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マリーナ:序 ① 拉致とコイバナ

やっぱり、やっぱりだよ。

予想はしてたけどこれ……………………長くなるやつだ。

 家に帰るのが憂鬱だった。


 家事は忙しかったし食事は質素だったけど、そんなのは気にならない。それを不満に思わないではなかったけれど、我慢できないことなんて無かった。

 耐えられなかったのは、家に帰ったとき、玄関の扉を開けた向こう側が、酷く冷え切って、人の気配が欠片も感じられないことだった。


 真っ暗な家に帰って暖炉に火を入れ、吊り下げたランプにその火を一欠片移して、明るくなった部屋が、今朝自分が家を出たときとまるで同じことに泣きそうになった。

 特別な家庭ではなかった。貴族のように豊かでその分制約が多かったわけでも、貧民街の人たちのように貧しい故に無法に生きたわけでもない。


 両親がいて、私がいて、明日の食事の心配はないけれど、半年後のことは少し悩まなくてはいけない。それくらいの、普通の家だった。


 でもそれも、両親が亡くなるまでの話。

 美しかった母と不器用だった父を、ほとんど同時に流行り病で失った。亡くなった人に十分な弔いができるほどの蓄えもなく、教会での簡素な埋葬を済ませれば家に二人のいた痕跡はほとんど見られなかった。

 二人とも物を多く持つ方では無かったから、当人がいなくなれば必然、家の中には私のものばかりになる。母が好きそうな花瓶や、父が愛読していた本を目につく場所に置いてみても虚しいばかりで、私は眠る時以外はほとんど家に寄り付かなくなった。


 近所の人たちはよくしてくれた。おかげで私が酒場でウエイトレスをするだけの稼ぎでも、両親がいた頃とそう変わらない生活ができた。でも、それだけだ。

 わがままなのだろう。両親がいなくなっても路頭に迷わず生きていける、それだけで恵まれているのだ。それでも、変わらないからこそ、両親の不在というぽっかり空いた穴だけは埋めようがなかった。


 そんな私に降って湧いた転機は、王城への呼び出し……というか、事実上の強制召喚だった。

 いつものように鬱々とした気持ちから目を逸らして家に帰り着くと、夜中だというのに家の前が明るかった。


 そこにはお城の衛兵たちが数人、お役人とわかる上等な服を着た女性を囲んで立っていた。

 その一団は立ち尽くす私に気づくと、女性を中心にしたままざっざっと鎧の音と足音の混じった威圧感のある雰囲気をまとって近寄ってきた。


「マリーナ・ルクレさんね?」


「は、はい」


 名前を呼ばれて人違いや家違いの類ではないと確信する。けれどお城の偉い人がわざわざ私の家を訪ねる用事にはまるで心当たりがない。しかもこんな遅い時間まで出直さずに待つというのは、それなりに重要な要件だからだと思うけれど……なおさら思い当たる節がない。


「遅くにごめんなさい。時間は取らせないから、少しだけいいかしら?」


 そう言って微笑む彼女は女性にしては背が高い。私も同世代の中では小さくないけれど、目線を合わせるには少し顎を上向けることになる。あと、身長に見合って胸も大きい。役人のローブの重い布をものともせず押し上げる胸は、同じ女としてちょっとクるものがあった。

 艶のある茶髪はよく手入れされていて、身分が高いことを伺わせる。髪と同じ色の瞳はくりっと子供のように丸く、添えるように鼻に乗っているモノクルがあっても知性よりはやんちゃそうな印象が勝っていた。


「あの、えっと私」


「ああ、私は怪しい者じゃ……と、言っても怪しさ満点かしらね。王城からの使いで、カトレアといいます」


 よろしくお願いしますね、と微笑まれるけれど名前だけ聞いたところでこの状況の意味不明さは何も解決しなかった。王城からの使い、という部分に関しては服装や引き連れている衛兵から疑ってはいないけれど、それとは別に何か意図的に隠されている情報があるような。名前だけで役職を名乗らないあたりも危うさ満点だった。


「その、カトレアさんが、どうして私に」


「ええ、その辺りもじっくり説明したいところだったのだけど、あいにくこんな時間じゃない?」


 言いながらカトレアさんはぴっと人差し指を立てて夜空に輝く月を指差す。全体の二割ほどが欠けた月は、夜道は照らしても彼女の正体まで照らしてはくれない。


「まずはお城まで行きましょうか」


 にっこり。

 いい笑顔で、なにかとんでもないことを言われた、とそう思った直後。


「へ? あ、ひゃ、ちょ」


「はーい運んで運んで運んじゃってー」


「ちょっと、あの、カトレアさん?」


「まぁまぁ、ご意見ご要望は後ほどお聞きしますから」


 衛兵の一人にひょいと抱き上げられた私はあれよあれよと言う間にカトレアさんと同じ馬車に放り込まれ、そのまま馬車は走り出してしまった。ちなみに衛兵の皆さんは御者台と後方の小さな荷台に分乗したので、車内には私とカトレアさんしかいない。


「あの、これからどこに……」


「もちろん、さきほど申し上げた通り、お城に向かいますよ」


「お城って、ええと、あの」


 ちらりと窓の外、遠方にあってもその威容を損なわない巨大な王城に視線をやると、カトレアさんのモノクルの奥の瞳が悪戯っぽく笑う。


「もちろん、そのお城です」


「な、なんで」


「心配なさらないで。貴女が罪に問われるとか、そういった心配は無用です。それとも、王城にまで喚ばれて裁かれるような罪に心当たりが?」


 慌ててぶんぶんと首を横に振る。もちろんそんなものに心当たりはないし、後ろめたいものがあると思われてはたまらない。


「では安心ですね」


「いえ、だから理由をですね」


「今夜はいい月が出ていますねぇ」


 思いっきり話を逸らされた。決して上手くはない口笛まで添えられて、いまはこれ以上話す気がないと、これでもかというほど強く表明していた。


「…………」


「…………」


 訪問の、というかこの誘拐まがいの召喚の目的を問いただせないとなると、途端に会話がなくなる。というより、今もっとも知りたい質問を封じられてしまっては、私から何を話題にしたらいいのかなんてさっぱりわからない。

 貴族の人って、どんな話をするんだろう。


「そういえばマリーナさん」


「は、はい?」


「マリーナさんって、好きな人いる?」


「……へ?」


 わくわく、と顔に書かれたカトレアさんがすっごく微笑みながら私を見ていた。


「え、っと?」


「好きな人ですよ、折角庶民に生まれたんですから、自由恋愛ってやつ、楽しんじゃってるんでしょう? お姉さんそういう話にすっごく飢えてるの。ぜひ聞かせてくださらない?」


「え、いや、あの」


「ああ浮気とか不倫とかそういう話はNG(だめ)ですよ。その手の話は王城に溢れかえってますし、ドロドロしたのは聞き飽きました。もっとこう、若人のぴゅあっぴゅあなヤツ、そういうのをカトレアさんはご所望なわけですよ」


「いえ、ですから」


「マリーナさんの彼氏はどんな方でしょう? ああ、まだ言わなくて結構ですよ、少し推理させてくださいね。うーん、マリーナさんは一見して大人しそうな方ですけれど、大の男が大勢飲み食いする酒場で働いて長いそうですから案外肝は据わってそうですね。とすると不器用で腕っぷしの強い無口な男性あたりですか? それともオジサマ方のセクハラから華麗に守ってくださった軽薄だけど綺麗な顔立ちでマリーナさんをとても大事にしてくださる遊び人風の……いやもしかして、長身で男性に混ざって働く凛々しい顔立ちの女性とか!」


「い、いません!」


「……は?」


 ピシリと、それまで決壊した堰から溢れ出す流水のごとく止めどない言葉を放出していたカトレアさんが完全に停止した。


「いま、なんと?」


「で、ですからその、すっ、好きな人、とか。恋人とか、そういうのは、いません」


「……え、嘘、嘘でしょ? なんか、ほら、この人いいなぁとか、かっこいいなぁ憧れちゃうなきゃーいけめーん、とか、そういうのでもいいのよ? ちょっといいなって思う人くらい、ほら、今じゃなくても子供の頃の甘酸っぱい初恋の相手とか」


「いません、いませんから!」


 うう、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきちゃうよぉ。必死に否定する自分の顔が赤くなっているのがわかる。


「……夢、破れたり」


 ずーん、とさっきまでのハイテンションが嘘のようにがっくり肩を落とすカトレアさん。え、えっとこれ、何か言ったほうがいいの、かな?


「あの、夢って……」


「貴族とか王族の利権まみれの薄汚れた愛欲なんかと違う本物の恋が、城下にはたくさんあるって思ったのに。城下の女の子の素敵な恋バナを聞いて、愛みたいに重くて苦しくて鬱陶しいものじゃなくて好きとか憧れとか綺麗で軽薄でキラキラしたものが吸引できると信じてたのに」


 どうしよう、この人ちょっと危ない人かもしれない。


 落ち込んだままブツブツと漏れ聞こえてくる言葉はなんというか、マイルドに包んでもすごく変わった人である、と表現するのが限界なところまで来ているような気がした。


「ああ、吸いたい。美少女の軽々しい恋愛の空気、吸いたい」


 うん、行くところまで行ってる。


「ご期待に添えず申し訳ありません……」


「あ、ああごめんなさい、責めてるわけじゃないんですよ。ただその、折角お近づきになれるならぜひ聞いてみたいと思っていたことだったのでちょっと、落胆がですね」


「すみません……」


「あ、や、違いますよホント! 全然、怒ったりとかしてませんよ!」


 コホン、と仕切り直すように咳払いを挟むと、カトレアさんは先程の興奮状態とは違う落ち着いた笑みを浮かべた。


「ごめんなさい、取り乱しました。恋バナができなかったのは残念ですけど、それでも私、嬉しいですし……正直、少し安心してもいるんです」


「安心、ですか?」


「はい。貴女はとても真っ直ぐな人みたいですから。それだけで、私には十分過ぎる幸運です」


「……?」


 真っ直ぐ、というのは褒められていると思っていいのだと思う。けれどそれでカトレアさんが安心するというのは、どういうことだろうか。


「うん、迎えに名乗り出て正解でした。事が決まる前に、こうして素の貴女とお話できて、安心出来ましたから」


「はぁ……?」


 よく、わからない。わからないけれど、カトレアさんの安心したという言葉も、嬉しいという言葉も、嘘ではないように思えた。先程の前のめりな感じとは全然違っていたけれど、感慨深げに吐き出されるため息には同じだけの熱量が感じられた。


「さ、そろそろ到着ですね。準備はよろしいですか?」


「えぁっ、じゅ、準備? あの、私なにも」


「心の準備ですよ。だって貴女、これから国王陛下に対面するんですよ?」


 自分の目が点になったのが、わかった。

ということで、マリーの物語です。

もちろん要点を掻い摘んで進めていくつもりではありますが、彼女の人間性を語るとなるとやっぱりルーツに触れないわけにはいきませんので……過去編とか回想編って漫画とかだとちょっと鬱陶しい部分だったりもしますが、やるからにはおざなりにしたくはないので、もう少し「主人公」の彼女にお付き合いください。


ちなみにマリーのエピソードは今回こうして書くことになって初めて細部を作っています。カトレアさんとかつい昨日まで影も形もなかった人ですが、この回想編ではそこそこ大事な人物になるかと思いますので、いち登場人物として今後も登場させるかもしれません。

……こんな濃くなりそうなキャラを過去編だけで退場させるの勿体なくて(本音

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