様たちが働いているんだ。転生先の候補は全部で58。それぞれの世界に対応したルームで、子供たちは女神様と能力の交渉をすることになる。
「おまたせ。ショートケーキ三つだよ。一人一個づつだからね」
トレーを持った女神様が暗闇から姿を現し、茶色いテーブルの上に一つづつケーキを置く。ケーキから発せられる、スイートな香りが子供たちの食欲を掻き立てるが、フォークがないので食べれない。大人ぶりたい様子の子供たちはフォークと飲み物がないことを指摘せず、ただ女神の話を聞いているだけ。
「それでは、本題に入りますね。……あなたたちは死にました。死んでしまったのです」
慈悲を込めた趣深い女神様の発言。しかし、対して驚かず目の前の女神さまを見つめる子供たち。突然のことで上手く状況を飲み込めていないのだろう。そんな子供たちに、優しく語り掛ける女神様。
「でも、安心してください。あなたたちは転生することが出来るのです。それも、特別な能力付きです。日本そっくりな世界でもう一度人生を楽しむことが出来ます」
女神様の話に対して、やはり驚きを見せない子供たち。どうしてこんなにも無関心なんだろう、そう思う女神様であった。しかし彼女は、気持ちを切り替えて話を続ける。
「あなたたちに能力を授けます。欲しい能力を教えてください」
しかし、誰一人として口を開くものはなかった。困惑してしまう女神様。
「どうしてみんなだんまりなのですか? 空を飛んだり、透明人間になったり、目から光線を出したりすることも出来るんですよ」
能力の魅力について説明する女神様であったが、子供たちの心を動かすことはできなかった。このままでは子供たちを特別な存在にすることが出来ないので、女神さまとしては非常に良くない状況。少し冷静さを失ってしまったようだ。
「あなた達、やりたい事とかないんですか。『~の能力を使って~したいな』とか、『気に入らない奴を能力でぼこぼこにしたい!』とか」
能力を与えようと必死になる女神様だが、子供たちは無反応。しばらくして、ようやく男の子が口を開く。そして続く形で残りの二人も口を開く。
「悪いけど僕は人間をやめるつもりはないね。生まれるときも、死ぬときも人間。それが一番さ」
「天から与えられる力など、私には必要ない。それがなくても、私は止まらない」
「どんな凄い能力を貰ったとしても、私にはうまく使いこなせないかな~」
女神様は困惑した。なぜ、このような者たちが私のところにやって来るのか。どのように接するのが最適なのか。とにかく、女神さまは子供たちを贔屓しなけらばならない。それが、異世界転生所で働く女神さまの役目。人はだれでも願いを持っているはず。そう信じ込むことにした女神様は、子供たちに願いを聞く。
「あなたたちに、願いというものはないのですか?」
女神様の問いかけに、答えるものが一人。そこそこ長い黒い髪に黒い瞳。そして、黒いTシャツを着ている少年だ。彼は奇妙な笑顔を浮かべながら言葉を発する。
「……僕の願いはただ一つ」
「いずれ起こるであろう世界破滅の原因を知り、それを人々に知らしめることだ。いずれ人類は滅びることを知った人々が、それに抗いながら生きていく様子を是非見てみたいね」
女神様は、再び少年の発言に困惑する。
そして、灰色の服を着た男の子が口を開く。
「破滅論を語るなんて、お前は相変わらず古い人間だな」
「そういう君の願いは何なんだい?」
灰色少年に対し、願いを聞きだす黒少年。
「……戦争さえあればそれでいい。非常な現実に押しつぶされ、泥水を飲みながら必死に生きていくことこそ私にふさわしい」
……女神さまは思考を放棄してしまった。彼らの願いは、彼女の手に負えるものではないのだ。異常な思考を持つ少年達を目の前にして、ただぼーっとすることしか出来ない女神様。
だが、そんな彼女に手を差し伸べるものが現れた。可愛らしい少女が、二人に対して注意する。
「あまり女神さまを困らせるものじゃないよ、男子たち」
「君の願いは、神様を困らせないものなのかい?」
「お前に、まともな願いなんてあるのか」
男子二人は少女に対して厳しい様子。けれど彼女は落ち着いた様子で願いを話す。
「私はお金さえもらえれば、それで満足かなぁ……」