パッチワーク#
小さい頃はそれなりに幸せだった、
悪意に鈍感だったともいえるのかな。
だから、僕のことが嫌いな人間が、それもわりとたくさんいることに気がついた時は、
しばらく信じられなくて口をポカーンとあけて過ごしてた。漫画みたいだ。
不思議なのがね、そう認識を持った途端に世界は自分の敵になったこと
つまりさ、心の持ちようってやつだね。
高校の頃なんかは最悪だったな。
たぶん君の教室にも1人はいた、休み時間に寝たふりをするような地味な子。
隅っこの子。
それが僕だった。
ありがちなつまらんやつだね。
入学したての頃はさ、それなりに上手くやれてたと思うんだけど、
なんやかんやあって親友と思っていた子から虐められちゃったんだよね。
まぁ今考えると僕も悪かったしそれはまあいいんだけど。あまり思い出したくもないし。
でもその子と一緒に遊んだ場所の前とか通るたびにしんみりしちゃうね。
この前見たらどこも潰れちゃってたんだけど。
そういうことで学校にいても特にすることもなかった僕の放課後は、
まっすぐ家に帰るか、古本屋さんだとかレンタル屋さんで時間をつぶすかのどっちかだった。
お金もないけどバイトもしたくないし。時間だけあったから。
そんな放課後に、今でもたまに夢に見る女の子と出会ったんだ。
まるでドラマのように…とはいかなかったんだけど。
その女の子はビデオゲームの登場人物だったから。
ワゴンの中に山積みでさ、その中でもとりわけ安かったんだよね、525円だったかな。
運命の出会いってやつにもしっかりと消費税はかかるみたいだ。
そのゲームは無条件に自分を慕ってくれる女の子と一緒に夢を追いかけるって内容で、
とても都合のいいものなんだけど、当時の僕の目にはそれが魅力的に映ったんだよ。
たぶん疲れてた。
ゲームはすぐに飽きたんだけどね、悲しくなって夕暮れなんかを眺める時や、
お気に入りのコートにコーラをこぼしちゃった時なんかに、虚像の中で慕ってくれた子のことを、
思い浮かべちゃうことがあった。きもちわるいかな。
明るくて、歌うことが大好きで、、たまに少し寂しそうに笑う女の子。
お砂糖みたいに女の子でさ、瞼の裏の8ミリフィルムの海辺に突っ立ってた。たまにだけど。
下手なポップスの歌詞みたいだけどさ、ホントなんだよ、曖昧な笑顔でどこかを見てるんだ。
困ったなぁって表情で風に吹かれてるんだ。真っ白なワンピースなんか着ちゃってさ。
彼女の声は聞こえなかった。波の音とギターのノイズかなにかの音にかき消されて。
いつか映画かなにかに映ってたような気がする。そんな気がするだけの女の子。
明日、彼女に会えるって考えながら生きてきたんだよね。
そしたら毎日楽しみだし、世界が少しだけ明るくなったんだ。すごくバカげたことなんだけどね。
でもよれよれの服とか着なくなったよ。
彼女のことを考えてるときは、なんだか少し生きるのが楽だった。
興味のない話にあわせて笑ってみたら、空が綺麗に見えた。
どこか懐かしく感じる冬の朝焼けに毎日殺されている。
彼女のことを考えた。
いくら寒い日でも白くなった吐息なんて漏れないんだな。
それでなんとなくさみしくなったのを覚えている。
都合のいいインチキで自分を騙していけたらよかったんだけど、
それでなんとかうまくやれていればよかったんだけど。
そのうち彼女に触りたくなっちゃったんだね。
やっぱりだよ。言わんこっちゃねえよ。
砂糖菓子みたいな笑顔がさ、今頃になって、ドロドロと、ぼくの胸を焼いてさ、溶けてさ、残ってさ、幸福で、熱くて、苦しくて、嬉しくて、儚くて、安っぽくてやっぱり痛くてどうしようもない。
純情みたいな執念で人も殺せると思った。
みんな気持ち悪くなってさ。今まで必死になって溜め込んで宝物もゴミになったから総て捨てた。
人に見せるために買ったセンスのいいCDだとかワゴンに積まれていたつまらないゲームだとか。
どろどろどろどろ…止めたくても止まらないし、重いし、臭い膿みたいな執着なんかもね。
そしたらなぁんも無くなっちゃって、気がついちゃったんだ。
はじめからなにももっちゃいなかったし、なにもしてこなかった。
ノイズが鳴り止んだ。
誰もいなくなった。
波の音だけが聞こえる。
「それでも私がいましたよ。」
「うん。」
「そんなもんなんですよ。たぶん。みんな。」
「うん。」
「まあ、私はここにいないんですけどね。はじめから。」
「さびしいなぁ。」
「そんなもんです。」
「そんなもんだね。」
慣れないタバコを吸ってみた。
ひどくむせた。
「体育は2だった。それも10段階評価で。他もまあそんな感じだね。それでも、」
「それでも?」
「やっぱなんでもないや。」
「とりあえず、」
「とりあえず?」
「気持ちなんて言葉にしないと伝わんないもんですよ。」
「うん。」
「春香さん。きみのことが好きです。」
「やっと名前を呼んでくれましたね。」
「恥ずかしかったよ。」
「なにか嬉しいです。でも、」
「でも?」
「ごめんなさい。」
「即答だ。」
「はやいんですよ。体育2ならきっと周回遅れにしちゃいます。」
お湯の湧く音がした。
ぼくらは手をつないだ。
たぶんそれがちょうどよかった。
「それじゃあ。」
「さようなら。」
「さようなら。」
それからの僕は君のいない日常を生きているけれど、それでなんとかやっているけれど。
やっぱりたまにさみしくなる。
未練がましく夢にも見る。
また会えたならお茶でも飲みながらくだらない話をしたい。
あしたあたりはきっと春