一章6〜“少女憧れ”
〜エイルーナ視点〜
ミトレア様が言っていた。
どうやら私は天才らしい。
天才とは何なんだろう…才能があるということ?
私は何をするにも見れば出来る気がする…何でもなんて言葉には語弊があるかもしれないが、私に可能なことであればなんでも出来る。それが私にとっては当たり前。
なのでメイドとしての礼儀作法や業務も母や姉達を見ていればある程度は出来るようになった。
私が子供だからか、それとも私の才能を期待してか、ミトレア様の計らいで、母にメイドとしての仕事より他の事に力を入れて行く方針にと進言してくれた。
結果姉達とは違い自由時間も多く、ミトレア様に習って礼儀作法や貴族の為のダンス、護身術など私が見れば出来るようになるものから、学ばなければならない算術や読み書きも含めて教わった。
正直どれも面白くなかったが、姉達のように屋敷の仕事はしたくないな、と何となく思っていたので、理由こそわからないが免除してくれたミトレア様に感謝しようとは、子供ながらに感じたことだった。
ターナ姉様やミーナ姉様はもしかしたら私を悪く思っているかもしれないけど……。
そんな私が1番惹かれたのは剣聖クリス・アストラル様。
それはあの人が庭で剣を振っている姿を見た時だった。
その姿は本当に美しかった。
剣をまるで己の一部のように…、力強く素早く剣を振り抜くその技に……。
剣を構える立ち姿は、この屋敷に飾られるどんな絵画よりも美しい絵に感じた。
私は今日まで天狗になっていた。
それまでは私は大体の事…特に体を使うことは見れば出来るようになっていた。
勉強だってクリス様の息子のレオリス様ほど覚えが良かったわけではないけれど、スラスラと出来るようになった。
私ができない事をしていたのはターナ姉様だけだった。
きっと探せばいるだろうけど、ドレイク様とか…。
それでも私が見ている中で真似をしようとして出来なかったのはターナ姉様の魔法だけだった。
でも魔法はまたちょっと違うらしい。
魔法も出来るようになりたいと興味を持ち始めてすぐに、剣に…というのより剣聖に興味を持った私は、魔法より剣に惹かれていた。
ある日私は人目を盗んで剣が置いてある武器庫?に侵入し、あの人が持っていたものと似たものを探した。
理由は一つ、あの人のように振れると思ったからだ。
自信があった。
今のところ見て出来なかったことはほとんどない。
その素振りの姿は目に焼きつくように何度も何度も見た…細部までしっかりと…。
私は剣を両手で握り目を閉じる。
イメージをより鮮明に映像として思い浮かべ、そして自分に当てはめていく。
私は剣を振り上げる。
スッと力を抜けるように、しかししっかりと力を込めて、それでいて無駄なく力が流れるように剣先を走らせる。
側から見ればそれは小さな子供が振ったものとは誰も思わないだろう。
それほど美しい一振りだった。
でも私はカケラも満足出来なかった。
あの人の剣はこんなに鈍くない。
あの人の剣はもっと鋭い。
あの人の剣はもっと美しい。
もっと、もっと、もっと……。
私はそれから人目を盗んでは剣を振るようになった。
✴︎✴︎✴︎
ミトレア様との勉強の合間、窓から見える庭には赤毛の親子が剣の修行を行ってるのを眺めていた。
頑張っているのかもしれないが、なんて美しくない剣だろう。
レオリス様の剣を見て思ったはじめの印象だ。
私の剣の方が彼の剣より速い。
私の剣の方が彼の剣より鋭い。
私の剣の方が彼の剣より美しい。
私は確信していた。
ある日私は自由時間の時に2人が剣の修行をしているのを黙って見ていた。
「ルーナもやってみる?」
思いがけない言葉だった。
まさか自分にもそんな誘いが来るなんて思っていなかった。
「うん!やります!」
思わず失礼な返事をしてしまったかもしれないが、クリス様は怒ったりはしなかった。
私とクリス様、そしてレオリス様で木剣を持っての修行が始まった。
私はいつもレオリス様の修行を見ていた。
なので何をするかは大体わかっている。
まずは走り込みだけど、レオリス様の速度は遅くはないが特別早くないのは知っている。
私はクリス様に褒めてもらいたい。
なのでレオリス様には悪いけど、私の引き立て役になって貰おう。
私は全力で走った。
特別なことはしていないが、体力があることはコソコソ素振りをしていた時からわかっていた。
レオリス様との差をつけて走ればもしかしたら褒めてもらえるかもしれない。
そう思えばちょっとばかし苦しいくらいは気にならなかった。
でもレオリス様はついてきた。
ほとんど変わらない速度で後ろに離されずに。
走り終えるとレオリス様は膝に手を置いて、全身で息をして整えていた。
私は少し息を乱したがどこ吹く風…そうやって興味ないように振る舞った。
素振りだってそうだった。
私より長くあの人に教わっているのに私よりなってない。
私の剣の方が速くて鋭い!
それでもレオリス様は私の剣を観察していた。
まるで私がクリス様の剣を観察して模倣する時のように。
近くで見たレオリス様の剣はやはり変わらない。
でも何か言い知れぬものを感じた。
「ルーナは剣が好き?」
休憩のタイミングでクリス様が聞いてきた。
しゃがみ込んで私に視線を合わせて首を傾げる。
「はい!好きです!クリス様のようになりたいです」
「そっか!それじゃあちゃんと継続して頑張るんだぞ?あと真剣はまだ使っちゃダメ、わかった?」
うっ、とバツの悪そうな顔をしたと思う。
そのまま恐る恐る頷くとクリス様はニッコリと笑って頭を撫でてくれた。
この人はきっと知ってて私を誘ったんだ。
自分を見てて気にかけてくれたという事に嬉しくなってしまった。
同時に、母や姉達と違ってクリス様の手はとても硬いこと…それでも優しい手だったことを知った。
✴︎✴︎✴︎
クリス様がレオリス様と模擬戦をするように言ってきた。
剣の修行では必ずやる事だそうだ。
少し気が重い気もするが、クリス様の見てる前で負けたくない。
レオリス様には悪いけど…ちょっとだけ痛い思いをしてもらおう。
私は木剣を持って向かい合うレオリス様を見る。
一緒に修行する内に少しわかってきた。
この人は賢い人だと思う。
でも多分考えすぎなんだと……そう思う。
勿論だが凄く努力している事も知っている。
私が知らなかっただけで修行や勉強以外の時間にも剣を振っているのを見た。
私の方が才能がある、私より努力しているかはわからないけどレオリス様も努力している。
でも私の剣の方が速く鋭く美しい。
修行全体的に見ても私が負けてる事なんてない。
だから私はこの模擬戦にも勝つだろう。
「合図をしたら始めていいよ、怪我はないに越した事無いけどターナもいるから安心して、危ない時は私が止めるしね!」
「わかりました!」
「わか…、わかりました!」
色々考えていたら少し反応が遅れて慌てて返事をした。
集中する。
この模擬戦私が勝つという確信があった。
それほど私には自信もあった。
剣を最上段に構える。
振り下ろしやすい攻撃的な構えだ。
息を深く吐いて相手を見据える。
レオリス様は正眼に構えている。
速さは私の方が速い、剣も足も。
技も見るだけで模倣出来る私の方が上だろう、もっともクリス様のレベルまでは届いていないのは勿論だけど。
筋力には年齢や男女を考えてもあまり差はないと思っている。
つまり私が有利だ。
「では…はじめっ!」
「はぁぁぁぁぁ‼︎」
クリス様の合図に私は速やかに動き出した。