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名無しの冒険譚 第二部  作者: ラウンド
9/11

始まりの理由(わけ) 中編


「貴方が…」

 ビアンカは、バッグから噴き上がる光と、徐々に漏れ出始めた冷気に戸惑いながらも、何とかそれだけ言葉を返した。しかし、平静そうに見えたグリージョアもどうやら余裕が無いらしく、ビアンカに背を向けて街のある方角へと体を向けた。

「悪いけど、細かい話は後で。今は少々時間が惜しい」

 そう言うと、グリージョアは短杖を取り出し、それを触媒に術力の気配を漂わせ始める。

「セプターの制御は、君が願えば大丈夫。今それは驚いて混乱してるだけだから…。そうして、ああ、来た!」

「え?」

 グリージョアの鋭い発声に、情報の錯綜に混乱した状態にあってなお、ただならぬ気配を感じ取り、視線を向ける。

 すると、先ほどビアンカ達が通過してきた街への出入り口付近。ちょうど、スキー場の管理棟兼休憩所の建物が存在していた場所に、全身を覆うようにローブを纏った複数の人間が、それぞれに杖や槍などの、武器を準備した状態で姿を現した。

「あの人たちは…何?」

「あいつらは、光仁回帰派の術師だ。そこら辺も説明はあと!君は急いでセプターを宥めて、ニクシーを味方に付けてくれ。あいつらの狙いはニクシーたちの奪取だから!」

「……分かった!」

 走って離れていくグリージョアから意識を外し、ビアンカは暴れる指輪の制御に取り掛かる。

次々と噴き出る冷気は術力の性質を有している特殊なものらしく、精方術による体温維持術式を徐々に侵蝕し始めていた。一刻の猶予もない。

(でも、どうすればいい?これはアーティファクト。古代の遺物。今の人智を超越した魔神の制御装置…。私に止められるか!?いや、もしかすると…)

 茫然と「自分の体」を凝視続けるニクシーの姿を見据え、ちょうど吹き飛ばされるかされないかの境界線上に立つ。

そこで、ビアンカは何故か精方術を行使する準備に入った。

(精方術は、イメージの骨子に術力で肉付けして具現化する技術。魔法は、ルナミスにイメージを投影して具現化する技術。それなら…)

 未だ力を放出し続ける指輪を鞄から取り出し、霜の付く手袋にも気にも留めず、術力の集中に入った。

(今のニクシーの位置はルナミスの中心地。指輪からは魔法技術由来の力が噴き出している。なら、精方術と同じ技法で鎮静化できないか?)

 一か八か。博打に等しい手段だったが、やらない理由も無かった。

 一方で、グリージョアと光仁回帰派の術師による、交渉の余地のない戦闘が繰り広げられており、光で出来た槍やギザギザの円環などが飛び交い、グリージョアがそれを障壁で歪めて消し飛ばすという、一方的な攻勢と守勢とが繰り広げられている。

 術師同士の戦いと言うのは、同数の術師か、広域を制圧、掌握できる人数を動員しての、交差法による乱戦にもつれ込ませると言うのが基本で、複数対単数と言う交戦は基本的に成立しない。何故なら、術の威力によってもたらされる被害や、戦闘の継続規模と消費の比率とが割に合わないからだ。

 精方術という、半ば超常の力を用いながらも、これによる国家間戦争に発展しない理由の一端はそこにあった。

 さて、一方的な展開が繰り広げられてはいたが、意外にもグリージョアの旗色は良かった。防御に専念することで、その一点に集中することが出来るからである。一方、光仁回帰派の術師には別の思惑があるため、頻りにグリージョアの隙を窺って攻撃が緩くなっている節があった。

 その抗戦の間にも、ビアンカとセプターとの苦闘は続いていた。

 自らの為したいことのイメージを骨子に、自らの体力を費やして生み出した術力で肉付けし、触媒へと流し込む。時たま弾かれそうになりながらも、彼女はニクシーに対して、もっと言えば氷の中に居る「Nixie」に対して、イメージを伝達していく。

「届いて…」

 手袋、外套。衣服全体に霜が広がる中、取り出してから猛吹雪を叩きつけ始めた指輪に変化が起こる。

 周囲を飲み込もうと荒れる吹雪を、先ほどまで物理的な影響を及ぼしていた青い光が、球体の形で抑え込み始めたのだ。ビアンカの体を中心に、障壁を張るように透明な球体が閉じていく。そこから球が縮小し、最終的には指輪の中へと消えた。

「……」

 その間に吹雪と冷気に晒されたビアンカの衣服は可動域が凍り付き、もはや動けない状態にすらなっていた。

 しかし、この変化は指輪以外にも起こり始めた。

 まずは祭壇の、ビアンカが立っている境界線上から、他を排除しようという方向性を持っている気配が消滅した。次に、祭壇の氷の塊が光へと分解され始め、周囲のガラス質の平原へと広がり、指輪の力によって砕けた花を修復していく。

「……え?」

 その過程で、氷の塊に縋り付いていたニクシーが正気を取り戻した。その段階になって、氷の塊の中に居た「童女のニクシー」も目を覚まし、祈りの姿勢から、ニクシーの目の前に佇むように立った。

「貴方は…私、なのです?」

 童女のニクシーは、今のニクシーに向かい、その透き通った蒼く波打つ色の髪を揺らし、話しかけられたことが嬉しかったのか、微笑んだ。そして、手を差し出す。

「ん…。ありがとう」

 手を借り、今のニクシーも立ち上がった。

「冷たいですね。貴方の手。氷みたいです」

 童女のニクシーが首を傾げる。

「言葉、分からないです?」

 童女のニクシーは首を傾げた。

「えっと……」

 戸惑っているニクシーに、童女のニクシーが視線を外し、指で何かを示し始めた。

「え?」

 それを目で追う。その先には、凍り付きかかっているビアンカの姿。そして、その背後で守るように戦っているグリージョアと、攻撃を仕掛け続けるローブ姿の何者か。

「ああっ……」

 その姿に何かを察したニクシーは、その場に立ち尽くした。

「……」

 すると、そんなニクシーの服裾を、誰かが引いた。

『……』

「貴方…」

 それに合わせて顔を動かし、見えた、童女ニクシーの表情は決意に満ちていた。

「……うん!助けよう!」

 ニクシーは童女ニクシーの手を取り、同じように決意に満ちた表情を浮かべた。彼女の手を童女ニクシーから伝わる“温かい冷気”が包み込む。見ると、その腕には腕輪がはめられており、それは使い込まれていたものの、最初にビアンカとニクシーが装備を調達した街で、普通に売られている物とそっくり同じ物であると分かった。

 ニクシーは、その“温かい冷気”を集め、体中を包み、そして。


 光になった童女ニクシーと今のニクシーが、一体となった。

「うん。行こう!」

 決意に満ちた表情は何処か無邪気さを含んだものへと変わる。

 そして、瞳と髪は透き通るような紺碧。加えて流れるように色の濃淡が変化すると言う摩訶不思議な容姿へと変化していった。


 そこからの展開はゆっくりで、しかし、状況の推移は急速だった。

 まず、ニクシーはビアンカの下へと向かい、彼女の体に付いた霜を払う。

『ビアンカさん…。白さん』

 その上で、ヘーリニック言語の北部訛りで語り掛けた。

「ん…」

 声に反応してか、体が少し動く。その際に、体に付いた氷の欠片が剥離して落ちる。

「さ、さむっ…!?」

 目を開けた彼女の第一声はそれだった。そのうえで。

「え?君…まさか…」

 目の前に現れた透き通った青髪と蒼い瞳の少女に、目を丸くした。少女は、はにかむ様に笑った。

『はい。ビアンカさん。私です。ニクシーです。ここで貴方の手を引いて案内した』

『やっぱり、君だったんだね。もう大丈夫?』

 唐突だったものの、ビアンカもまた自然な形でヘーリニック言語を使い始める。それは彼女の経験の賜物だったが、他ならぬ彼女自身が驚いた。しかし、違和感も無く会話は続いた。

『はい。“今の私”と話しました。短い時間でしたが、楽しい旅だったと。そして、貴方の思念が聞こえてきました。その、私があげた指輪を通して』

『そう…。そっか』

 ふっとビアンカは微笑む。視線を指輪に移すと、ニクシーと同じように、透き通った蒼い、蒼銀の輝きに染まっていた。先程とは打って変わった“温かい冷気”が、ビアンカを包み込む。

「よし。ならばあとは…!」

「Si…re…いえ、助けましょう!グリージョアさんを!」

 二人共が同時に振り向き、そして同時に、術力を放出するように蒼い光の雪煙を、周囲に向けて噴き上げた。


 その展開について、果たしてその場の何人が予想していたのだろうか。

 少なくとも、その場に思惑を持ち込んだ人間は、その展開をある程度は予想し、ある程度は予想を裏切られたと感じたことだろう。

「やったな…。まさかここまでの結びつきが出来るなんてね。流石と言うべきか」

 グリージョアは、どこか呆れたように呟く。

「まさか…!あの魔神“白塗姫”が…人に与する!?」

「そんな馬鹿な!有り得ない…」

「どうでも良い!あれを解放させるな、暴走させろ!」

 狼狽によってか、思惑を隠すこともなく光仁回帰派の術師たちが精方術を練り上げていく。光の槍が、円環が、剣が出現し、ビアンカとニクシーを狙うように切っ先を向けた。

「これはちょっとヤバいかも。ニクシーは私の後ろに…って、ニクシー?」

 その様子を見てビアンカは表情を引き締め、しかし、何の迷いも無く隣に並び立ったニクシーを見やる。

 その、横に並ぶニクシーの表情は、何故かどこまでも清々しく、穏やかだった。

「大丈夫です。私を使ってください。術力の増幅率を高めますから安定度も問題ないはずです」

「なにを…?」

「私のセプター“蒼の吹雪”の力を、貴方に託します」

 そうニクシーが口にした瞬間。彼女の体が光に包まれ、次に光の粒子が溢れ、最後に吹雪のようになり、辺りに散り始めた。

「これは…?」

 自分の体を包むように集まる吹雪を見ながら、ニクシーに向き直るビアンカ。

「はい。名前すら無かった私に、地の民によって与えられた、私だけの“魔法ちから”です。多分、魔法文明時代ほどの威力は出ませんですが。友達を、貴方を助けるくらいは、出来ますです」

 どんどんと薄く、光となって、吹雪になっていくニクシーの姿。それらはビアンカの指輪へと集まり、術力を急速に高めていく。

「気にしないでください。別に消えるわけではありませんです。指輪に宿るだけです。それでは、お任せします」

 その言葉を言い終わると同時に、彼女の光は全て指輪へと吸い込まれた。

「任せる、か…」

 ビアンカは視線を動かし、指輪へと集まった術力を感じ取るように集中する。通常の精方術ならば、ここでイメージを組み上げて骨子を作り、肉付けしていくところなのだが、この時、彼女には何故か、固定したイメージが湧いていた。

「ビアンカ!私の事は気にせず行きなさいな!」

 グリージョアが声を張り上げる。触媒である杖をさりげなく構えているため、既に防御態勢は整えていることが分かった。

「や、やめろ!その力は、人の手に余るぞ!」

「くそ!魔神の力め!滅べ!」

「なにしてる!早く逃げるぞ!」

 光仁回帰派の術師たちが罵声や恐怖の叫びをあげている。

 しかし、ビアンカは既に準備を整えた後だった。手を前にかざす。渦巻いた術力が、そこに猛烈な勢いで集束していく。

「風よ!荒れ狂え!」

 そして、張り上げられた声と共に放たれた力は、均等に広がる嵐となって、光仁回帰派の術師たちを、その精方術式ごと飲み込んだ。

 それはまるで、最初に彼女がここで経験した異常現象。すなわち「風の壁」そのものだった。

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