二章2〜“宿場町ペルロ”
ペルロは宿場町。
東は比較的静かで安全な森、俺たちの来た方向だ。
魔物も殆ど出ない上に、香辛料になる木ノ実が沢山手に入る森である。
西に行けば王都ゼレーネ。
北に行けばドワーフの国グリンダム。
南に行けば迷宮都市アマル。
行商や冒険者達が移動でよく使われる為、昼夜問わず栄えている宿場町。
街道から入ると露店が立ち並び、そこでは酒や肉などの飲食物から、これから南の迷宮都市で一山当てようとしている冒険者向けの武具や薬など、売られてる物も様々である。
露店に出店されている珍しい物にも興味を注がれるが、それより俺の目を奪うモノがある。
多種族である!
ザスティンやシグナスと同じファンタジーの代表格のエルフ。
人間より少し小柄なものの屈強そうな肉体に、髭を蓄えたドワーフ。
露出の多い服…というより布…に尻尾を覗かせ、人間のように顔の横ではなく、頭の上に耳がある獣族…あれは恐らく犬耳だ。
魔法にも感動したが、俺は今この瞬間最もファンタジー世界を感じた。
「ちょっとだけ見てまわる?」
「えっ!?いいんですか?」
周りをキョロキョロと見渡して、目を輝かせる俺を見てクリスは嬉しそうに聞いてきた。
本当にいいのだろうか?
露店も人もだが、色々見てみたい、恐らく俺が犬系の獣族なら尻尾を扇風機の如く振り回しているに違いない。
でもこの場合決定権はクリスや俺ではあるまい……。
俺達の視線を向ける先は勿論ドレイクである。
「…好きにしろ、1時間後にリドルフを迎えに行かせる」
そうぶっきらぼうに言い放つと、すでに察しているリドルフがまず俺たちに一礼すると、宿に向かっていった。
✴︎✴︎✴︎
風呂敷のような布を広げて、そこに商品を並べる露店をウロウロとクリスに手を引かれながら見てまわる。
人間とは単純なもので、先程まで馬車に揺られて気持ち悪いなんて思っていた事も、興味の対象なりなんなりと状況が変わればころっと回復したりする。
そんな俺を治療した町の中…露店や通り掛かる人々は見ているだけで飽きない、もしかしてコンビニにたむろするヤンキーはこんな気分…な事はないな。
露天の商品も面白いが、特に人は面白い。
やはりエルフは美男美女が多い、眼福です。
まぁうちのママンも負けちゃいないがね!
酒を扱う露店を囲むように集まるドワーフ達が、ガハハと豪快に笑いながら片手に酒瓶を握っている。
やっぱり酒好きなんだろうか?
獣族なんてもっと面白い!
あそこは猫だったり、あそこは兎!狐もいる!
ついでに補足すれば比較的冒険者が多いのだろうか、喧嘩になりそうな奴らも多いし、血の気が多いのかガラが悪いのが目立つ。
さらに補足すると、エルフはすらっとしているがあれは小さい。
ドワーフは全体的にふっくらムチムチしていて、大きい。
獣族なんて雌?女も筋肉質なのがわかる引き締まった体に、ボンッキュッボンである。
あれとは何かって?
それはアレでしょう。
「レオ君はオマセさんですねー」
俺の手を引きながらイタズラっぽい満面の笑みを浮かべたクリスが俺を見下ろしている。
あまり女性…特に獣族を見ているのをバレないようにしたつもりだったが剣の達人には俺の視線なんてすぐにわかるようだ。
だがしかし、認めるわけにはいくまい。
「色んな人がいますねー」
勿論誤魔化すつもりである。
「レオ君はこーんなに美人とデートしているのに目移りするのかなー?」
なんかめんどくさいなこの人……。
今に始まったことではないが、うちの母は少しめんどくさい性格をしている。
ちょっと子供っぽいというかなんというか…。
仕方ないと思うところもある。
クリスはなんせ俺と同い年だ。
同い年といってもクリスは今28歳で、俺は前世も含めた含めた魂?的な年齢になるが……ん?仕方ないでいいのか?
まぁまだギリギリ若くて子供のいる未亡人だ、ちょっと性格が捻じ曲がっても仕方あるまい、ギリギリなんて聞かれたら怒られそうだが…。
再婚とかするのかな?
再婚にあまりいい記憶がないから嫌な気はするけど…。
「なんて冗談!まぁ私が美人なのは本当だけど、レオも色々気になるよね!エルフの人とか私から見てもキレイだもん!」
少し困った顔をした俺…本気で図星突かれて困っただけだけど、クリスはいい感じに勘違いしてくれた。
頭をわしゃわしゃと雑に撫でながら話してくれる。
ドワーフはああ見えて繊細で器用だとか、獣族は力持ちだったり足が早かったり、ついでに尻尾が弱点らしいとか。
そんな風にどうでもいい話をしながら露店を見て歩いた。
「そこのキレイな姉ちゃん一緒に酒でもどうだい?」
人族の冒険者の2人組が絡んできた。
ガラの悪いガタイのいい男達。
皮のベストみたいなのを着ているのはどうなのだろうか?残念な事にモヒカンではないので俺的にはマイナスポイントが高い。
これはよくあるイベント……というかお約束だ。そしてもちろんこの2人は酔っている。
「もしかしてナンパかな?私まだまだイケてる?」
「でしょうね…」
何か嫌そうな…と思いきや寧ろ嬉しそうなクリスが俺に聞いてくる。
なんかこの人…ってよりこの娘ダメなのでは…我が母ながら心配になる。
「エルフが霞むくらい美しい女性に出会えるなんて思わなかったぜ」
「勿論俺たちの奢りだからよぉ」
「そんなこと言っても喜んだりしないんだからね!」
ガッツリ喜んでますがなぁぁぁぁ!!
そりゃ大きくクリクリした青い瞳に長い睫毛。
鼻筋の通った形のいい鼻。
ぷっくりしたピンク色の唇。
真っ白な透明感のある肌に、剣士には勿論一児の母には見えない細い体。
全体的に幼さが残るものの品のある顔立ち。
赤い髪の色でなくても目立つであろう美女だ。
それでも子連れをナンパって……?
さてそれは置いといて、どう切り抜けるか…。
揉め事ルートは避けたいところであるが、不可避イベントという可能性も大いにある。
「母様あっちに行きましょう!」
とりあえずクリスの手を引っ張る。
クリスがハイハイと歩こうとした時である。
やっぱりお約束ルートは避けられないのだと理解した。
「ちょっと待てよ、まだ話終わってねぇだろ」
「なんだガキ!引っ込んでろ」
1人がクリスの肩を乱暴に掴む。
不快感を顔に出してその手を見る。
ここまでは良かったのだ、クリスもここまでなら我慢出来たのだろうが……問題はもう1人だ。
もう1人の男は俺とクリスの手を払おうと手を出したのだ。
しかしオラは人気者な5歳児ではなく10歳児だ……別に5歳児でも尻は出さないがね。
つまりはチビだ。
振り払おうとした手の高さの問題で、その手は俺に当たるのではないかと……そう感じた。
だが、それは達人の射程内だったのだ。
男の手首を一瞬にして掴んだ。
「汚い手で私の息子に触らないでくれる?」
「いでででっ離せっ!」
その手はミシミシと音が聞こえて来そうなほどに握られていた。
「おい!煽ててやりゃ調子に乗りやがって…」
肩を掴んでた男も連れが自業自得とはいえ苦しんでいるのを見て怒り始めた。
そんなバカなと思うが、彼等は酔っているのだ。
酔うと人間判断力が著しく低下するのは今も昔も異世界も変わらない。
俺は今も昔も未成年なのだからよくわからないが…。
しかし素面のゴリラ…じゃなかったゴリスさんは意外と喧嘩っ早いタイプのようだ。
いや、別に意外ではないか……直感的な感じだし?剣士とか血の気が多そう……偏見は良くないなウン。
そんな事を考えている間に終わっていた。
腕を掴んでいた男の足を軽く蹴り払うと、見事に半回転するように男は宙を舞う。
それを見て、えっ…という反応をしたもう1人はすでに遅い。
腹に拳をねじ込まれて、悶絶の表情で崩れ落ちた。
周囲の人は喧嘩なんて珍しくないからかあまり興味を示さないが、チラチラとゴリス…ではなくクリスを見ている。
パンパンと手を払うような仕草を見せる。
「行こっか?」
何処かスッキリした感じのクリスに手を引かれて俺は露店巡りを再開した。