クオン町物件案内
ルテシア市の歴史についてちょろっと説明。
でも、本当に今後使うかどうかというと。どうかなあ?
ゲートから数百メートルほど離れた場所へと徒歩で移動する。そこに、その店は有った。
店構えは大きく、両隣にある建物より2、3倍は大きくまた立派な造りをしている。日本でよく見掛けるような、小さな事務所に物件のビラが壁にベタベタと貼り付けられているようなものとは大分違う。むしろ、宝石店とか説明された方がイメージ的には納得出来そうだ。
「こちら ゲート 近く 町の 家 管理 店 です」
ミィレは手の平を店に向け、連れの一行に説明した。
「へえ。ところで、ここの町の名前、なんていうん?」
「クオン 町 です」
「へえ、なんや日本語的な響きの町やなあ」
「白峰さんも 言っていた です。日本語 では とても長い 時間 意味 です」
「そうそう。何か、親しみが湧きますよね」
うんうんと、海棠は頷いた。
「あと、以前にも自分は対策室に報告はしているのですが。こちらでは、こうした不動産屋は一つの町につき一つあって、町役場のような仕事も兼ねているそうです。なので、ご近所トラブルやゴミ出しルールの確認とか、そういうのがあったらこちらを頼るといいようです。手引き書にも書きましたけど」
「でも、何で不動産屋さんがそんなことまで?」
白峰の説明に、海棠が首を傾げる。
「昔の都市開発の名残だそうですよ。確か、そうですよね? ミィレさん」
「はい。その通り です。工事 する 建物 管理 地域 分かれて。そのときの 代表者 の子供 が店をする」
なるほどと、海棠はミィレの説明に頷いた。
「ひょっとして、この辺り一帯って昔は湿地帯だったりしましたか?」
月野の質問に、ミィレは少し困ったような顔を浮かべた。
すかさず、佐上が月野を小突く。
「そういう、難しい言葉を使うなって。これまでも何度も言うたやろ?」
「あなたの関西弁ほど多くはありません」
月野は唇を尖らせたが。
軽く佐上が咳払いをして続ける。
「ここの近くは、昔は池や沼が沢山ある土地でしたか?」
そう聞き返すと、ミィレも得心がいったと頷く。
「はい。その通りです。でも 何故分かった です か?」
「いえ? アサさんもですが、ミィレさんも着ている服の胸の部分に描かれた花です。我々の世界でハスと呼ばれる花に似ています。それぞれの花弁が、ハスよりは小さくて数も多いようですが。池や沼によく咲く花なので。都市開発の歴史から、家を説明する図として使ったのかと考えました」
「そうですか。分かり ました。その考え は 合っている です。ですが、その話は 長くなる です。だから」
「そうですね。すみません。お話は興味深いですが、また別の機会にお願いします。店の中に入りましょう」
ミィレは頷いて、不動産屋の扉を開いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
店の片隅でテーブルを囲み、用意された間取り図を見比べていく。
のではあるが、佐上と海棠は表情を強張らせていた。
「あの? どうかしましたか? 佐上さんと海棠さん。緊張しているようですけど」
「文字 読む 出来ない ですか? 教え ます。」
白峰とミィレが訊くが。
「いや、そういう訳じゃないんです。何というか、店が立派で落ち着かなくて」
「そうそう。そうなんです。私達のような庶民には敷居が高そうと言いいますか」
佐上と海棠が乾いた笑みを浮かべる。
「というか、ミィレさんは勿論やけど。月野はんも白峰はんも落ち着きすぎや」
「まあ、仕事柄、こういう場所も慣れると言いますか」
白峰は苦笑を浮かべた。この後、昼にはアサの邸宅にも訪れるのだが、そのとき彼女はどういう顔をするのやら。海棠は、以前にも訪れているので、少しは慣れたと思うのだが。
「そうですよ。それに、私も白峰君もごく普通の家庭の出身ですからね?」
「そうそう。自分の両親もただのサラリーマンですし」
疑わしいと言わんばかりのジト目を佐上と海棠が向けてくるが、事実なのだから仕方が無い。
「サガミさん カイドウさん。気持ち 分かる です。私も 子供 時代 アサ 家 来て 姫 そば 働く とき 同じ 気持ち だった です」
「え? ミィレさんって子供の頃から働いていたんですか?」
「はい。アサ 姫 そば 働く ため です」
佐上と海棠が感嘆の息を吐いた。
「そういうのって、こちらの世界ではよくあることなんですか? 私達の世界でも、昔はありましたが」
「昔は よく あります した。今は、たまに ある 話 です。私の 家 昔 アサの 家のため 戦う人の 家 でした」
「そういうことかあ。なるほど」
納得がいったと、彼女らは頷いた。
「あと、クオン 町 は ルテシア 市の 中心の町 です。だから、 特に 不動産の 店は 立派です」
「それを考えると、この間取りにも色々と聞きたいんやけど」
「何ですか?」
佐上は人差し指でテーブルの上を叩いた。
「何か、紹介してもろてる部屋、どれも立派に思えるんですけれど。そもそも、人が住むための部屋とは違う気がするんですが? それも、そういう話が関係しているんですか?」
ミィレは少し困ったような顔を浮かべた。
「はい。こちら来る 前 から。白峰さん から 聞いた 条件に 似ている 建物 探して 貰いました。しかし、中心 町 です。だから、お店や 仕事 の ための 建物 ばかり です。空いている 建物も 少ない です。値段も 他の 町より 高い です」
実際、用意された間取り図の数も10に満たない。
「ああ、だからかあ。まあ、それなら仕方ないですね」
「まあ、それについては会社とかでも使う仕切り板のようなものを買えば、部屋を区切っていくことだって出来ますし」
「そうそう。日本にもありますよね。ドアを開けたら部屋が一つしか無いような賃貸のところって。その、ちょっと広いバージョンだと思えば」
「せやなあ。部屋によっては小会議室みたいなもんがあるところもあるし。寝床をそこにするとかでも、何とかなるか」
「料理をするのには、少し辛いところが多いですが。これは、どうしましょう?」
「調理台 買う で、いいと思います けれど?」
「いや、しかし水道やガスの配管が。って、ああすみません。こちらの世界では不要でしたね。なるほど」
お恥ずかしい。と、月野は頭を掻いた。
「となると、あとはそれぞれの部屋の場所が重要そうですね。ちなみに、みなさんってもう第一希望とかあったりするんですか?」
「うちは、まだ考え中や。せやけど、あんまり広すぎると落ち着かんからなあ。なるべくこぢんまりとして、家賃の安そうなところにしたい」
そんな佐上の言葉に、月野が小さく笑みを浮かべる。
「わざわざホテルをビジネスホテルに変えたのもそうですが、欲の無い人ですね佐上さんは。家賃については、気にしなくてもいいというのに」
「うっさいなあ。しゃあないやん。落ち着かへんのやから。それに、そのおかげで、色々とマスコミに言われたときも、うちらが変な癒着している訳や無いってイメージを伝えられたんやし」
「別に、悪いと入っていませんよ。むしろ、個人的には好ましいと思っていますし」
「なら、ええけど」
「じゃあ、海棠さんは?」
「私は、買い物に便利だったり銭湯に近いところがいいかなあって思います」
「逆に、白峰君はどうなんです?」
「自分ですか? う~ん、飲食店が近くに多くあるようなところがあると、いいんですけど」
「何故です?」
「 いやまあ、折角なのでこちらの食べ物を色々と知りたいので」
「なるほど」
「月野さんは?」
「私ですか?」
ふぅむと、月野は顎に手を当てて考える。
「取りあえず、一番広そうな部屋ですかね?」
「お前、ここぞとばかりに国の金で贅沢する気か?」
「違いますから」
月野は小さく嘆息した。
「そうではなく。ゲートに建てる建物とは別に、集まったり持て余しそうなものを保管するための場所も必要ではないかと思ったまでです」
「何やそういう事か。つくづく、真面目やなおんどれは」
「悪いですか?」
月野が目を細めると、佐上は肩を竦めた。小さく笑みを浮かべる。
「いや? 別に嫌いやないで? そういうの」
むぅ、と月野が唸る。
この一連の流れ、やっぱり佐上による月野への意趣返しなのだろうなあなどと、白峰はぼんやりと思った。
この章、キャラによるアドリブが増えそう。