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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【マスコミ炎上編】
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月野渡のハードなミッション

そういえば、月野視点で文章書くのって、相当久しぶりですね。

というか、二回目か。

 月野は深く溜息を吐いた。これで、何度目の溜息かは覚えていない。

 いきなり「ある女を口説いて欲しい」などと言われ。しかも、相手は二十代前半の若い女ときた。上司は「役得だなあ、おい」などと笑っていたが。


 結論を言えば、色恋沙汰の話ではなかった。そりゃそうだ。仮にも仕事でそんな話が有ってたまるかと。諜報員じゃあるまいし。桝野による質の悪い冗談である。まあ、冷静に考えれば直ぐに分かる話ではあったのだが。

 しかし、要求された仕事の内容は「対象の女を外務省の味方に引き込め」である。正直、これでも十分無茶ぶりが過ぎる。


 このミッションを成功させるには「警戒心を抱かせること無く標的と接触し」「寝返りの約束を取り付け」「情報が漏れない体制を用意する」必要がある。

 だが、まず人選。この時点でミスだ。月野にはそうとしか思えない。接触は日も暮れて、彼女が退勤してからになる。若い女性が、見ず知らずの、しかも自分のような三十を幾つも過ぎた男に突然近付かれて、無警戒などということがあるかと。第一印象を損なう可能性大である。


 なので、女性職員にお願いしたい。もしくは、女性職員を同行させてくれと伝えたのだが。今のこの状況で、手の空いた職員そのものがいない。また、事情に一番詳しく交渉の経験があるのも自分だ。ということで、反論は却下された。

 なお、同様の理由で、白峰に頼むのも無理である。若く人当たりの良い彼の存在は、彼女の警戒心を解くのに役立つと進言したのだが。一応、今後の経験ということで、報告会が終わったら交渉に合流させるという話にはなったのだが。


 そして、次の問題だ。交渉そのものの難易度が高い。要求することはつまり「直ぐに今の会社を辞めて」「こちらの指示に沿って異世界の記事を書いて下さい」である。普通に考えて、人間そんな決断を早々に下せられるかと。

 彼女がイシュテン語の勉強をしていたそうだから、異世界にも強い興味を持っているだろう事だとか。色々と、会社で弱い立場に追いやられているらしいことだとか。桝野が言うとおり、この点では勝算はまだありそうだが。


 だとしても、彼女への説得が成功したとして。そこからのリスクもある。彼女がこちらに付いたというのがフェイクで、またマスコミに話が広まったときのリスクは計り知れない。無論、そのリスクを抑えるために、出す情報の加減も気を配るつもりではある。また、桝野とも念入りに相談した。確実に、会社との縁を切らせるため、退職代行の利用も見届ける方針である。

 だが結局のところ、この交渉に失敗は許されない話だ。


「胃が痛いですね」

 この交渉は、先日に行った宮内庁との交渉よりも遙かに手強いものになりそうだ。

 だいたい、突然言われても困る訳で。もっと、計画を練ってからとも思うが。今後の外務大臣のスケジュールやらなんやらで、そんな時間は取れないときた。完全に上に振り回されている。使われる側の悲哀を感じる。


「しかし、雑誌記者というのも大変ですね」

 いや、興信所や刑事などもか。仕事の大変さでは、外交官も負けてはいないと思うが。こうして夜遅くまで働いたり、長く張り込んだりというのは疲労が溜まる。時刻は、だいたい20時を回ったところか。


「すいません。ちょっと、よろしいでしょうか?」

「え? あ、はい」

 不意に背後から肩を叩かれ、月野は振り向いた。

「あなた、ずっとここにいるようですが。何をされているんですか? ちょっと、お話、聞かせて貰ってよろしいでしょうか?」

 月野の前に、二人の警察官が立っていた。よりによって、こんなときに職質か。と、月野は背中に冷たい汗が流れるのを自覚した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 体が、鉛のように重い。

 頭が回らない。

 泣き出したいのか、怒りをぶつけたいのか。とにかく、この感情をどこに持っていけばいいのか分からない。

 そして、こうして感情を抑え込むことで、それがズキズキと全身を苛むような錯覚を覚える。


 いや、錯覚でもないのかも知れない。まだ病院には行っていないし、そこまでだとは思わないが。何故なら体が動くから。だが、鬱病のようなものになるとしたら、こういう状態が続いた先の結果なのかもしれない。

 海棠文香は会社を出た。時刻は既に23時を回っている。終電までは、まだ時間はある。両親には、今日も遅くなることは既に伝えている。


 重い足取りで、駅へと向かう。

 今、マスコミでは外務省やアサ=キィリンに対する批判が強まっている。かく言う自分も、そんな類いの記事を書かされている。自分の感情とは裏腹にだ。

 だから、正直言って記事を作るのは遅々として進まないし、出来も悪い。ミスも起こしてばかりだ。差し戻しで何度も書き直して、結果こんな時間まで働いて。

 違う。こんなのは違う。自分がしたかった仕事は、こんな仕事じゃない。そんなつもりじゃなかった。


 イルから聞いた話は、もっと人情味が有る話だった。そして、あのときは自分もそんな記事を書いた。それを出した。上司も大喜びで、両親も喜んでくれて。自分の記事が、こっちの世界と異世界との交流に少しでも役に立って。互いに身近に感じられるようになるって期待していたのに。

 なのに、実際に表に出た記事は、完全に書き換えられ。自分が書いた記事は握りつぶされていた。上司に訴えても、取り合ってくれなかった。何があったのかも、説明は無かった。タイミングや自分が知らない情報も出回っていることから、恐らく更に上が他のマスコミ社と結託して、外務省に反旗を翻したということなのだろうけれど。


 「これが、結局はマスコミのため。ひいては一般市民のためなんだよ。君も、大人になりなさい」と言ってきた上司の笑顔が忘れられない。宥めるように優しく。けれど、どこまでも醜悪に思えた。

 こんなものは。ジャーナリズムじゃない。少なくとも、自分が目指してきたジャーナリズムとは違う。どこが? と聞かれても上手く説明は出来ない。けれど、違うと感じる。


 昔、父親が言っていたことがある。誰かを幸せに出来ないのなら、それは仕事じゃないと。真っ当な仕事と泥棒の違いはそこだと。

 自分は情報を上に伝えただけだ。記事を世に広めた訳じゃない。けれど、結果としてはイルの期待を裏切ったことになる。こんな、人の気持ちを踏みにじるような真似が、仕事であるものか。そんなものが、ジャーナリズムであるものか。自分は、人々を幸せにする記事を書きたくて、記者を目指したんだ。


 外務省の担当者や、アサ=キィリンへの批判を聞く度に、胸が痛む。この人達も、自分のせいで今大変な目に遭っているんだと。ごめんなさいと、何度心の中で謝ったか分からない。

 でも、謝ることは出来ない。それくらい、自分がしでかしたことは大きい。もし、これで国家権力に睨まれたら、ただで済むとは思えない。

 だがこうして、何事も無く毎日が続いているということは、イルはひょっとしたら自分のことを黙ってるということなのかも知れないが。それもそうか、話して彼もただで済むとは思えない。


「失礼。海棠文香さんですか?」

「えっ!?」

 会社から少し離れた角に差し掛かったところで、不意に声を掛けられた。

 顔を上げると、目の前に、眼鏡を掛けたスーツ姿の男が立っている。考え事をしながら歩いていたせいで、全く気付かなかった。


「あなた、誰ですか?」

「ふむ」

 本などで見る冷血な知能犯よろしく、男は眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げた。そのレンズの奥にある目付きは細くて鋭く、感情の色が見えない。真っ当な職の男には、見えなかった。

 海棠は血が凍ったような感覚を覚える。


「どうも、外務省です。名前は、訳あって今少し伏せさせて貰いますが」

 外務省? 外務省が、一体何の要件で? いや、決まっている。「ただで帰さない」ためだ。自分の存在は、とっくにバレていた。最悪、東京湾に沈められて、そのまま行方不明者扱いにされかねないっ!?


「け、警察を――」

 警察を呼ぶ。そう言いたいが、声が震える。

「警察ですか。呼んでも構いませんが、少し手間が増えるだけですよ。既に彼らと話は付いていますからね」

 平静な口調で、男は告げてきた。


 駄目だ。国家権力に味方はいない。逃げられない。

「あの。せめて、命だけは――」

 そう懇願すると。何故か男は、物凄く疲れたように肩を落とした。

【ボツネタ】


月野「ドーモ。海棠さん。外務省です」

 月野は先手を打ちオジギした。アイサツをしないのはシツレイ。アイサツ中の攻撃もスゴイ・シツレイにあたります。

海棠「イ、イヤアアアアァァァァァッ!!」

 だが、海棠の反射的なアンブッシュが月野を襲う。スゴイ・シツレイ。

月野「グワーーーーッ!?」


うん、ニンジャスレイヤーネタは無理だった。

ちなみに、今後も月野はこういう扱いですが、別に彼のことは嫌いではありません。

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