二章3〜“夜のひと時”
騒動からしばらく、リドルフが迎えにやってきた。
彼らは宿を取り、馬車を止め、荷物を分けて預けるなどをこの小一時間で終わらせていた。
正確には彼1人によって。
ドレイクは細かい事やらなさそうな、というよりそんな事を執事に全てやらせるタイプだと思う。
クリスは細かな事とか事務作業的なものはそもそもダメそう…寧ろ手伝わせたら邪魔をしかねない気がする。
まぁリドルフは使用人で、ドレイクやクリスは雇い主になるので、そんな事をやる必要も無いのだが。
「リドルフさんはどうやって僕らを見つけたんですか?」
太陽はすでに沈み、月明かりやマナ結晶を使った照明を使って照らされるこの町は明るいとはいえ、沢山の人がいる中でどうやってこうもすんなり見つけられるのか気になるところだ。
リドルフは俺の質問を聞くとそのままクリスに視線を移す。
クリスは視線に気付いて少し不貞腐れている。
あー…クリスは目立つしな!
赤い髪で美人だし…。
「クリス様は良くも悪くも常に騒ぎの中心に居られる方なので、騒ぎがあるところを見て回れば見つかるんですよ」
「リドルフッ!母の威厳が無くなるじゃない!訂正してよ」
リドルフの言葉に言われると思ったと間髪入れずに訂正を求めるクリス。
しかしリドルフは穏やかな表情を崩さずに答えた。
「レオリス様は幼くも賢い方です、周りに流されず本質を見抜く力をお持ちですので…クリス様のそのような取り繕いに意味はありませんよ」
買い被りすぎやしませんかね?
俺はそんな大したことないですよ。
ただ中身が子供じゃないだけなのでマシなだけかと…。
しかしリドルフとクリスは何か親しげだ。
あんまりお堅い空気を感じない。
何か2人に関係があったのか…。
クリスが不貞腐れる様を眺めながら、リドルフの案内でドレイク達の待つ宿に向かった。
✴︎✴︎✴︎
宿に戻ると夕食をとる事になった。
俺たちアストラル家御一行は4名だが、リドルフは一緒に食事を摂ることはない。
使用人として弁えている。
故に部屋の隅で静かに礼儀正しく立っている。
なので3人で食事をとることになる。
3人にしては広めのテーブルに腰掛ける。
正直なところこの世界の食事はあまり美味しくない。
こんな事を言ってはなんだが、前世ではあまり食事に拘りなんてなかった。
嫌いなものがなければ、基本的に食べれればいい。
美味しければ尚良い事には間違いないが、味に特別拘りがあるわけじゃない。
まさにこんな感じだ。
しかしいざ異世界に来て驚く事になった。
あの当たり前のように食べていたもののクオリティである。
テキトーに作ったチャーハン様は偉大だったのだと、お湯を入れて3分のラーメン様は無敵であったのだと思い知らされる。
ついでに言うならば、今のところこの世界で米に出会っていない。
パンはあるが、パンもクオリティが違う。
ふんわりとした食感や、甘みなんてものは幻想なのではないかと…。
まず硬い、そして味はないに等しい。
スープにつけて柔らかくしつつ味を付ける前提のものだ。
スープにしたって薄い、中の具も勿論前世の足元にも及ばない。
大切なモノは失って初めて気付くのだと…良く歌われていたが、俺はそんなのわかってない奴いるのか?なんてスタンスだった俺だが今になってその通りだと実感した。
馬鹿にした事に対して土下座を求められるならして甘んじて受け入れよう。それであの食が戻るなら…。
そう…こんなに米と味噌汁に恋焦がれる事などあの頃は思いもしなかった。
俺の身勝手な主張は置いておきまして。
本日のメニューは
地麦のパン
肉と野菜のスープ
煮魚
こんな感じだ。
パンは置いときまして…スープと煮魚は森の香辛料が使われている。
慣れもあるから食べれなくはないが、どうしても前世と比べてしまい美味しいと感じられない。
基本的に味が薄いのだ。
俺は素材な味を活かした料理とか良くわからない子供舌だから、B級グルメが恋しくなる。
大人になったら食堂とか作ったら大繁盛したりするのかな?
こんな事なら社会科見学で調味料工場とかしっかり見ておくべきだった。
大したことではないが、どれだけ人生に手を抜いていたのかわかる気というか実感させられる。
今回はもっと真面目に頑張ろうと思うの…。
✴︎✴︎✴︎
食事が済むと風呂といきたいところだが、この世界の風呂は、貴族の道楽的なイメージらしい。
我が家は一応貴族に分類されるので屋敷に立派な風呂が用意されていたがこの宿は違う。
この宿場町でも上のランクの宿らしいが、それでもどの部屋も備え付けられていない始末である。
まぁ冒険者や行商人がターゲットなので仕方ない。
貴族がターゲットの宿になれば変わってくるだろうが…。
ということで濡れた布…タオルで体を拭くだけになる。
色々気になってしまうが仕方あるまい。
そもそも温泉となるとお祖父様と2人だしな…、気まずとまではいかないが気疲れしそうだ。
寝室に行くとクリスがすでに寝巻きに着替えて布団に座ってまっていた。
「少しはスッキリした?」
俺は頷きながらクリスの向かいに座る。
クリスの寝巻きは宿取り付けの物で、どちらかというと和装だろうか。
彼女の顔立ちには地味に見えるが、本人の容姿をより引き立てると見る方がいいのだろう。
「レオ、明日は王都だけど緊張しなくて良いからね?私やドレイク様を良く見ておいて、その時が来ればいい経験なるように覚えておいて欲しい…難しい事かも知れないけど…」
「わかりました!母様やお祖父様の背中を見て学びます」
確か本来の10歳であれば少し難しいのかも知れないが俺にはわかる。
勿論全部の意図を汲み取れている訳ではないだろうが、それでも少しは理解しているつもりだ。
クリスも剣聖を継ぐ事が出来ればいいと思っているみたいだし、ドレイクは絶対くらいの感じで考えてそうだけど。
俺にもそれくらいわかる。
これが何かというならば…つまりは期待だ。
子供に、孫に親達が期待を寄せるのは珍しい事じゃない。
期待される側も重く苦しい事はあるだろう。
でも何も期待されていないよりはマシなんじゃないかと思う。
正直毎日の修行は厳しく大変で、エイルーナを見てたら心が折れそうになる事もあったけど……いやほんとに。
それでも出来る限り応えたいと思う。
「レオ、あんまり無理しなくていいよ、疲れたら休めばいいの、誰かがそんなレオを責めるなら私がガツンと言ってやるんだから!」
思い詰めた顔でもしていたのか…。
それとも母は何でもお見通しなのかも知れない。
頼もしくは見えないが、それでも不思議な安心感がある。
「お祖父様でもですか?」
「当たり前だよ!そこは譲れないところだからね」
俺の意地悪な問いにも迷う事なく即答で答えてみせる。
ドヤ顔をしているのは言うまでもない。
「では、しんどいと感じたら甘えさせていただきます」
俺は丁重に丁重に頭を下げた。
「任せなさいっ!」
パチンとウインクするクリス。
この人は俺より純粋なんじゃないだろうか?
子供相手だからかも知れないが本当に裏表がない優しい人なんだと思う。
そう理解すれば自然とこの人を裏切りたくないと思え、同時に少しだけ申し訳ない気持ちもあった。