逆襲の記者会見(1)
今日の投稿第一弾
異世界関連事案総合対策室の片隅にて。
wikiに記事をアップロードしてから一夜明け、白峰はPCで海棠達と作成した記事の反響を見ていた。
実を言うと、これは別に仕事という訳ではない。任されている作業というものも無い。ただ、どうしても気になっていつまでも残ってしまったというだけだ。こういう働き方というのは、今のご時世から考えて、よろしくないとは思うのだが。
それに、眠ってしまった海棠を起こすのも放置するのも、気が引けた。白峰と同様の思いで、月野も残っている。一応、二人とも仮眠は取っているが。
記事の反応は、概ね上々と言っていいだろう。
テレビの深夜ニュースが終わってから、外務省が記事をwikiにアップロードする。それを異世界に興味を持つ一般ユーザー達がSNSで拡散。元々、外務省のwikiを見て情報を追うような人達なので、好意的な感想が添えられた形だ。
一方で、マスコミ各社は対応に追われた様子が見られた。まず、新聞社は夜中にはWeb版の記事に速報も出さなかった。それを見たネットユーザーがwikiにたどり着き、好印象を抱く可能性を気にしたと思われる。朝刊も、14版と呼ばれる1:00締め切りのものであれば、短い記事であれば載せられただろうに、それも無かった。
朝になってからは、流石にテレビやネット記事でも取り上げるようになった。「外務省による露骨な印象操作」といった具合で、これまで以上に反発が強い。やれ「大本営発表」だの「かつての戦争と同じ」だのと、面白いことに、どこも同じく横並びの表現を使って非難していた。
しかし、彼らのそんな反応は視聴者達にはヒステリックなものとして受け止められ、逆効果になっている。放送の感想を書いたコメントや、ネット記事のコメントを確認すると、外務省に好意的なものが増えていた。元々、マスコミの方をより重視している層はそのままだが、マスコミと外務省の間で揺れていた人達は大分取り込むことが出来たと言えそうだ。
白峰は時計を確認した。予定されていた記者会見まで、あと数分と言ったところか。周囲の慌ただしさを見るに、マスコミは結構集まっているらしい。
「もうすぐ、時間ですね」
「そうですね」
隣に座る月野が応えてくる。
「流石に、発表の都合が悪いから、生放送を止めるとかはしませんね」
「そりゃそうですよ。何日も前から、テレビやらなんやらでご丁寧に、大々的に生放送すると宣伝してくれたんです。それを今更急に引っ込めたら、視聴者に怪しまれますしね」
そして、そんなマスコミの動きも外務省の計画通りだ。予定は数日前に伝えている。マスコミにしてみれば、ホットな話題。そして外務省を吊し上げる絵を大々的に撮って伝えられる機会だ。まんまと餌に食い付いてくれた。
にやりと二人、ほくそ笑む。
多かれ少なかれ、この部屋にいる人間は同じような思いを抱いていることだろう。
「ところで、海棠さんはどうしましょうか? このまま、まだ寝かせておきます?」
「寝かせておきましょう」
彼女が眠り始めて既に12時間を超えている。よっぽど疲れていたのか、まだ起きる気配は無い。
「そうですね。ずっと、働き通しでしたからね」
白峰は外務省のwikiにある生放送ページへと異動した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
表情を変えること無く、アサは小さく溜息を吐いた。目の前にいる記者達は皆、殺気立っている。到底、ジャーナリズムで正確に情報を広めようという態度には思えない。揚げ足を取っていくことを目的にしている目だ。先日にインタビューを受けた、カイドウ=アヤカの目とは大分違う。
今日の記者会見も、日本の外務大臣と共に参加している。今後の報道に関する発表であり、相互に認識違いが無いということを証明するために。そういう理由だ。
「私達の活動について、国民に対してより詳しく、なおかつ分かりやすい形で説明し、理解を得られるように尽力致します」
「その一環として、ルテシア市の記者の方々に協力を仰ぎ、wikiに記事をアップロードしました」
「今後もこのような記事を出していく予定です」
「また、この形で互いのマスコミの相違を確認します」
「お互いの取材のやり方や記事の書き方の理解が深まったと判断出来たところで、マスコミの方達にも行って頂きたいと思います」
「マスコミ間の交流の一環として、異世界からは、各国で許可を得た国際ジャーナリストがこちらに来る予定です」
「日本もこちらの世界各国と、同様の動きが取れるように調整中です。前向きな回答を各国から得られています」
発表の内容は、大体にしてこんなところだ。
「それでは、ご質問がある方、よろしくお願いします」
司会進行役の声が発せられるなり、次々と手が挙がった。そのうちの一人が指される。
「まずこの件ですが、大臣もご存じと思われますが、日本では報道は公平性が求められます。その一方で外務省がこのような形で記事を公開するというのは、関係者の都合により偏った内容になる危険性。公平性の担保が出来ない可能性が大きくあると思われますが、その点はどのように思われますか?」
「各省庁や政府も、HPやSNSを通じて各の声明を発表しています。これらの記事もその一つに過ぎません。我々の活動を正しく発信することこそ、公平に国民に情報を伝える正しい道であると考えています」
「次の方」
「何故、今になってこのように、wikiに記事を投稿するような始めたのでしょうか?」
「我々も、これまでは国民の知りたいことを拾い上げて、それを十二分に分かりやすく伝えるということが出来ていたかというと、そうは言いません。また、すべての要求に応えることは出来ません。ですが、出来るだけ応えたい。そういった反省から改善を目指し、このような取り組みを行いました」
「はい」
「どうぞ」
「これら外務省発表の記事についてですが、事実関係の確認はどのようにして行われるというのでしょうか?」
「既に説明したとおりです。互いにマスメディアの記事や政府機関の公式発表をチェックします。事実との相違があれば、当事者が異議申し立てを行うことが可能です」
「そ、それを揉み消すような真似が無いとは言い切れないのではないですか?」
その問いには、アサが答えた。
「可能だとは思いますが。そんな真似を日本がするとは、私は考えていません。そして、万が一そのような事があれば、報告するだけの話です。それは、日本も立場は同じだと思いますが。私は、日本を信頼していますし、裏切るような真似はしません。日本もまた信頼に応えてくれると考えています」
「有り難うございます。アサ=キィリンさん。その信頼に、今後とも応え友好を深めていきたいと思います」
軽く頭を下げる外務大臣に、アサは軽く微笑んだ。
次の記者が手を挙げる。
「世間では、これらwikiの記事について印象操作ではないかという声もありますが、その点についてはどう思われますか?」
「何を以て印象操作と捉えているのでしょうか? 申し訳ありませんが、不確かな質問には回答出来ません」
「それでは、アサさんに質問です。アサさんは、権力の監視については、どのようにお考えでしょうか?」
アサは首を傾げた。
「権力者が何を指すのかは状況によりますが。各自が得た情報から判断すべきものだと考えています」
「では、権力者が情報を意図的に隠蔽することをどのようにお考えでしょうか?」
「そのときの状況によるものだと考えます」
「つまり、権力者が情報を意図的に隠蔽することは、必ずしも悪ではない。そうお考えなのですね?」
何故、同じような質問を繰り返す? と、アサは眉根を寄せた。
だが、直ぐに理解する。
この記者が行っているのは、単純な悪と善の二元論への誘導だ。人の思考の偏りとして、二元論には陥りやすい。そして、本来あるべき、それ以外の可能性から目を逸らさせる。印象操作の一つだ。
「はい。そのような、どちらか善と悪の一方に偏るものだとは考えていません」
「つまり、場合によっては、情報の隠蔽や改竄をアサさんも行うことが有り得る。そういうことですね」
よくもまあ、ぬけぬけと言えるものだと思った。いや、この記者が日本のマスコミすべてを代表している訳ではないと理解はしているつもりだが。
「それについては、私が信頼を積み上げることで応える問題だと考えています」
「その。はいか、いいえでお答え頂きたいのですが」
「その要求には応えられません。何故なら、そのように単純に答えることは出来ない問題だからです」
「では、wikiにある記事が真実であるという証明は何を以て為されるのでしょうか? アサさんも記事の作成には関わったのですよね?」
「私が嘘吐きだと。いえ、私達が嘘吐きだと。そう言いたいのですか?」
自分だけならまだいい。しかし、白峰や佐上、月野を初め記事に出た人物達全員が嘘であると。これまで辿ってきた道筋が虚構であると。そんな主張も同然の疑いに、アサは目を細めた。冷えた声が出る。
途端、フラッシュが浴びせられる。
それで、我に返った。
これもまた、彼らの狙いか。人を怒らせて、その瞬間を誇張し理不尽で不誠実な圧制者のイメージを作り上げる。それに連動する形で記事の信頼性も貶めることになる。
自分の迂闊さに腹が立つ。
しかし、今はこの場での信頼回復の方が先決だ。
「あの記事の内容は、誓ってすべて真実です。こちらの世界の人の考え方には詳しくありませんが、私達の世界には『見たいものしか見えない人に語る言葉は無い』という言葉があります」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「結論ありきで物事を考えている人には、例えどのような証拠を突き付けても、話を曲解するので話が通じません。故に、そこに時間を掛けるのは無駄だという意味です」
記者会見会場がざわめいた。
「つまり、証明する気は無い。そういう意味でしょうか?」
「例えば昨日、私は夕食に豚肉を香草と一緒に焼いたものを食べました。誓って真実です。しかし、証拠を提示することは難しい。その上で、仮に証拠を用意出来たとします。それでも、信じる気が無い人は信じません。私が嘘吐きであるという前提で考えている人は、その証拠もでっち上げだと考えますから」
僅かに、沈黙が生まれた。
「流石に、昨晩の夕食とこれまでの交流は、次元が違う話ではありませんか? そんな、論点逸らしは――」
記者の声は震えていた。
「人を信じるか信じないか。という点では同じ次元です。論点はそこです。ズレていません」
「いえ、そうではなく。夕食は嘘でも本当でも、何も問題がありません。しかし、あのような記事の内容が、仮に嘘の場合は国民が正しく権力を監視出来ません。問題が大きな話になります。その上で、記事が真実である保証は、誰がするというのかという話です」
「記事に関わった人全員がします」
平然と答える。アサとしては至極当たり前のことを言ったつもりなのだが、記者達はそれぞれ、両隣の人間の顔を見合わせた。
逆に、記者以外は納得の表情を浮かべていたが。
「私、そして記者。それから記事を見た人が、それぞれ信用に足るかを考えて、意見を交換する。その結果として記事には真実かそうでないかの判断が下されます。こちらの世界では、違うのでしょうか?」
だからこそ、自分には信頼に足る人間としての立ち居振る舞いが求められるのだ。
外務大臣が咳払いをする。
「君も、そろそろそのへんにしてください。疑うなとは言わないが、それにも根拠があってしかるべきだ。何の根拠も無く疑うというのは、大変無礼です」
「なっ!? あくまでも、あの記事を権力で以てゴリ押ししようというのですか。そんな印象操作が、かつての大戦を泥沼にして長引かせたのですよ。歴史をご存じないのですかっ! 我々は、国民の代表として権力による弾圧には断固として抵抗しますっ!」
フラッシュとタイピングの音が激しく鳴り響いた。
アサは拳が震えた。分かっていたことだった。やはり、話が通じない。目の前の記者達は自分達を正義の味方だと思い込んでいる。
分かる人間には分かると信じてはいる。その人達に向けて、堂々と胸を張るが。目の前の人達を見て、情けない思いが胸を満たす
この状況では、下手に話せばむしろ悪化する。しかし、何も言わない訳にはいかない。アサは、暗澹たる思いで次の言葉を考える。
「おどれらあああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!! 大概にせぇや、このクソボケえええええええぇぇぇぇっ!!」
不意に、記者会見会場に、ドデカい声が響いた。
驚いて声の方を見ると、そこには久しぶりに見たけれど、忘れようにも忘れられない姿の女性が立っていた。