それぞれの自己紹介
ミィレに月野と佐上が自己紹介。
今回は『』がイシュテン語で、「」が日本語です。
ゲートを抜けると、既にミィレは待っていてくれた。今日の部屋探しは彼女に案内して貰う事になる。
アサは来ていない。こういう外回りの仕事にまで領主の人間がするというのは、対外的によろしくない。また、そんな真似をすると来訪を控えている各国の外交官や学者達にも、同様の扱いをしないと不公平な印象を与えかねない。そして、そんな手間はとてもじゃないが出来るものではないからだ。
本人は凄く来たがっていたらしいが。もっとも、ミィレ曰く「お屋敷を抜け出して、市井を散策したいだけですよ」だそうだが。
『おはようございます。ミィレさん』
『おはようございます。皆さん。今日はいい天気でよかったです』
イシュテン語で白峰とミィレが挨拶をすると、翻訳機から翻訳された音声が流れた。
白峰はミィレの脇へと移動し、月野と佐上へと手の平を向ける。
『こちらが、月野渡。外交官で自分の先輩になります。そして、こちらが佐上弥子さん。翻訳機の技術者です。どのように言葉を覚えるか相談したとき、ミィレさんとは一度会ったことがあると思いますが。結構前の話なので、改めて』
「ミィレ=クレナ です。アサ 姫 から、お話は 前 から 聞いてる です。よろしく お願い です」
イシュテン語で話しかけた白峰に対し、ミィレは日本語で返した。
胸に手を当てて、ミィレは頭を下げる。
「ミィレさん。日本語話せるんですか?」
「少し だけ です。シラミネさん から 教える 貰う しました。翻訳機 も 使った です」
「いやまあ。確かにそれは私も聞いてましたけど。凄いなあ」
感心したと、佐上は頷く。
『月野渡です。こちらこそ、ミィレさんには白峰がお世話になっていると聞いています。お会い出来て嬉しく思います。よろしくお願いします』
月野の言葉に、ミィレと佐上が目を丸くする。
『イシュテンの言葉を話せるのですか?』
「ちょっ!? おま? さっきの、イシュテン語?」
少し間を置いて、月野は日本語で答えた。
「はい。まあ、少しだけですが勉強しました。何かおかしくなければいいのですが」
『はい。とてもお上手なイシュテン語でしたよ』
ミィレが微笑むと、月野も少しはにかんだように見えた。
ちょいちょいと、佐上が月野の肩を指で突いた。
「ちょっと? 月野はん? あんた、いつの間にイシュテン語なんて話せるようになったん?」
「仕事の後や休日を使って勉強しただけですが? それに、佐上さんも一緒に、アサさんから少しいくつかイシュテン語の話を聞いたでしょう?」
それが何か? と、月野は小首を傾げた。
そんな月野に対し、佐上は半眼を向ける。
「そうかそうか、つまりお前はそういう奴やったんやな。普段、勉強なんかしてへんみたいな顔しておいて、裏で勉強してテストで高得点を取っていくような」
「仕事上、いずれ必要になると考えたから、覚えたまでです。正直、まだ初歩的な部分しか分かりませんし。人聞きの悪い言い方をしないで下さい」
月野は嘆息した。
「それに、海棠さんだって少しはイシュテン語を話せるようですよ?」
「なあっ!?」
その言葉に佐上は驚愕の表情を浮かべ、海棠へと視線を向けた。
「……マジで?」
その声は震えていた。
海棠は佐上から視線を逸らす。彼女は親指を人差し指の間を少しだけ空けた。
「ほんの、ちょっぴりだけですよ? 挨拶とかくらいしか。発音、まだダメダメですし」
「裏切りも~んっ!」
佐上は叫んだ。
「嘘やっ! うちと同じ、この子は普通の子やって信じていたんに。みんな、みんなこうして隠れて勉強して、遅れていくうちを笑いものにするんやっ!」
「いや、しませんから」
「そうですよ、佐上さん。私だって、元々こっちに来てみたかったから、興味があってたまたま勉強していただけですよ?」
白峰は海棠と一緒に、佐上を宥める。しかし、彼女はむくれたままだ。
「佐上さん。何でもいいから、ミィレさんに早く挨拶をして下さい。彼女、困っていますから」
冷静な月野の声に、佐上は呻く。
常に優先順位を意識して状況に流されることなく、脱線した話の流れを引き戻す先輩は、流石だと白峰は思った。このまま彼女を放置すれば、いつまで経ってもこのままだったかも知れない。
大きく、佐上は深呼吸した。睨み付けるかのような真剣な表情をミィレに向ける。
『ミィレ サン』
『はい』
近付く佐上に、ミィレは少したじろぐ。
『ワタシ ノ ナマエ ハ サガミ=ヤコ デス。オハヨウ ゴザイマス』
それは、たどたどしいイシュテン語だった。あらん限りの記憶を探って、賭けに出たのだろう。
数秒して。しかし、ミィレは柔らかく微笑む。
『はい。サガミ=ヤコさん。こちらこそ、よろしくお願いします」
その声に、佐上は満面の笑みを浮かべた。そして、月野へと振り向く。
「何というか、分かりやすいどや顔ですね」
「いや、そこは素直に褒めましょうよ?」
海棠の声に、月野は顎に手を当ててしばし考える。
「そうですね。実際、凄いと思いますよ?」
その評価に満足したのか、佐上は鼻息荒く、大きく胸を反らした。
「でも、この人こういう反応するから、安易に褒めていいのか、悩むんですよね」
「可愛い反応じゃないですか?」
「その質問は正直、返答に困ります」
そんな彼らの反応を見ながら、ミィレがくすりと笑みを漏らすのに、白峰は気付いた。
『どうかしましたか?』
『いえ、楽しい人達だなって。そう思ったんです。お嬢様が信頼される理由、分かる気がします』
『そうですね。自分も、そう思います』
それを聞いて、白峰も小さく笑みを浮かべた。
本当はもっと話を進めたかったんですが、今回はここまで。すみません。
ちょっと、しばらく足踏みペースになりそうですが、なるべく早く進められるようにしたい。
次回こそ、お部屋探ししたい。




