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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【マスコミ炎上編】
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情報収集

 人間、怒りがある一線を越えると、無表情になるものなのだな。

 アサ=キィリンを見て、白峰はそんなことを思った。

 ゲート付近の詰め所の一室にて。白峰は状況説明のため、持ち込んだ新聞や雑誌をアサとミィレ見せた。


 最初のうちこそ、アサは表情豊かに眉根を寄せ、握り拳を震わせていたが、いつしかそんな反応は消え失せていた。落ち着きを取り戻したとも言えるのだろうが。人間、こうなってからの方がより恐ろしいのだと、白峰はそんな話を聞いたことがある。

 その一方で、ミィレは困惑した表情を浮かべ続けている。


「状況は分かりました。その上で、今後どうするかの相談や情報の収集に協力を頼みたい。そういうことね?」

 アサの問いに、白峰は頷いた。

「はい、その通りです。お願いできますか?」


「勿論よ。私達は、そちらの世界と友好的な関係を築くために動いている。その認識に違いは無いわよね?」

「はい」

「その中で、このような報道のされ方は、私達の活動に亀裂を入れかねないものだと判断せざるを得ないわ。だから、何故このような起きたのか? どのように収拾すべきか? それを考え、報告するためにも。私達にとっても情報収集は必要よ」

「ありがとうございます」


「それで? 協力ってまずは何をすればいいのかしら?」

「はい、まずはこちらの警察の方で、日本を訪れた際に怪しい人物。特に、マスコミ関係者と疑わしいような人との接触が無かったかを確認したいです」

「なるほど。分かったわ。サラガに訊いてみましょう。ミィレ?」

「えっ!? あっ、はいっ!」

 突然に声を掛けられミィレはびくりと背筋を伸ばした。


「急ぎ屋敷に戻って、この話をティケア達に報告して頂戴。それから、報告書に纏めて誰か飛空士に頼んで、王都まで届けて貰って。結果はあまり変わらないかも知れないけれど、重要な話だと思うから、少しでも早く届く可能性があるのなら、その方がいいわ」

「分かりました」

 お辞儀をして、ミィレが部屋を飛び出していく。

 そして、それに続いて白峰とアサも部屋を出ることにした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 アサ達への説明が終わり、サラガに協力を頼んで数十分後。

 存外に早く、マスコミと接触したという人物が見つかった。詰め所の一室に、サラガに付き添われる形で、彼は訪れた。

「失礼します。あの。僕はイル=オゥリといいます。は、話を聞いてまさかとは思うのですが。心当たりがあって、それで、きちんと話をする必要があると思ったので。すみません」

 彼の顔からは血の気が引いていた。見ていてこっちが心配になってくる。


「いえ、正直に名乗り出てくれて有り難うございます。別に、自分もあなたを責めるつもりはありません。あ、ええと。まずはおかけ下さい」

 恐る恐る、といった体でイルが目の前に着席する。

 どちらかというと、この詰め所の方が彼らの領域なのだが。

 なんで、こっちが刑事になって、取り調べでもしているような形になっちゃったんだろ? とか、白峰はそんなことをふと思った。


「サラガさん、こちらってお茶とかお願いすることは出来ますか?」

「ん? ああ、まあ。そうだな」

 これはお茶でも飲んで、落ち着いて貰った方がいい。そんな意図を理解してくれたのか、うんうんとサラガは頷いた。彼は部屋の入り口から半身を出し、お茶を頼んだ。


「アサさん。睨んじゃダメですよ?」

 隣にいるアサに注意をする。

「ええ? そんなつもり無いんだけど? 私、そんな顔してる?」

「いえ? そんなことないですが、念のため」

 そう言うと、アサは小さく嘆息した。


「ちゃんと分かってるわよ。まったく」

 そう言って、こっちの方を軽く睨んできた。あなたの方こそ、と言いたげだった。でもまあ、これで目論見通り少し空気が緩んだ気がする。


「それで、イルさん? こちらを訪れた際に、マスコミの方と接触をされたのですか?」

「はい。その通りです。あの、そのときはこんな事になるとは、思っていなくて」

「その件なのですが、それが自分には不思議なのです。ご存じと思いますが、日本ではマスコミ関係者があなた達の行動を妨げることが無いように、色々と対策をしています。なので、中々マスコミの方が接触するのは難しいと思うのですが」


 イルは項垂れた。

「その、本当に偶然だって、彼女は言っていました。僕はサラガ隊長から教えて貰ったソバが食べてみたくて。それで、路地裏で迷子になってしまっていて。渡して貰ったスマホの使い方も、よく分からなくて。そんなとき、声を掛けられて。それで、出会ったんです」

「なるほど、観光地とかではなかったのですね」

「はい。その通りです」

 となると、本当に偶然の可能性が高そうだ。


「先ほど、『彼女』と言っていましたけど。その人は女の人だったのですか?」

「ええ、若い女の人です。年齢は、多分僕よりも若くて、二十代前半くらいだと思います」

「その子、可愛かったのか?」

 イルの後ろから、サラガが声を掛けた。その両手には、カップを入れた籠と、お茶を入れた瓶があった。


「それは、その。ええと」

 彼は質問に対し、目を横に背けた。誰とも目を合わさない。

「そういや、お前こないだ彼女にふられたばかりだったんだよな?」

 思わず、アサと目を合わせる、彼女は何とも形容しがたい目をしていた。呆れたというわけでもないが、どう言えばいいのか困るというか。きっと、自分も同じ顔をしているのだと思うが。


 サラガがカップにお茶を注ぎ、こちらへと置いた。アサ、自分、そしてイルの順番だ。そして、最後に彼自身の分を注いで、イルの隣に腰掛けた。

「何だ。図星だったのか? 君、それでつい色々と話してしまったのか?」

 ん? と覗き込んでくるサラガに対し、イルは「はい」と小さく呟いた。まあ、これだけで大体の話は分かった気がした。


「ソバの店まで案内して貰って、そこで一緒に昼食を食べただけじゃなくて、それからも色々と見て回るのに案内して貰いました。彼女は、とても親切でした」

 イルは大きく息を吐き、お茶を啜った。

「申し訳ありません。マスコミの人間とは、そもそも接触してはいけなかったのでしょうか? 彼女は、早くから雑誌記者だと名乗っていたのですが」


「いえ? その辺りは、確か禁止はしていなかったと思います。このような事態になることが、想定から漏れていただけで。囲まれて邪魔になるようでなければ、少しくらいはインタビューに答えることもあるかも知れないと。そう、考えられていたので」

 しかしそれも、付き添いがいる状態の頃の話。しつこく付きまとわれるとも思わなかったので、そうなっていたという面が大きい。また、一人で行動して貰うときも、こんな事態になることは可能性が低いし、いざとなればスマホで連絡が来るという見通しもあった。

 だが結局は、そんな見通しは甘かったということなのだろう。


「あの。これはきっと、何かの間違いなんです。だってあの人は、僕がした話を本当に楽しそうに聞いていました。それで、きっといい記事にしてみせるって。そう言って。互いの世界の関係が、少しでも良くなればいいって、そう思っているって。だから、僕も色々と話をしたんです。こんなはずじゃ、なかったんです」

 「何でこんな事になるのか、訳が分からない」と、イルは頭を抱えた。


「その方の名前とか、分かりますか?」

「はい。でも、教える前に一つ約束して欲しいことがあります。あの、僕が言える立場じゃないというのは分かってます。でも、お願いです」

 イルは深く頭を下げた。


「何でしょうか?」

「彼女のことは、どうか穏便な対応をお願いします。僕には、どうしても彼女が悪人には思えません。僕だって衛士の端くれです。少しは人を見る目はあると思っています。信じて下さい」

 熱の籠もったその声に、白峰は少し気圧されるものを感じた。

 静かに、息を吐く。


「自分は、以前にどこかで先輩から聞いたことがあります。外交官というのは、警察や軍人の人達と違って『信じる』ことが仕事なのだと。確か、そんな話です。相手を信じて、そして信じられる人間にならないと、この仕事は続けられないのだと。いや、勿論盲信するつもりはありませんが」

 白峰は頬を掻いた。何だか気恥ずかしい。自分のような若輩が、仕事をのことを語るなんて、おこがましいのではないかと。


「なので、そういう話なら、自分もその人のことを信じましょう。約束します。この答えでは、ダメでしょうか?」

「いいえ。十分です。有り難うございます」

 イルは顔を上げた。その表情は、少し晴れやかになった気がする。血の気も戻った。


「名前は、カイドウ。カイドウ=アヤカと言っていました。連絡先は、小さなカードを取り出したのですが、持って帰ることは出来ないので断りました」

「カイドウさんですね。あと、そうやって連絡先を伝えようとしたということは、雑誌記者として正式にあなたに取材をお願いしようとしたと考えて、多分間違いないと思います。彼女があなたを騙そうとしたという可能性は、低い気がします」

 そう伝えると、イルは安堵の息を吐いた。


「それから、他に番号を伝えられました。また、日本に来ることがあれば、連絡して欲しいって。そのときはまた会いたいと。スマホ? の番号らしいです」

「その番号を覚えていますか?」

「はい、覚えています。ええっと、書くものとか――」

 イルが周囲を見渡す。すかさず、サラガが制服からペンとインクが入った小瓶。そしてメモを取り出した。


「ほれ」

「ありがとうございます。お借りします」

 サラガからペンを受け取って、イルはメモに数字を書き込んでいく。

「あと、それからどんな話をしたのか、教えて貰っていいでしょうか? 例えば、ゲートが現れたときの夜のこととか、話したのでしょうか?」

「はい、そういった話を色々としました」

 どうやら、その話の出所は彼らで間違いなさそうだ。

自分が問題の原因かも知れないと思ったとき、きちんと名乗りを上げる。

簡単そうで、実に難しい話だと思います。特に、話が大事になればなるほど。

偉いぞ、イル(何様)。

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