逆襲の記者会見(2)
本日投稿の第二弾。
場外(?)からの乱闘者が暴れまくる。
白峰は言葉を失った。
ポカンと口を開けて、隣に座る月野を見る。
月野もまた、絶句してこちらを見ていた。
対策室のあちこちで悲鳴のような声が上がった。
『どいつもこいつもふざけおってからにっ! いいかボケえっ! おどれら、何をやってんのか分かっとんのかこらああああああああぁぁぁぁっ!!』
PCモニターの中で、佐上がのっしのっしと歩いて壇上へと向かっていく。そのあまりにも堂々とした光景に、誰もが呆気にとられて動けない。
「あなたの方こそ、何をやらかしてくれているですか佐上さんっ!」
月野がPCモニターを掴んで、叫んだ。こくこくと、白峰も頷く。
佐上が壇上にたどり着き、記者達へと振り向く。
『だ、誰ですかあなたはっ! ここに無関係な人が来るとか――』
『うちは、柴村技研社員。佐上弥子やっ! 異世界の翻訳機を調整するためにここにおる。れっきとした関係者やっ!』
会見場に悲鳴のような声が上がった。記者達が口々に叫んで、何を言っているのかも分からない。
『やかましいっ! どいつもこいつも、アサのことを好き勝手言いおってっ! あ? うち? アサの友達やっ! 友達が散々言われて、いつまでも黙っておれるかあっ!』
はぁ。と、白峰は大きく息を吐いた。それで、覚悟は決まった。席を立つ。
「行くつもりですか?」
「はい」
「何故ですか?」
白峰は小さく笑みがこぼれるのを自覚した。
「口に出すと恥ずかしいですが。これまで一緒にやってきた仲間ですから。放ってはおけません」
「そうですか」
やれやれと、月野は肩を落とし溜息を吐いた。しかし、その口元には笑みが零れているように見えた。
それだけ見て、白峰は会見場へと駆け出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アサの席にあるマイクを掴み取り、佐上は兎に角言いたいことをぶちまけていく。
「アサはなあ。言葉も碌に通じてないときに、体調悪いうちを心配してくれるような。めっちゃ、優しくていい子なんや。そんな子を信じられんとか、嘘吐き扱いやとか、目ん玉腐っとるんちゃうか? そんな連中が、選挙にも選ばれてもおらんくせに、何を国民の代表やとか言っとるんや? 勘違いすんな。うちらと同じ、ただの一般人やろが!」
隣でアサが心配そうに腕を掴んでくるが、止まる気は無い。
「大体、おどれらアサ達に偉そうに言えるクチかボケっ! 記事が真実かどうかの保証やと? ほんなら、おたくらの記事の保証はどこのどいつがしとるっちゅうんやっ! おい、そこのおっさんっ! 答えろやっ!」
え? と、きょろきょろと佐上の視線の先にいる男は所在なさげに周囲を見渡した。
「何を自分じゃないふりしとるんやコラっ! お前やお前っ! グレーのスーツに黄色の縞ネクタイしているお前やっ!」
そこまで言うと、男は観念したようだった。
「ええっと。それは、その。我々が、責任以て取材し、記事を書いている訳で。我々が、か、我が社が保証、します」
「あぁん?」
佐上は首を傾け、男を睨み下ろした。
「それの何が保証になるっちゅうねん? アホか? それをうちら普通の消費者がどうやって確認しろっちゅうんや? おどれらが嘘言うてないってのは、どこで確認出来るんや? 言うてみいやボケっ! あれか? 自分らは何書いても無条件に信じられるべきやけど、うちらは何言っても信じてはいけないっちゅうダブスタか? おどれらの会社は神様か? そこまで視聴者や購読者に無条件に信頼されとるとか思っとるんか? 自惚れんなアホんだらっ!」
「いえ、私達はジャーナリズム精神に則って、きちんと真実に即した記事を――」
「そんなもんこっちかて同じやっ! 誠実に仕事してるし、ほんまのことを伝えとる。それを勝手に嘘吐き呼ばわりしているのがおたくらっちゅうだけやっ! こっちの言うとることが嘘やいう証拠でもあるんか? ええっ?」
「それは。色々と、取材から得た状況証拠を組み立てて、真実を――」
「どこが真実やっ! 嘘ばっかり書きおって。うちがあのド腐れ眼鏡と色恋沙汰とかあるわけないやろがっ! まともに取材なんかせんと、ゲスの勘ぐりで記事書いとるやろがっ! ふざけんなっ! 有り得るかそんな話っ! うちが、あんのド腐れ眼鏡とっ!? あいつ、いっつもねちねちと、うちのやることなすことケチ付けるんやぞ? そんな奴、誰が好きになるかいっ!」
拳を机の上に叩き付ける。
「それに、おどれらいっつも人権やらなんやらと言うとるようやけどな。そんなら、うちの人権どないしてくれんのやっ! 社長もおとんもおかんも、おどれらの立てた勝手な噂で盛り上がりよって、もうこんなん大阪にどんな顔して帰れっちゅうねんっ! 慰謝料寄越せやアホおおおおぉぉぉぉっ!!」
しかし、記者達からの答えは無い。
「ったく、印象操作? それ言うたら。外務省も知っとるんやぞ? 記事の元になったインタビューに答えた異世界の人。その人によると、元々桜野はんのファーストコンタクトとかの記事は、今wikiにあるあんな感じになるはずやったんや。それが勝手に差し替えられて、酒飲んだ悪かったみたいな記事になったらしいな? そこまでしてうちらを悪者扱いしたいのは何でや? あぁん? おたくらのやったことの方が、印象操作ちゃうんか?」
佐上は舌打ちした。誰も答えない。まあええ、こうなったら次に言いたいことは――
「佐上さんっ!」
壇上の脇から声を掛けられた。
そちらに振り向くと、白峰が肩で息をしていた。少し息を整えて、近付いてくる。
「白峰はん? どうして?」
「いえ、まあ自分も言いたいことがあるので。便乗させて貰いに来ました」
気恥ずかしそうに、白峰が笑ってきた。アホやな。こいつ。でも、月野は――いや、そこまでは期待しすぎか。
佐上は苦笑した。マイクを白峰に渡す。視界の端で、外務大臣が何事か耳打ちを受けているのが見えた。
「あの。ええと。突然すみません。自分は白峰晃太と申します。僭越ながら、異世界に行かせて貰って、異世界関連事案総合対策室で話し合った話をあちらに伝えたり、向こうのことを教えて貰って、こちらに報告したり。そういう仕事をさせて貰っています」
「外務大臣っ! それは、本当なのですか? こんな、若い人が」
「はい。本当です。大変に優秀な若者です」
「十ヶ国語以上を話せるというのは、本当なのですか?」
「はい、本当です。イシュテン語や皇共語も少し覚えたので、もうすぐ二ヶ国語増えると思いますが。ただ、今はそれとは別に自分からも言いたいことがあります」
一呼吸置いて、少し場が静まった頃を見計らって、白峰は続けた。
「wikiに投稿した記事は本当です。自分は今の仕事を任せて貰って良かったと思っています。どうも、自分に仕事を無理矢理押し付けられたかのような印象の報道もあるようですが。そんなことは全くありません。それは勿論、最初は戸惑いましたが、どの仕事だって覚悟は必要です。覚悟を決めて職務に取り組んでいます。あと、アサさん達と出会えて、本当に良かったと思っています。心配やお気遣いは無用です。それだけ、皆さんに言わせて頂きたいと思います」
はっきりと、嘘偽りの可能性を潰すかのように白峰は言い切った。
佐上はうわぁと呻く。ずっこいなあ、こいつ。こんな言い方されたら、マスコミも真っ正面から否定しにくいやん。こんな一言で信用させる力持っているとか、チートかと。
ざわめきながらも、難癖を付けてこない記者達を眺めながら、佐上は小さく笑みを浮かべた。
と、壇上の脇からまたも見知った姿が現れた。月野だ。こいつは走ってこなかったのか、息を切らしていない。
「なんや、お前も来たんか」
別に、嬉しくなんかないけどな。
「ええ、佐上さんがやって来て、白峰君も部屋を飛び出していきましたからね。代わりに、色々と報告して許可を得たんですよ」
月野が軽く、外務大臣に頭を下げた。外務大臣もうんうんと頷く。
それで、佐上も気付いた。考えてみれば、これだけ暴れたのに外務省からは誰も自分達を止めていない。そこら辺の根回しをしてくれたということなのか。
「あ、すみません。有り難うございます。月野さん」
白峰が月野に頭を下げた。
「いえ。ですが、視野を広く持つことも大切です。あと、どんなときもまずは報告を。そこは、今後の課題ですね。経験を積んで覚えて下さい」
白峰は頷いた。
「その。ご苦労さん。あの、ありがと」
知らないところで、こいつに助けられていたとか、何だか悔しい。
「まあ、我々も助かりましたしね。正直なところ、佐上さんの行動が突破口になりましたから」
月野は白峰からマイクを受け取った。
「外務省の月野渡です。佐上さんと一緒に、主にアサさんにこちらの世界のことを伝える仕事を任されています。前回の記者会見では、白峰ともども、プライバシーを守って貰う形で、表には出ませんでしたが。直接伝えないと伝わらないと判断し、やむを得ずこうして話をさせて貰おうと考えました」
「プライバシー」「やむを得ず」を強調した言い方。
うわぁ、嫌みな言い方や。うちらのプライバシーが侵害されたのはお前らのせいやぞと暗に訴えとる。うんうん、やっぱりこいつはこういう嫌な奴なんやと、佐上は頷く。こんな奴、好きになるはずがないと確認する。
「それと、この際はっきりと、佐上さんの名誉のために言っておきますが。私と佐上さんの間には一切何も有り得ません。私は佐上さんのことをそんな目で見たことは全くありません。そういった報道は、はなはだ迷惑なので、もう止めて頂きたいですね」
これまた、白峰と同様に月野もきっぱりはっきりと言い切った。
佐上はむくれた。そりゃ、その通りなのだが、こいつから「あり得ない」とか言われると何かムカつく。
「さて、私としても報道関係者の方々に聞きたいのですが。報道の責任について、報道各社はどのようにお考えでしょうか? ああ、何が言いたいかと言いますと。外務大臣が仰られたとおり、現在我々は異世界の方と報道の仕方の違いについて、認識を確認しルールを定めようとしているところです。やはり、報道によって情報が周知されるというのは、大事なことですから」
くいっと、月野は眼鏡を持ち上げる。
「しかし、ここ最近の報道の結果、どうやらやはり報道の在り方の相違が大きそうだという話になりました。正直なところ、調整はかなり後退しています。マスコミの皆さんにも、異世界に行って貰えるようにしたかったのですが、その実現は大きく遠ざかりました。進捗の詳細は、報告出来るほど纏まっていなかったのですがね」
「それが、私達のせいだとでも言いたいのかっ!」
「これは、公権力による脅迫だっ!」
「どう捉えようが構いませんが。先ほど佐上さんが言ったとおり、インタビューに答えてくれた向こうの警察官の方は、差し替えられる前の記事になることを約束されたからこそ、応じたのです。それが全く違う印象の記事になったというのは。これは、どのような意図があったにしろ、マスコミによる不誠実な報道だと受け止められることになりました」
アサも溜息を吐く。
「そうですね。残念ながら、王都もそのように判断をしたようです」
「私と佐上さんの関係についてもそうです。佐上さんは一般人ですよ? 普通に考えれば、こうやって表に出てくるのは非常に勇気が要る話です。相手が表に出てこないと分かった上で、それを根も葉もない噂で、よってたかって叩くような真似というのは、報道倫理的にどのようにお考えなのですか?」
腕組みをして、佐上は大きく頷いた。
「しかし、国家による事実の隠蔽は問題があると思いませんか?」
「まさか、国家が秘密を持ってはいけない。などと仰るつもりですか?」
月野の言葉に、記者は狼狽えた。
「え? それは、その。通りでは?」
「では、特定秘密保護法はどのようにお考えですか? 何か国民に不都合な影響が起きていますか? 他にも、国民が安全に生活をするために敢えて秘せられる情報というものはあります。そしてそれは、外交上にも勿論あります。あなたは、秘密も守れない相手と約束が出来ますか? そんな相手が、信頼出来ますか?」
「いや。そうじゃなく。それは、国民を信じていないという態度に他ならないのでは?」
「では、例えば日露戦争後に、日本はポーツマス条約を結びましたが、当時の国民はその内容を不服と思い、日比谷焼き討ち事件を起こしました。これは、ある意味で、日本がこれ以上戦争を続けることが出来なかった客観的な数字を公表していれば起きなかった事件かも知れません。しかし、公表してしまって、良いものだったと思いますか?」
少しだけ間を置いて、月野は続けた。
「そんなことはないと、私は思います。国民を信じるという話と、秘密を持つというのは別の問題です。当時の世界は弱肉強食。そんな数字を公表しようものなら、各国は嬉々として日本に圧力を掛け、下手したら数年後には日本という国そのものが消滅していたかも知れません。報道というのは、そういった影響もきちんと考えて、取材して得た情報を公開するものではないでしょうか」
こうして、月野によるマスコミ論破劇場が開幕した。
そんな月野の姿を見ても、佐上は「全然、ちょっとも格好いいなんて思わんけどな」と自分に強く言い聞かせるのだった。
やっと、次回でマスコミ編が終わります。終わるはずです。
もう、二度とこんなに長くなる章は書くものか。
いや、でもラストの章は長くなりそうなんだよなあ(汗)。