一章10〜“金髪の来訪者”
我が家はこの国…バルメリア王国では有名な剣聖アストラルの名を持つ一族である。
かつて人魔戦争で、白竜を封印したことで剣聖の名を授かった歴史を持つ。
代々その才覚はなんだかんだと受け継がれ、今や9代目だとかなんだとか…、つまり母クリスが現在進行形で9代目ということである。
剣聖の名を持つが、剣聖の血をクリスは持たない…これは密かに聞いたり調べてりした結果で、必ずしもそうとは言わないが、恐らく間違いない。
正式な血族である俺の父は、俺が生まれる前に亡くなったらしい。
任務で…というよりは戦地へ派遣され、そこで命を落としたらしい。
ドレイクも諸事情で前線で戦い続けることが出来ないので、事実上の引退。
しかし、剣聖を失う訳にはいかないと、そこで選ばれたのがクリスだった。
クリスは類稀なる才能で、剣聖の名に恥じない実力を示して、今や国内外に剣聖としてその名を轟かせている。
北のドワーフの国や西の海を超えたエルフの国とは友好関係にあるバルメリア王国だが、俺たちのいるアストラル領を東に行くと砂漠があり、それを超えるとアルガルム帝国という国があり、その国とは砂漠のおかげで大きな戦争とはいかないが、常は小競り合いのような戦いが行われている。
クリスが定期的に国からの任務で出掛けるのもこの関係である。
さて、誰に説明しているのか…とも思うがこれは自意識への…つまり確認だ。
そんなアストラル領に来客があった。
その日は領主であるドレイクは勿論クリスも、そしてリドルフやメイリーンなどの使用人も総出である。
俺も珍しく正装をさせられつつ、その来客の迎えに参加、屋敷の前に立つ。
俺からすれば何事かと思うところだが、そんなにお偉いさんが来るのか?てかお偉いさんならこっちから行ったりするんじゃ…なんて色々と思考してみるものの、肝心なところを先日聞き漏らした俺は現状理解が出来ていないのである。
豪華な装飾品で着飾られた馬車が、その周囲を馬に跨るエルフに囲まれてやって来る。
エルフである!
そう…エルフである!
すらっとした手足にやや後ろに伸びてとんがった長い耳、肌は白く美しい金色の髪のファンタジー世界の代表的な存在!
馬車の周囲の護衛らしき男女数名全てが期待を裏切らない美形!
恐らく今の俺の目は子供のように輝いているに違いない!……子供だけどね。
馬車が止まって、護衛達が馬を降りて周囲の確認をしながら馬車の扉を開いた。
ドレイクに負けず劣らずの鋭い眼光に、威風堂々たる風格、美男美女が揃うエルフの中でも一際整った顔立ちでありながらも、畏怖すら感じさせるその姿。
この世界の事を何も知らないといっても過言ではない俺の本能が、敵対してはいけないと訴えてくる。
そんな男が馬車から降りて俺たちの前に立つ。
「老いたなドレイク!」
「お前は何一つ変わらんがな」
エルフの男とドレイクが一言言葉を交わす。同時にお互いに不敵な笑みを浮かべた。
ミトレアやクリスもそのエルフに向かって頭を下げたので、俺も合わせて頭を下げておいた。
✴︎✴︎✴︎
あのエルフの名前は“ザスティン・アルメニア”
今いるアストラル領より西に行けば王都があり、さらにその先の海を渡るとリンドルム大陸という大陸がある。
その大陸にはエルフや獣族を軸にしたメニア連合という連合国があり、その連合国盟主がこのザスティンである。
メニア連合は現在北のドワーフの国グリンダムと我らがバルメリア王国と三国同盟を結んでいる。
つまりは友好国の王様がわざわざドレイクに会いにこんな小隊でやってきたということだ。
現在は屋敷の広間にて、談話となるがどうも落ち着かないのである。
ドレイク、ミトレア、クリスに俺。
向こうはザスティンにその息子シグナス。
計6名で広間にて話しているわけだが、居心地は最悪だ。
話を聞く限り、互いの力を認め合った戦友らしきドレイクとザスティン。
お互いがお互いに殺されかけただのなんだのと、昼間から酒を片手に昔話に花を咲かせている。
ミトレアから聞いた歴史では、三国同盟が結ばれたのは俺が生まれる10年前くらいと本当に最近の事で、ドワーフの国のグリンダムとは非常に長い付き合いらしいが、メニア連合とはそれまでは険悪な関係だそうで、今でもその確執はしっかり残っているんだとか。
そりゃ停戦やらなんやら含めても10数年で埋まる問題じゃないのは俺でもわかる。
そんな中で戦場で幾度と無く剣を交えた2人、人間とドワーフ側の剣聖ドレイクと、エルフと獣族の英雄ザスティン。
殺し合ったにも関わらずここまで友好的に接することが出来るものなのかと思うところもある。
周りを見渡せばミトレアはいつもにも増して空気となっている。
クリスは表情から緊張が伺えるので、その緊張は俺にも伝播していると、言い訳しておこう。
向かい側に座る王子シグナスは、目だけで人を殺しかねないような鋭い眼光の父ザスティンとは違い、優しそうな目をしているが、他は父に劣らずの美形エルフである。
しかし初期の立ち姿や視線から、非常に生真面目そうな印象が強い。
「父上、そろそろ…」
「ん?そうだったな」
シグナスが、ドレイクとの会話に割って入る。
それもそうである、余程久しぶりなのか知らないが、あの2人以外は初めの簡単すぎる挨拶以降言葉を発していない。
それほどに2人だけで会話が盛り上がってしまっているのだ。
「長男のシグナスだ」
「お初にお目にかかりますドレイク様、シグナス・アルメニアです、お会いできて光栄です」
思い出したかのように息子を紹介するザスティン、それに答えて丁寧に頭を下げるシグナス。
「噂は聞いている」
「いえ、自分もまだまだ未熟者です」
クリスが次は自分の番だとソワソワしているのがわかる。
この場合俺もだよな?俺もだよな?
「私の隣が妻のミトレアだ」
「ミトレアでございます、お会い出来て光栄ですわ、ザスティン様、シグナス様」
先程まで空気と化していたミトレアは、洗練された所作で挨拶を交わす。
「そっちが、9代目剣聖のクリス、そしてその息子であり、私の孫のレオリスだ」
「お、お初にお目にかかります!クリス・アストラルですっ!」
どうしてだろう、なんか自分よりも緊張していそうな人を見ると緊張が和らぐ気がする。
「クリスの息子のレオリスです、メニアの英雄とその御子息とお会いできて光栄です!」
俺はミトレアに習っていた所作を思い出しつつ、先程のシグナスの動きも思い出して挨拶をした。