報告:異世界関連事案総合対策室
異世界から帰ってきた白峰。だが、待っていたのは会議という名の牢獄だった(意味不明)。ドナドナ~♪
異世界からゲートを通り、秋葉原へと戻ってきた早々に、白峰は異世界関連事案総合対策室へと連行された。
報告書をまとめ上げて終わりかと期待したが、流石にそうはいかなかったようだ。日もすっかりと落ちているのだが。無論、定時はとっくに過ぎている。
まあ、状況は分かっているつもりなので、そんな甘えた事を言うつもりも無いのだが。それに、それを言うなら異世界関連事案総合対策室メンバーの方がよっぽど働いている。
広い会議室。白峰の目の前には、各省庁と政治家の重鎮が並んでいた。職業柄、身分や役職で気圧されることは無いように意識しているし覚悟もしているが、流石に多少の緊張は覚える。
ここにいる顔見知りと言えば、隣に立つ総合外交政策局の局長である桝野くらいだ。それに、桝野も雲の上の存在であり、実際のところは直に会ったのは先日の一回きりである。写真の上で見た程度でなら、他にも外務省所属の偉い立場の人間がいると分かるのだが。
いつまでも無言で突っ立っていても仕方ないと、白峰は口を開くことにした。
「初めまして。外務省所属の白峰晃太と申します。本日、異世界に赴き彼の地の人間との交流を行いました。また、その報告を直に聞きたいと承り、こちらに参りました。よろしくお願いします」
うむ、と重々しく目の前の面々が頷く。
ここに呼ばれたのは、彼らもまた少しでも多く情報が欲しいからだ。整理という形でそぎ落とされた情報よりも、どんな小さなものでも確認しておきたい。各部署や専門による立場から情報を確認することで、気になる点の漏れを減らしたい。そう桝野からは説明されている。
「自分自身、まだ整理出来ていないので、見たもの感じたものをそのまま時系列で説明します。まず、異世界の街並みですが『近代的』な建物が並んでいました。『現代的』でも『未来的』でもありません」
「それは何を以て判断したのかね?」
「はい。道路は舗装されていましたが、それは煉瓦によるものでした。建物も、見立て通りならばコンクリートや石材が主です。雰囲気としては、地中海沿岸地域の古都の街並みを思わせるものでした。あと、会談相手への移動ですが、馬車によるものでした。あちらの警備隊には大型犬も見かけました。生物学的にははっきりとは言えませんが、馬や人間もそうですし、かなり近しい姿の生き物がいる世界ではないかと」
ここまでの説明で、安堵する者と首を傾げる者が半々といったところか。
首を傾げた男の一人が手を挙げた。
「それはつまり、向こうにもこの異世界と繋がる現象の原因は存在しない。偶発的な事件であるということかね?」
「いえ、そうではない可能性が高いです。あちらのゲートの直下には、虹色に輝く床が存在していました。それが、ゲートの発生源である可能性が高いと思われます」
「何だそれは? まったく、向こうの技術力が分からんではないか」
「もっとも、偶発的な事件の可能性もまた高いと思われます。それについては自分も、あちらの会談相手に訊いてみましたが、伝わったかは不明ですが、どうもあちらもゲートについてはよく分かっていないようです。眉を寄せて首を傾げるといった反応でした」
「なるほど。つまりは、それ以上はさっぱりということか」
「あのお嬢さんも、似たような感じの反応だったそうだしな」
「なら、次だ。向こうの軍事力については、何か分かるようなことは無いか?」
「あまりはっきりしたことは分かりませんが、少なくとも装甲車の類いはゲート周囲に展開されていませんでした。警備隊の配置もゲートの近辺だけと思われます。ゲートの位置ですが、あちらの世界の街の広場か何かにあります。そこを中心に6つの大通りが放射状に広がっていました。あちこちに水路を見かけましたし、港がありまた森林と平原に囲まれているようなので、街が発達する条件を持っていたと考えられます」
「重火器の類いを持った人間は?」
「見当たりませんでした。ほぼ全員が小さい錫杖のようなものを持っていましたが」
「機動隊の報告通りだな」
錫杖とは言ってはいるが、大きさ的には子供向けの番組が見せる、魔法少女のステッキくらいの大きさだ。それを厳めしくしたらああなるといった具合の代物である。
「そこであのサイズの錫杖というのが、また分からない話だ。大きさ的に考えて、殴り付けるのにも突き刺すのにも、武器としては合理性に欠ける。君、何の意味があるか、聞いていないか?」
「申し訳ありません、そこまでは」
「では、今度はそこの確認を頼む」
「了解しました」
「さっきは『会談』と言ったが、何を話したのかね?」
「今日は、まずこちらの地理について説明をしました。小型の地球儀と地図帳を持ち込んで。会談相手もまた、それに応えてくれたようです。スケッチブックに地図と思われる絵を描いています。こちらは、後ほど提出いたします。縮尺は不明ですが」
「今すぐ欲しい。コピーを取って貰うから、出してくれ」
桝野が言ってくる。
「分かりました」
白峰は足元に置いた鞄から、該当のスケッチブックを取り出し、桝野に渡した。桝野は受け取るとすぐさま会議室の外へと向かった。
「では会談の状況について、説明してくれ給え」
「はい。馬車で向かった先ですが、何というか上手く説明出来ないのですが。『お屋敷』でした。敷地面積はだいたい、市役所程度かと。造りは他の建物と同じく、石材かコンクリート製です。白を基調として、あちこちに彫刻が施され、門からは屋敷入り口までは庭園がありました」
「よく分からんな。近代的な街並みといい、貴族か何かなのか?」
「不明ですが、その可能性は高いかと。お屋敷の内装ですが、床は石畳が敷かれ、壁には様々な風景画が飾られていました」
「待った。それではいつまで経っても会談の内容が分からん。先にそっちを話してくれ」
若干不機嫌そうに、恰幅のいい中年男が言ってくる。
だが、それに続いてまた別の男が手を挙げた。あまりよくは知らないが、彼もまた外務省の偉い人間のはずだ。
「いや、お言葉ですが、どのような出迎えであったかというのは、外交上重要な判断材料です。それに、歴史や文化傾向の判断材料にもなります。私はこのままの説明をお願いしたい」
「む……そうか。なら、分かった。君、話の腰を折ってすまなかったな。続けてくれ」
「いえ。あと、同伴というか誘導してくれたのは若い女性でした。見た目通りかは分かりませんが、おそらく自分と同世代かと。灰色の髪をした女性でした。おそらく、名前はミィレ=クレナ。最初にそう名乗り、またそう呼ぶと応えたので」
「服装は?」
「女性用スーツに対し、襟などに白いフリルを施したようなものを彼女は着ていました」
「ほう? こちらでは、私は見かけたことの無い服装のようだな。服飾研究家に教えたら、興味を惹きそうだ」
「若い女か。君としては、ハニートラップを仕掛けられているという可能性は、考慮しているかね?」
「念のため、警戒しています」
とはいえ、あまりその可能性は考えなくてもいい気がするが。先入観に囚われているとは思うが、彼女はそういう真似をするには淫靡さが足りなさすぎる。可愛いとは、少しは思ったけれど。
「そして、会談相手ですが。男でした。見た目は大体五十代くらいかと。髪の色は濃紺です。この方の名前はティケア=ルエスかと」
「今日来たお嬢さんといい、誘導役の女性といい、その男といい。髪の色にまるで統一性が無いな」
「機動隊の、桜野君と言ったか? 彼とよく話しているという向こうの男はどうだったか?」
「赤みの強い茶色だそうだ。他にも、青や黒が多めだが緑の者もいるらしい」
一同がざわめく。それが収まるのを待って、白峰は続けた。
「会談相手の服装ですが、衣服はスーツのような、軍服のようなシルエットでした。肩章のようなものはありませんでしたが、胸に花を模した大きな刺繍が施されていました。刺繍は家紋か役職を示すものかと思います」
「うん、その可能性は高そうだ。確かあのお嬢さんが着ていた服も、胸に大きな刺繍が施されていた」
「スーツのシルエットだが、もう少し具体的に何か無いか? イギリス風かイタリア風、アメリカ風かなどで、大分異なると思うが」
「そうですね。基本的に中世の軍服そのもののイメージに近いかと。その上で、イタリアのミラノ風といったところでしょうか」
「堅いな。それに威圧感がありそうだ。パワードレッシングの類いか。そういうお国柄ということなのかもな」
「そうですね。会談の部屋もかなり豪華な造りをしていたと思います。壁と床には一面のモザイク模様が施されていました。美しさもそうですが、その造りによって相手に敬意を払い、同時に威圧する目的を感じました。どこかの宮殿の中を思わせましたね」
「なるほど、それはまたかなりの歓迎ぶりだな」
「会談の内容は、先ほど説明したとおり、こちらの地理についての説明、また敵意が無いこと、友好を望むこと、こちらの状況の説明を行いました。どこまで伝わったかは分かりませんが。また、あちらも敵対は望んでいないように思えました。敵意や害意を相手の表情や振る舞い、持て成しからは感じ取れなかったという程度の理由ですが」
「いや、十分だ」
「それと、軽くですが食事を用意して貰いました」
正直言って、本当に毒にはならないかと少し恐くはあったが。これも職務だと思い覚悟は決めた。
「あちらの世界すべてがそうだとは言えませんが、どうやら箸を使うようです。小麦粉か何かを使って、花弁状のショートパスタかニョッキのようにしたものや、豚肉ですかね? そんな感じのものを薄くスライスして焼き、ソースをかけたもの。白身魚の切り身を焼いたもの。大根と人参とレタスとトマトのような野菜を使ったサラダが出てきました。サラダですが、材料は複雑なカットがされていて、結構手が込んでいました。とても美味しかったです」
何人かの人間から、少し恨めしげな視線が突き刺さった。そういえばもう夕食時も過ぎている。空腹を覚えていても仕方ない。
「なるほど。そういえば確かに、あのお嬢さんもこちらが用意した食事に対し、箸を躊躇無く使っていたな。無理そうなら、口を開けて貰い、その形で食べさせようとも考えていたが」
白峰は微苦笑した。
「なるほど。どうやら、相手も同じ事を考えていたようです。自分も箸を使うと少し驚いていましたね。ミィレ=クレナさんが、何事かを準備しようとしかけていたようにも見えて、どういうことか分からなかったのですが」
じゃあ、ひょっとしてあのとき箸を使えないふりをしていれば、彼女から「あ~ん」でご飯を食べさせて貰えていたのかも知れない。白峰は少し、勿体ないことをしたと思った。
「それと、あちらの言葉ですが、構文は日本語に近いかも知れません。傾向として、言葉の始まりと末尾が、同じ響きのことが多い気がしたというだけなのですが」
「それもまた面白い話だな」
「言語学者の打診はどうなっているんだったか?」
「なかなか、いい返事を返してくれる学者が見つからん。研究テーマと違うとか何とか言って、断られてばかりだ」
「それは建前で、本音は異世界への派遣が恐いということなんじゃないのか?」
「かもなあ」
ひょっとしたら、自分が言語についても色々と情報収集をしなければいけないのだろうか? 白峰はふと、そんな気がした。早いところ、本職の言語学者を招聘して貰いたいものだと思った。
「あと、灯りなのですが、これもまた少し奇妙でした」
「奇妙とは?」
数秒、白峰は口ごもった。
「電灯の類いはありません。また、燭台のようなものもありませんでした。天井がそのまま光りました。彼らが手を向けて、何事かを唱えると、それに応じるように。幾何学的な模様が浮かび上がって。何だか、魔法みたいでしたね。まさか、とは思いますが」
会議室がどよめいた。
正直、異世界に行ってこれが一番の驚きだった。確かに、透明度の低い硝子を使うことで、似たようなことは出来るのだが。
この情報をどう彼らが判断するのかは、白峰にも分からない。ただの錯覚という事になる可能性は高い。だが、ゲートを理解する切り口の一つにはなるのではないか? その可能性は、捨てられなかった。
1エピソードにつき、テキストエディタで50行程度を目安に書いているのだけれど。大幅オーバー
80行越え。うーん、ここら辺の調整能力はまだまだだなあ。
次回は、世間の反応について少し触れます。
あと、外務省が何故、フォークやナイフを使うような食事ではなく、箸を使う日本食をアサに用意したのかという件ですが、これには理由があります。
作中で現在、最も近しく窓口になっている国はどこかというと、それは日本です。なのでまず、日本のことを知って貰う必要があるということから、日本食を選んでいます。
とはいえ、食べやすさ重視でおにぎりというのも流石に欠礼にあたるため、こういう形となっています。後のエピソードで再度、文中に説明が必要かどうかは考えますが。