買い出しにおける男性陣の切実な提案
何だか、思ったより長くなったので、今日の投稿は二話に分けました。
その一話目です。
それは、突然の提案だった。
「すみません。買い物は男女で別行動させて貰えませんか?」
各が希望する物件の確認を終え、ミリユイ商店街へと向かう馬車の中で、白峰が言ってきた。
「なんでや? そんな話、昨日まで無かったと思うけど」
白峰は頭を掻いた。
「まあ、その通りなのですけど。今日は下調べみたいな意味合いがほとんどですよね? 生活必需品を優先して見て回る」
「せやな」
「となると、当然衣服とかも見て回ることになるじゃないですか。場合によっては下着とかも。そういう事を考えると、互いに最初から別行動しておいた方がいいように思うんです」
「まあ、それは一理あるかも知れんけど」
確かに、下着を見て回るのに、男連中に付いてこられるというのは、かなり抵抗が有る。それは、立場を逆にしても同じだろうが。
「でも、それならそういうお店は中に入らないだけでいいんじゃないですか? 最悪、下着なんて引っ越し当日に適当に買っちゃってもいい訳ですし。私は、そこまで拘るつもり無いですし」
「いやまあ、そういう意見もあるとは思いますけれど」
「それとも、白峰さんは下着に何かこだわりがあったりするんですか?」
海棠に訊かれ、白峰は返答に窮した。
佐上は半眼を浮かべる。
「おいこら? おたくら、何か変なこと考えたりしとらんやろな?」
「いえ、そんなつもりは全くありません。純粋に、別行動した方が何かと動きやすいのではないか? そう考えただけです。下着の件は、あくまでも一例です」
「ほんまか?」
ん~? と、海棠はしばし、顎に手を当てて天井を見上げた。
「でも、衣服を除くと優先して確認するものって、家具とか調理器具とか自転車とかですよね? 話し合って作った買い物リストもそうなってますし。どこも、一緒に見て回って問題ないと思いますけど」
「それはその通りなのですが。どう説明したらいいですかね?」
沈痛な面持ちで、白峰は溜息を吐いてきた。
「こうなったら、正直に説明した方がいいでしょう」
くいっと、月野が眼鏡のブリッジを押し上げた。
「これは、ある種のリスク回避のための提案です」
「というと?」
「この世界での生活や仕事には、私達の互いの協力や信頼が不可欠です」
「せやな」
佐上も海棠も、うんうんと頷いた。
「しかし、男女間において、思考方法には違いがあります。決して優劣の差ではありません。そして、その差が最も如実に表れるのが、買い物の仕方である。我々は、そのように考えています」
「こうして一緒に買い物をすることで、互いに遺恨を残す結果になってはまずい。自分達はそのように考えました」
佐上は半眼を浮かべた。隣を見ると、海棠も何とも言えない表情を浮かべ、こめかみに人差し指を当てていた。
「要するに、おたくらがうちらと一緒に買い物したくないっちゅうだけかいっ!」
「今後も、互いに友好的な関係を続けるために、必要な話なんです。ご理解頂けないでしょうか?」
「やかましいわっ!」
何を言っとるんじゃこいつらは? そりゃ、海棠も頭抱えるわ。ミィレも苦笑いするしか無いわと。
「えっと、月野さんも白峰さんも、何か嫌な思い出でもあるんですか?」
海棠が訊くと、露骨に男性陣の空気が重くなった。白峰は肩を落として俯き。月野も渋い顔を浮かべる。
その様子を見て、海棠は「うわぁ」とか呻いた。
「何で女性って、みんなあんなにも無計画に人を振り回せるんですかね?」
ポツリと、白峰が呟く。その呟きには哀愁が凝縮されていた。
「君の頭の中にしかない正解をノーヒントで正解しろって、無茶ぶりにもほどがありますよ」
月野の呟きからも、疲労感が滲みまくっている。
「何というか、お二人とも物凄く男性的な思考回路をしていることは分かりました」
海棠が乾いた笑いを浮かべた。
「いや、月野はんも? うちとこのスーツを買いに行ったとき、普通に付き合ってくれたやん?」
「あれは、ほとんどお店の人に任せてしまえばよかったからですよ」
「ん。まあ、そういうことか」
実際、思い返すとあのときも月野はほとんど店員さんと話をしていた様に思う。決断には口を出さなかった。佐上に、服を選んで悩むという、ある種の余裕が無かったのもそうだが。
佐上は嘆息した。
「分かった。そういうことなら、別行動でええわ。何か、二人とも凄いのにトラウマ抱えていそうやし」
「そうですね。私のお父さんとお母さんも、買い物は別々に行くことも多いですから」
ここまでどんよりとした空気を漂わせる姿を見せられて、それでも一緒に行こうなどとは、言えそうになかった。
「ありがとうございます」
「助かります」
いや、そんなに感激した声出さんでも。
二人とも、どんだけトラウマ抱えているんかと。
「でも――」
ミィレが、口を開いた。
「シラミネさん。ツキノさん。好き な 人 同じ 買い物 必ず 行かない 人 ですか?」
翻訳された機械音声ではよく分からないが。それでも、どこかオリジナルのイシュテン語の響きは、寂しげに聞こえた。
数秒の沈黙。白峰が思い悩んでいるのが見て取れる。
「いいえ。そういう訳ではありません。これは、自分が未熟なだけです。次に好きな女性と出会えたら、そのときは、一緒に楽しく買い物が出来る様な、そういう方法を見つけたいと思います」
「そう ですか。よかった です」
ミィレは、嬉しそうに笑った。
「月野はんは?」
「そうですね。私も白峰君と同じ気持ちですよ。まあ、そんな出会いがあるとは、もう期待していませんが」
「悲観的なやっちゃな。出会いなんて、どこでどうなるかなんて分からんやろに」
佐上は肩を竦めた。もっとも、そう言いながらも、確かにこれからこんなド腐れ眼鏡に惚れるような物好きがいるとは思えなかったが。
おかしい。何故かただの恋バナになっている気がする(汗)。