二章1〜“領外へ”
ガタガタと揺れる馬車。
御者台で馬を操るのはメガネが似合うオシャレ紳士のリドルフさん!
執事の礼服のまま優雅に手綱で馬を操る姿は風格すら感じる。
中には3人の老若男女のアストラル家の皆様。
1人はドレイクお爺ちゃん…ってよりお祖父様って感じの厳つい目つきに腰に帯剣している姿は、歴戦の強者ってのが一目で分かる前任の剣聖様。
少なくともこの人がいる限り、チンピラ達が身包み全て置いていきな!なんて絡まれる事すら起きないだろう。
なんなら睨むだけでチンピラ達は無償で護衛までしてくれるに違いあるまい。
馬車の中でポツリと座るのは赤いペンキのような髪の毛をした少年俺。
見た目は子供、中身は大人な名探偵……をよく知る世界出身……異世界からの来訪者。
ちなみに来訪しても帰還する術もつもりもないのだけれど…アヤはあっちで元気かな?
領地の外に行くときは剣聖の一族の家紋の入った上着を着る。
家紋の刺繍なんてものを見ると貴族なんだなと再確認。
ちなみに家紋は剣に龍が巻き付くような中二病御用達のマークだ。
俺的にはこの家紋は少し恥ずかしい…しかしこの家紋は憧れの的になるのは領内の少年達の目を見ればわかる事である。
故に恥ずかしさの中にほんのり誇らしさもあったりする。
俺の隣には剣を携えた俺と同じ赤い髪の美しい女性。
クリス・アストラルが座っている。
彼女の剣は代々剣聖に引き継がれている剣、家紋の入った鞘も柄もさらには刃も純白の美しい剣を帯剣している。
そんな彼女はどこか緊張の面持ちだ。
彼女は剣聖という肩書きを、アストラルの名を誇りにおもっているのだと思うが、同時に重荷にも感じているように見える。
クリスは今や26歳、いい大人だなんて思うかもしれないが、国の象徴たる剣聖の名を背負うのは生半可な事ではないし、その重圧は俺の計り知れるものではないだろう。
本来は父がその名を背負う予定だったのかもしれないが、子供が出来たから任務で帰らぬ人となったのだと…。
帰りを待つ妻とそのお腹の中には子供…俺のいた世界からすればそりゃフラグだのなんだのと言われかねない。
それにしても父…か……、俺の経験上あまりいい気がしない単語だ。
本来ならミトレアも来る予定だったが、体調不良により屋敷で待機している。
まぁそんな和気藹々としない馬車の中どこへ向かうのかと言いますと王都へ行くらしい。
なんでも王は病気で長くない。
なので王位継承権争いの真っ只中らしく、継承権があるのは3人。
長男“グレイズ・バルメリア”
次男“アズール・バルメリア”
長女“ファリム・バルメリア”
そしてドレイクは国王“ジンバ・バルメリア”に仕えた剣士である。
そんな中で有力な家は一度王都へ集まれと王家の印の入った書状が届いた。
剣聖の家系となれば有力な家筆頭だろう。
ゴタゴタに巻き込まれる可能性はあるが、王印がある以上行かないわけにはいかない。
という流れでアストラル家のプチ旅行、目的はバルメリア王国の王都ゼレーネ観光?の旅の巻となっている。
ドレイクお祖父様は乗り気ではないのか、いつも通りなのか分からないが、彼のいるところ気まずい空気が蔓延する、正直この息の詰まりそうな空気感は苦手である。
ザスティンが来た時から、ドレイクに対する印象も柔らかくなったものではあるが、基本的にこの空気感は変わらない、というかデフォルトはこれで、あれがレアである。
お祖父様が作り出すこの空気感が苦手な我が母は、お淑やかに座っている。
こういう時馬車に子供ははしゃいだりするのかもしれないが俺は中身は成人、空気を読むのもお手の物。
とはいえ初めて乗る馬車に心踊ったものだったが、乗ればこんなものかと直ぐに興味を失った。
大人たちからすれば直ぐに飽きた子供かも知れない。
勿論屋敷の外へ出かけた事はあるが馬車は初めてである。
クリスはもしかしたら俺が、わーい馬車だーっなどとはしゃぐ様を楽しみにしてたのかも知れないが、俺からすると本当にこんなものか、なのだ。
率直に言えば思っていたより乗り心地が悪いという感想と言わざるを得ない。
車に比べてしまう元現代人なので仕方あるまい。
願わくばそんなに揺れないで欲しい。
少しずつだが俺の気持ち悪いゲージは蓄積されている…そう乗り物酔いである。
前世ではそんな事なかったが、馬車と比べるものではない。
そんなにすぐリバースとはいかないが、少しずつ気持ち悪くなってきている感覚はあるが、何となくそんな事言ってはいけない気がする。
そんな感じの車内である。
どこか抜けている気がする母親も、中身が大人なガキンチョもドレイクお祖父様の前では静かだ。
俺に関しては騒いでもいいなんて言われても騒ぐ元気があるか怪しいが…。
そのドレイクお祖父様と来たら目を閉じて瞑想と来た。
俺も空気を読んで景色を眺めるしかあるまい……確か遠くを見るんだっけ?
こうして領外へと出ると、我がアストラル家の屋敷は随分と田舎だったという事が分かった。
屋敷の周りは自然いっぱいで、畑などの農園が広がる緑の町。
前世アスファルトの森である都会の街に住んでいた俺には少し珍しい景色だった。
山や森や川といった緑に囲まれる生活というのは想像していたよりも快適だった。
風は爽やかで空気は美味い、やはり都会の空気はよろしくないですねぇ。
前世のガスや電気といったエネルギーは、この世界ではマナ…つまり魔力で補う。
マナ結晶という石に宿る魔力をエネルギーにして、部屋を明るくしたり、暖めたりと用途は様々で多様化されている。
なんでも使えるスーパーエネルギーという便利なものだ。
一応風車など風力発電されてるようだし、水道などもあるので全てを魔力で補っているわけではないようだが…やはり異世界とは発見の連続である。
森を通過して街道に入る。
一つ目の関所を抜ける頃には太陽が沈み始めていた。
俺は気持ち悪いのはあるが、ここまでもったならリバースはしないような気がする。
「ドレイク様、如何致しましょう?」
御者台のリドルフが中のドレイクに確認を取っている。
野宿か宿とかって事か?
それとも夜道を進むかとか?
まだお目にかかれていないが、魔物だのモンスターだのと呼ばれるものがこの世界にはいるらしい。
マナがあって野生の獣がいるならそれは魔物と呼ばれるだろう。
ファンタジー世界だからな!
まぁ、最強ママンと最強じいじがいるこの馬車を襲う方を同情するけどね。
そんな事を思っているとドレイクはさりげなく俺に視線を向けていた。
鋭い眼光だった。
蛇に睨まれた蛙の様な気分になる。
あれっ?俺なんかしたかな?怒られるの?ねェ?なんか気持ち悪いゲージ増加しちゃうよ?
しかし直ぐ視線を外した、人知れずホッとする。
「もう少しでペルロの町だろう、そこで宿を取る」
「……畏まりました」
ドレイクは俺が酔っているのに気付いて気を使ってくれたのだろうか?
そんな事を思いつつ何となくクリスに視線を移すと、どことなく微笑んでいた。
俺の理解が追いつかないまま、少しだけ馬車の中の空気が軽いものになったような気がする。
気のせいだろうか?