海棠文香のケジメ
本日の投稿1つ目。
一つに纏めるにはキリが悪いし。かといって進行スピードから考えて、日を空けて投稿はしたくなかった。
お昼を過ぎた頃、海棠文香は月野渡に付き添われる形で、秋葉原のゲート前までやってきた。
十字路の真ん中に、ゲートがあり、その向こうには異世界の光景が広がっていた。動画で散々見たものそのままだった。
「こちらになります。あちらの金券ショップにいる入国管理局の職員の方に、パスポートを見せてボディチェックを受けて下さい」
「お店をお借りしているんですね」
「ええ、一日中外で立ったままというのも、大変ですから。営業出来ないので、こうして協力を頂いています」
「その一方で、警察機動隊の方々は炎天下の中でずっと立っていたんですよね。そういうお仕事とはいえ、大変だったみたいですよ。桜野さんが言っていましたけど」
「そうですね。まったく、頭が下がります」
桜野と月野へのインタビューは午前から昼にかけて済ませた。場合によっては、佐上もそうだがまた協力をお願いすることになるとは思うが。
そして、これからは異世界に行って、向こうにいる人達へのインタビューをすることになる。
海棠は大きく深呼吸した。
「緊張していますか?」
「はい、少しだけ。けれども、それ以上に楽しみだったので」
おかげで、昨晩は直ぐには寝付けなかったくらいだ。それでも、一時間もしたら疲労の方が勝って寝たのだが。
「そうですか。では私は、海棠さんがゲートを抜けるのを見届けて帰ります。既にお伝えしましたが、ゲートを抜けて直ぐの場所で白峰君が待っているはずなので、彼と合流して下さい。困ったことがあれば、彼に訊いて貰えれば、何とかなるでしょう」
「分かりました。それでは、行ってきます。付き添い、有り難うございました」
「いえ。それでは」
折り目正しく月野が頭を下げてくる。それに対し、ほんの少し遅れる形で、海棠もぺこりと頭を下げた。
踵を返して金券ショップへと駆け出していく。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゲートを抜ける。
何か、抵抗とかあるのだろうかと思ったが、そんなものは全く感じなかった。
想像していたよりはあまりにも呆気なく、異世界に立っていた。
しかし、紛れもなく違う世界だ。青い空と白い雲に変わりは無いが、並ぶ建物は秋葉原と全く違う。
「本当に、異世界に来ちゃったんだ」。そんな思いだけが頭に浮かんで、呆然とその場に立ち尽くす。
「すみません。海棠さんですか? こちらです」
「え? あ、はいっ!」
海棠から見て左。少し離れたところで、若い男が手を振っていた。彼の隣には、メイド服とスーツを足して割ったような服を着た若い女が立っている。彼らの後ろには馬車が停められている。
海棠は彼らの元へと駆け寄った。
「すみません。お待たせしました。初めまして、海棠文香といいます。よろしくお願いします」
「白峰です。よろしくお願いします」
『私 の 名前は ミィレ=クレナ です。アサ=キィリン 側 手伝う 人 です。迎え 来ました』
ミィレの手にある翻訳機から、日本語が流れてくる。
それを見て、海棠も慌ててショルダーバッグから翻訳機を取り出した。スリープを解除する。
「海棠文香です。繰り返しになりますが、初めまして。お出迎え。有り難うございます」
海棠の手にある翻訳機からも、電子音声が流れた。
顔を上げると、うんうんとミィレが頷く。よかった、どうやら伝わったようだ。この翻訳機は凄い。柴村技研も、佐上さんも凄い。
よかったあ。と、海棠は安堵の息を吐いた。年が近いというのもあるが、白峰もミィレも優しそうな人達だ。月野から、彼らの人となりは聞いてはいたが。
「月野さんから、既に話は聞いているかと思いますが、これからこの馬車でアサ=キィリンさんの自宅へ行きます。そちらに、このルテシア市で活躍される記者の方々と打ち合わせをして。それからインタビューをする人達も来られるので、そのときにインタビューをお願いします」
「はい。記事の内容についても、こちらの記者の方々のアドバイスを頂きながら、作っていくのですよね」
「はい。そうなります。ほとんど昨日決まったような状態で、スケジュールがかなり厳しいですが。よろしくお願いします。手伝えることがあれば、遠慮無く言って下さい。自分達も、出来る限りの手は尽くします」
「いえ、こちらこそ。元はといえば私にも責任はあると思っています。元々、異世界には来たかったというのもあるのですが。こんな機会を頂けて、嬉しく思います。必ずや、期待に応えられるよう全力を尽くします」
体が震える。
ここまで、仕事に対して燃えるような思いを感じたのは初めてだ。
海棠は、周囲を見渡した。
「どうかしましたか?」
「あの。それで、すみません。ちょっと、ご存じだったら教えて欲しいのですが」
「何でしょうか?」
「イル=オゥリさんのこと、何かご存じないですか? 月野さんからは、既にイルさんが白峰さん達に私のことを話していたって聞きました」
白峰は微かに目を細めた。眉根を寄せる。
「聞いて、どうするんですか? あなたのことをバラしたことを糾弾するつもりなら、それは控えて欲しいのですが」
とんでもない。と、海棠は首を横に振った。
確かに、バラしたと言えばその通りだ。しかし、よくよく考えてみれば、正直に白状することの方が正しい。その正しさを貫いた彼を責めるのは筋違いだ。
「そうじゃありません。もしこの場にいたのなら、一言謝りたかったんです。結果的に、あの人にも迷惑を掛けてしまったと思うので」
しかし、彼の姿は見付からない。海棠は小さく嘆息し、肩を落とした。
白峰とミィレの表情も曇る。
「その件なのですが。実を言うとちょっと、残念なことになりました」
白峰の言葉に、海棠の胸がギクリと痛んだ。
「あの? どういうことでしょうか? ひょっとして。いえ、やっぱり責任を取らされたということですか?」
「そうですね。ご本人も、強く責任を感じていたようです。あと、海棠さんのことを気にしていたようですね」
『毎日 強い 非難 新聞 知って。自分の 責任 強く 感じて。そして――』
ミィレも悲しい瞳を浮かべた。
「正直、海棠さんに教えていいものか自分達も迷っています。まさか、こんな事になるとは思わなかったので」
伏し目がちに、白峰も視線を逸らした。
そんな彼らの態度に、海棠の脳裏に嫌なイメージが湧き上がる。
最初は休みか配置換えくらいだと思った。しかし、彼らの雰囲気はそうは言っていない。
辞職。クビ。それならまだいい。あるいは、こちらの法律は分からないが、犯罪者として投獄? いや、最悪は――。
もう、二度と会えない? いやまさか? しかし、答えを聞くのが恐い。
重苦しい沈黙の中。海棠は後悔した。
と、不意に馬車の陰から何ものかが飛び出してくる。
「うわあああああああああああああああああぁぁぁっ!!」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!?」
海棠は飛び上がって悲鳴を上げた。
尻餅をついて見上げる。
そこには、見知った人影が立っていた。
「――凄く心配したから、こうして脅かしてやらないと気が済まないと言ってきました。残念なことに」
彼の横を見ると、白峰とミィレが笑みを浮かべていた。してやったり、みたいな視線をお互いに送っている。なんか、この人達、仲良すぎない?
海棠は目の前に立つ男へと、憮然とした表情を浮かべ、睨んだ。
「イルさんの馬鹿あああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」
無事で何よりだとは、思うけれど。
秋葉原にある大通りの金券ショップ。
来たことがある人なら、あああそこかと直ぐに分かるはず。