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記者会見を終えて

すみません。次回以降のエピソードについて、ちょっと調整を慎重にしたいところがあり、日曜投稿になりました。

 アサ家の邸宅。その一室にて。

 白峰とアサは新聞を切り抜き、スクラップを作っていた。大きなテーブルの上に、これでもかと新聞や雑誌が広げられている。

 集めている内容は主に、日本で報道されたスキャンダルについて。その報道と日本国民の反応だ。


 本来なら、こういう資料作りに他国の外交機関が関与すべきではないのかも知れない。しかし、漢字の壁はまだ厚い。アサ一人では辛いものがある。そのため、白峰も協力する形となった。

 同様に、白峰らが異世界での報道をまとめる際にも、アサに協力して貰っている。


 部屋にノックの音が響いた。

「どうぞ。入っていいわよ」

 アサの声に応じて、扉が開く。ミィレがそこにいた。

「失礼します。お茶を用意しました」

「あら、ありがとう。もう、そんなに時間が経ったの?」

「そうですね。お昼にはまだ早いですが、もう始められて一時間は経ったかと」

 どうやら、思った以上に集中してしまっていたようだ。


「でも、困りました。まさか、こんなにも大きくテーブルの上が新聞だらけだなんて思わなかったので。お茶、どこに置けばいいでしょう。もしも、こぼしてしまっても大変ですし」

「ちょっと待ってて。今テーブルの隅を片付けるから。そこに――を置いて。カップをそこに入れたままにしておけば、倒れても大丈夫だし。立ったまま頂くわ。お行儀は悪いけど。ティケア達には内緒よ? 白峰も、それでいいかしら?」

「自分も、構いません。ミィレさん、ありがとう」

「いえ、こちらこそ恐縮です」


 アサが席を立ってミィレへと向かうのに続いて、白峰もミィレへと近付く。

 アサがテーブル隅に置かれた新聞を畳んで重ね。空いたところにミィレが茶器の入った、底の浅い岡持ちのようなものを置いた。さっき聞き取れなかった単語は、どうやら岡持ちのことらしい。そのまま、ミィレがカップにお茶を注いだ。

 岡持ちからカップを手に取り、白峰はふぅふぅと息を吐いた。まだ少し、熱そうだ。


「お仕事は、順調でしょうか?」

 ミィレの問い掛けに、アサは困ったように笑みを浮かべた。

 ミィレは白峰にも視線を向けたが、彼もまたアサと同じような表情を浮かべることしか出来なかった。

「白峰のおかげで、作業そのものは滞りないわ。忘れずに注釈も書いているし」

 しかし、ミィレの表情は曇った。


「では、まだ報道そのもの状況は変わっていない。そういうことなのでしょうか?」

「まあ、そういうことね」

 アサは肩を竦めた。

「でも、あれからもう十日も経っているんですよ?」

「そうね。王都では、この様子を知ったらどう考えることやら」

 ちらりと、しかし意味深にアサがこちらを見てくる。


「ありのままの報告で結構です。不正確な情報を送られると、それこそ後々こじれることになるでしょうから」

 いずれは、このスクラップブックも王都へと送られることになるのだろう。そこの可能性まで、マスコミは果たして考えているのか少し気になった。

「ミィレさん。隠しても仕方ないので伝えますが。報道については、むしろ加熱しています。外務省からも情報発信をして、元々冷静に事態を見ていた人達には届いています。しかし、それ故にそんな声を押し潰そうとマスコミが躍起になっている。そんな状況です」


「お嬢様のことを悪く言う人達も、いるんですよね? お嬢様から、聞きました。あと、こちらの新聞でも」

 少しだけ押し黙った後、白峰は答えた。

「そうですね。日本のマスコミはアサさんから、こちらの世界のマスコミの在り方を説明されたことで、自分達が劣っていると批判されたと判断したようです。その上でアサさんが『遺憾』という、あまり日常的には使わない言葉を使ったことで、日本の外務省の傀儡になっている証左だとか。経験の不足だとか。兎に角、難癖を付けています」


 正直、ミィレがテーブルの上に広げた新聞や雑誌をまだ読めなくてよかったと思う。あくまでも報道の一部だけをミィレに伝えたが、今すべてを知って彼女が平静を保てるかというと心配になる。

「面白いことに、その証拠だとか根拠は全くといって無いのよね。全部憶測。しかも論理的な飛躍も甚だしいし。歴史で学んだとおりの反応よ」


「白峰さんが纏めた、こちらの報道も公開しているのにですか? 公開、したんですよね?」

「はい。既に公開しています。しかしそれも、彼らに言わせれば何の証拠にもならないそうです。こちらのマスコミを都合よく利用したか、都合のいい報道のみをピックアップしているだけに違いないって。前提ありきですからね。何を出そうが、彼らの態度は変わりません」


 それどころか、彼らにとって都合が悪い情報だからこそ、「都合よくほとんど取り上げない」という態度を露骨に見せている。

 アサの処遇についても、「あくまでも彼女の所感である」という事を伝えた上で、現場判断で動いていいという回答が王都から返ってきている。だが、それも公表はしているが、世間に広まっているという感触は無い。


「そんな。じゃあ、どうするんですか?」

 そういうときは、まず目の前の仕事を片付けることです。月野からは、そう言われている。なので、今はこういった作業に注力しているのだが。

 だが、その答えでミィレが安心してくれるとは思えない。そして、白峰も納得は仕切れなかった。だから、もう少し教えられたことを伝えることにする。一応、ここまでは聞かれれば答えてもいいと言われている。


「ええ、なので詳細はまだ自分も聞いていないので分かりませんが。ひょっとしたら、こちらのマスコミの方達に協力をお願いすることになるかも知れません」

「ふ~ん? よく分からないけれど、何か動いているっていうことかしら?」

「そうかも知れませんね。今の自分には、窺い知れない話ですが」


 ただ、少し気になることがある。

 昨日のことだ。桝野から「異世界の人間と接触した記者。彼女のことを君は本当に信じることが出来るか?」と訊かれた。そのときは「出来ます」と即答したが。あれが、何か関係あるのだろうか?


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 桝野に呼び出され、月野は執務室へと訪れた。

「失礼します」

「おう、来たかい。ご苦労さん」

 気安い口調で言ってくる桝野の前に、月野は近付いた。


「どのようなご用件でしょうか?」

「ああ、その前に現状について情報の共有と確認をしておきたい」

「はい、分かりました。ちなみに、どちらから? 私から、現状の認識を話せばよろしいでしょうか?」

「まあ、そうだな。そうしようか。ちなみに月野君は、例のスキャンダルについて、世論がどうなっていると見ている?」


 一呼吸分、月野は考えた。だが、特に他人と変わったところは、改めて考えても無いように思う。

「そうですね。大きく分けて、意見は三つに分かれているといったところでしょうか。マスコミを支持し、彼らを早急に異世界に送れという人達。マスコミの報道の仕方に疑念を覚え、彼らに反発する人達。そして、どちらの意見も一理あると、静観している人達。それぞれが大凡均等に分かれているといった感じですね。マスコミの世論調査では、どうも静観している層も彼らの派閥に加算して発表されているようですが」

 しかも、まるで世論がマスコミ側に傾きつつあるかのように、後出しの結果が少しずつ彼らに有利なものになっている。


「その一方で、マスコミに反発する人達もまた、活動が活発化しているようですね。主にネット上でですが、マスコミのダブルスタンダードだとか根拠の有無だとか、論理展開の矛盾だとかを説明したまとめ記事が次々と出ているようです」

「まあ、そんなところだな。幸いなことに、海外の外交機関は我々の説明に理解を示してくれたようだが。あと、彼らもマスコミの動きに関与はしていないようだ」

「これまでは、その可能性や出方を探っていた。という訳でしょうか?」

「まあな」

 桝野は首肯した。


「ただ、マスコミの報道は過激化していますが。その一方で新しいネタも尽き始めたのか、これ以上の効果は出ていないようです。正直、放置しておけばいずれ沈静化していくのではないかと思います」

「まあ、そうだな。だがそれはいつになると思う?」

 月野は一瞬、口籠もった。

「過去の与党に対するスキャンダル事件などを参考にしても、大体数ヶ月くらいかと」

 桝野は嘆息した。


「そんなところだろうな。そして、後々に事あるごとに掘り返してくるわけだ。確かに、無視を決め込むのは、選択肢としてはありだ。だが、こうして厄介事をいつまでも長引かせるというのは、面白くない。佐上さんの処遇の問題もあるしな」

「確かに、仰るとおりです」

 桝野は頭を掻いた。


「でだ。君の認識は確認出来た。その認識は間違っていない。その上で、こっちから情報の共有だ。今、国会で監督不行届だの何だのと、外務大臣が野党から集中攻撃を受けていることも、知っているよな?」

「存じ上げています。与党も徹底抗戦の構えで、総理もかばい続ける方針のようですが」

「そうだな。ここで野党の要求に従って、外務大臣を変えたところで、今度はやれ任命責任だ、総理の首だ解散総選挙だと次々と要求が跳ね上がっていくのは目に見えている」


「ということは、外務大臣からもこの件の収拾について言われていると? そういうことでしょうか?」

「そういうことだ。我々としても、この時期に上が変わるのは色々と面倒くさい。なので、その要求には応える方針だ。そこで、君に頼みたい話がある」


「それは、異動に関するような話でしょうか?」

「あ?」

 桝野は目を丸くした。どうやら違ったらしい。

「何でそうなる?」

「いえ、今回の一件で担当を外されることも考えていたので、つい。何ら疚しい関係はありませんが、疑惑を生んだのは確かですから」


「馬鹿か君は? アサ=キィリンも言っていただろう? 君達のことを信頼に足る人物だと。そんな奴をこの場で担当から外す訳ないだろうが?」

「申し訳ありません。少々、冷静さを欠いていたようです」

 月野は頭を下げた。


「まあ、連日の報道だしなあ。君も、精神的に堪えているのかも知れねえけど。でも、さっきも言っただろう。外務大臣が辞めても、次から次へと要求が跳ね上がる。それと同じ理屈で、例え君が辞めても、それこそが疑惑の証明だと言わんばかりに、風当たりが強くなるんだよ。分かるだろ?」

「はい。失礼致しました。では、話というのは?」


「ああ。ちょっと会って、口説いて貰いたい女がいる」

 月野は絶句した。

「いや君。そんな情けない顔しなくてもいいだろう。大丈夫だ。勝算はある。女を口説くには、弱ったところを攻めるのが基本だがな? 調べによると、その女は今、相当に弱ってんだよ」

 苦笑を浮かべる桝野が、月野には無理難題を押し付ける悪魔にしか思えなかった。

次回、月野の人生最大の難ミッションが決行される。……かも知れない?

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