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侍女たちは流布し、確かめ合う

ペース落ち気味ですみません。

ここら辺りからの終盤の話はなかなか仕事明けの眠い頭で書けるもんでもなくて、腰を据えてやろうとすると時間が取れず。しばらく更新はちょっと遅めになるかもしれませんが、お待ち頂けると嬉しいです。

「ねぇ聞いた? ユベルクル殿下の――」


「もちろんよ。近々婚約を破棄されるんじゃないかって、どこもその話で持ちきりだわ」


「殿下がそう仰ったの?」


「まさか。でもクレアラート様を放って他の方とばかり会ってらっしゃるそうよ」


「他の方ってもしかして」


「ツェレッシュの王女さまでしょ、見たって子がいっぱいいるわ」


「確かに可愛らしい方だとは思うけれど……」


「あら、私はいいと思うわよ。エルトファンベリアの人たちって私達みたいな使用人に冷たいもの。その点、あの王女さまは私達にも笑顔で接してくれるじゃない」


「何言ってるのよ、そんなの公爵さまが黙ってないわ」


「そうよねぇ。殿下が王女さまが好きでも、お家のことまでは、ねぇ」


「……クレアラート様、泣いてらしたそうよ」


「うそ、あの人が泣くなんて想像できない!」


「私も聞いたことあるけど、でもさすがに嘘でしょ。王女様に婚約者取られて泣き寝入りなんてそんなおとなしい人じゃないことくらい、私達だって知ってるじゃない」


「だから王女様をいじめてるんでしょ? 泣き寝入りじゃないわ」


「でも、ちょっと可哀想ですよね」


「可愛そうって? 王女様が?」


「いえ、クレアラート様が。政略結婚でも、ある日突然、何年も前から婚約してた相手にそっぽ向かれたら、私だって泣きますよ」


「……まぁ、それは」


「だから泣いてたなんて嘘でしょ」


「でも王女様に嫌がらせするくらいには殿下のことが好きだったんじゃないの?」


「だとしたらさすがにちょっと同情するかも」


「どんな理由にしても婚約者がいるのに相手乗り換えたのは殿下だしねぇ」


「そういう意味ではクレアラート様って被害者よね。略奪愛とか、他人事ならいいけど、自分に降り掛かったらと思うとぞっとするかも」



* * *



「だいぶ、浸透してるみたいですね」


「はい、全面的にお嬢さまの味方をしてくれる人はまだあまりいないですけど……」


「いえ、ほとんど悪者扱いだったことを考えればだいぶフラットになったと思います。その他大勢への仕込みとしては上々でしょう」


 学院内、従者控室の片隅で身を寄せ合うようにして他の侍女たちの会話に耳を大きくしていたアニーとリムは、ひとまず自分たちが仕込んだ噂が上手く浸透している様子に安堵していた。


 大勢の侍女たちが集まるこの控室を中心にして、アニーとリムはそれぞれの交友関係の中にそれとなくクレア、ユベル、マリーの三角関係に関する、真実と虚実が6:4くらいで混じり合った噂を流していた。

 あまりどちらか片側に入れ込み過ぎてもいけないので、クレアの侍女であるリムは主にクレア寄りの噂を、そして侍女たちの中でも比較的年長であるアニーがマリーとユベル、そして二人を取り巻くお家関係の噂を流していた。


 例えばリムが、ため息混じりに「最近お嬢さまに元気がなくて……」なんて言えば、年少の彼女をかわいがっている侍女仲間たちは勝手に彼女の仕える主の様子を知りたがるし。

 例えばアニーが「学院に通う皆様にはもう少し立場を弁えて頂きたいものです」とうんざりした様子で首を振っていれば、完璧令嬢の侍女として一目置かれる彼女に教えを乞おうとする者たちが話を聞きに来るわけで。


 そうやって会話のきっかけを作りつつあくまでも「聞かれたから答えただけ」という体裁を保ったまま、二人はなるべく色んな場所で侍女仲間たちに噂の大本となるネタを提供していった。それらの噂が侍女ネットワークを通じて広まり、同時に目立ち始めたユベルとマリーの逢引が尾ひれとなって、あとは放っておいても話はどんどん大きくなっていく。


 やがてそれらは侍女からその主である令嬢、令息の耳にも入り、噂はいよいよ学院全体を舞台として拡散されていく、とまぁそんな筋書きである。


「浸透具合は七割程度、といったところでしょうか。欲を言えばもう少し刺激的な話題が欲しかったところですが、噂の域を超えた揉め事に発展しても困りますし、これ以上無理に話題を提供するのはやめておいたほうが無難ですかね」


 アニーの言葉にリムもこくこくと頷く。もともとリムは嘘や演技が苦手だ。噂として流している内容の大部分は真実とは言え、指向性を持たせて話題や噂をコントロールする、というのはなかなか神経のすり減るものだった。やらずに済むならもうやりたくない、というのが本心である。


「この分なら放っておいてもパーティーまでの間にほとんどの人の耳になんらかの噂が入るでしょうし……ひとまず、いま私達にできることはこんなものですね」


「そう、ですね」


「どうかしましたか?」


 どことなく浮かない顔のリムにアニーが尋ねると、リムは座っていてもだいぶ目線の高さが違うアニーの顔を上目遣いに見上げた。


「わたしたちに出来るのは、このくらいですもんね」


「リメールさん?」


「な、なんでもないんです! ほんとに、なんでも……」


 言いながらまた顔を俯けてしまうリムはどう見ても「なんでもない」人間の振る舞いではない。アニーは内心、やれやれめんどくさいな、と思いつつも何だかんだと先輩後輩のような間柄となった少女をそのまま放っておく気にもなれず、ぽん、とその小さな頭に手を乗せてやった。


「アニエス、さん?」


「大丈夫。貴女はちゃんと、大事なお嬢さまのお役に立っていますよ」


 アニーに言われてリムはどうしてわかったのかとまんまるに目を見開いた。わかりますよ、とアニーは真面目な顔で頷く。


「私もいつも、同じことを考えていますからね」


 令嬢につく侍女といっても、その立場や主人との関係は人によって様々だ。一切私情を交えることなく淡々と主人の命令に従うだけの侍女もいれば、母親か乳母かと見紛うほどあれこれ主人のすることに口を出す侍女もいるし、友人のように対等に付き合う者もいれば、姉妹のような距離感の場合もある。


 そんな侍女たちの中で、アニーとリムの主人に対する考え方はよく似ていた。一言で言うならそれは「献身」である。


 普段は物静かな従者として、時には支えとなる姉としてエルザに接するアニー。

 元気に精力的に仕事をこなしながら、クレアのすることを見守っているリム。

 一見しただけではまるで違って見える二人と主人の距離だが、どんな時も仕える主の幸せを一番に考えるという一点において、二人は全く同じだった。


 アニーが時々姉としてエルザを甘やかすのは、エルザがそれを求めているから。リムがクレアのすることに口は出さずに傍に居続けるのは、クレアがそんな存在を望んだから。二人の主人への対応に差があるのではなく、全く同じ理由でそれぞれの主に合わせた振る舞いを選択しているだけなのだ。


 そんな共通点に気づいているからこそ、アニーは自分とリムの似ている部分がよくわかる。


 自分たちは侍女でいたいわけじゃない。お金が欲しいわけじゃない。ただ唯一無二のたった一人の主に仕えていたいだけで。いつだってそんな大事な人のために自分が役立っているかを自問せずにはいられない。


「……わたし、お嬢さまに侍女にしてもらって、とっても嬉しくて、お嬢さまのためにお仕事できるのが大変だけど楽しくて、でも、お嬢さまが本当に追い詰められているいま、なんにもしてあげられません」


「エルザ様に協力してくれているのは、クレアラート様のためでしょう? あなたは立派に主人のために頑張っているじゃないですか」


「でもわたし、自分じゃなにも出来なくて、エルザベラ様に頼って、噂を流すっていうのもどうしたらいいかわからなくて、アニエスさんにいっぱい手伝ってもらって、でもそんなことお嬢さまは望んでないかもしれなくて、そんなの、わたしなんにも」


「私も、よくそんな風に考えました」


「アニエスさんが、ですか?」


 リムにとっては意外な話だ。リムの目に映るアニーはまさに侍女のお手本であり、自分と似た理由で侍女をしていることもあって先輩であり目標であり、敬愛するお嬢さまとはまた違った意味で憧れの存在であった。そんな彼女が自分と同じ悩みを抱えていたというのは、どうにも信じがたい。

 けれどアニーはいつもの無表情で「ええ、私がですよ」と頷く。


「エルザ様のためを思ってしたことが、本当に彼女の為になっているのか、何度も考えました。出過ぎたことをしていないか、反対にこの程度では不足ではないか、もっとやれることがあるんじゃないか、から回ってはいないか、何かを間違えてはいないか、勘違いして、致命的な間違いを犯してはいないか……仕事を終えて部屋に戻ると、いつもそんなことばかり考えていました」


「……おんなじ、です」


「そうでしょう?」


 表情は変わらないのにどこか得意げなアニーにリムは頷く。同じだ。自分と全く同じ悩みだった。


「でもある日、エルザ様が言ってくださったんです」



『いつも私のこと、見ててくれてありがとうね、アニー』



「見てて……?」


「はい。エルザ様は仰っていました。何をしてくれたとか、何をしてくれなかったということよりも、自分のことを見て、考えて、できることをしようとしてくれることが、何より嬉しいと」


 大事な宝物を確かめるように、目を閉じてそっと胸に手を添えてそう言ったアニーの姿に、リムの頭にもふっと思い出される出来事があった。



『リム、貴女はいついかなる時も、私の侍女だと誇りを持つんですのよ。それさえ忘れなければ、貴女はいつでも立派な私の侍女ですわ』



 その時はただ、侍女としての心構えを教えられているのだと思って「わかりました!」と頷いていただけだったけれど。あれは或いは「自分のことを見て、考えてほしい」という彼女のメッセージだったのかもしれない。


 思い返せばクレアはリムに用事を言いつけることはあっても、リムがクレアを思って進んでしたことに文句を言ったことはなかった。思いついたことがなんでも上手くやれたわけではないけれど、失敗した時だって「次からは気をつけて、上手くやりなさい」と言われるだけで余計なことをしたなんて言われたこともない。クレアの不器用さを鑑みれば、エルザのように素直にありがとうとも言わないだろう。


「思い当たる節があったみたいですね」


「はい!」


 元気に返事をしたリムに「では、もう大丈夫ですね」とアニーはもう一度その手を軽く乗せた。すると今度は先程と違って、リムが嬉しそうに頬を緩める。


「アニエスさんの手はあったかいですねー。お姉ちゃん、って感じがします」


「私は別に、リメールさんの姉ではありませんが」


「孤児院にいた頃、よく年上のお姉ちゃんたちに撫でてもらいました。アニエスさんの手はそれとおんなじ感じで……あの、よ、よかったら、時々でいいので、お姉ちゃんって呼んでもいいですか?」


「……いえ、ですから私は貴女の姉では――」


 そこまで言いかけて、リムの縋るような視線に思わず言葉を堰き止められる。


 思えば家出も同然の状態で生家と両親とはほぼ絶縁状態のアニーと、孤児院出身で両親の顔も名前も覚えていないリムは、家族と呼べる存在がいない、という部分でもよく似ていた。もちろん二人にとって主人であるお嬢さまは大切な存在であり、単なる主従ではなく姉妹のような絆を結んでいるという自負はあるが、それでも二人はあくまでも従者であり、主人を甘やかしたり、手伝ったりは出来ても、甘えることは難しい。

 リムと同じ年頃だった自分を思い返せば、無碍に突き放すのが躊躇われたアニーは結局。


「……時々、ですよ。それと人目のある場所は避けてください、なんだか複雑な誤解を生みそうなので。それとお嬢様たちにも余計なことは言わないようにしてくださいね。あとは――」


「ありがとう、お姉ちゃん!」


「ひゃわ!」


 照れ隠しも兼ねた条件を並べ立てるアニーに、リムが座ったままむぎゅっと抱きつく。咄嗟に漏れてしまった声が恥ずかしかったのか、アニーは慌てて周囲を見回したが、幸い彼女たちの流した噂に夢中な侍女たちはこちらを注視している様子はなかった。


「ちょっと、リメールさん。人目があるところではやめてくださいと言ったでしょう。それにこんなスキンシップまで許可した覚えはありませんよ」


 心なし早口で、こそこそとリムを注意するが「あったかいですー」と顔をとろけさせたリムの耳には半分も届いていないらしい。しばらく文句を言い連ねていたアニーだったが、やがて言うだけ無駄と悟ったのか、ひとつため息をつくと胸元でふもふもと嬉しそうに動く頭を軽く撫でた。


「……まったく、甘えん坊な妹が増えてしまいました」


 呆れたような言葉とは裏腹に、その表情は胸元の温もりを噛みしめるような、そんな穏やかさだった。

もともと「従者」というキャラ付け自体が好きというのは以前に何話かのあとがきかどこかで書いた気がしますが、そんなわけでアニーとリムはそれぞれ違った人物像ながらも「従者としてどう振る舞うか」という部分には作者の好みが濃く出ていまして、それゆえに共通点の多い二人です。


そんな二人の積極的なやり取りは「お嬢さま対決」以来になりますでしょうか。あの時は微笑ましい喧嘩をしていた二人ですが、年が離れていることもあって意外とバランスの取れたコンビになるのでは、と思ったりもしています。

とはいえアニーがエルザにもリムにもお姉さんぶりを発揮してばかりで甘えさせてあげられないのが心苦しい部分ではあるんですがね。なんとなくですがフォルクハイル邸の侍女長あたりが母親目線でアニーを気遣っていたりしそうだなーと思ってたりします。

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