特ダネとの遭遇
前回から展開読まれていただろうなあと思いつつ。
まあ、お約束って大事ですよね。
夢でも見ているのかと。海棠文香は、そんなことを思った。
お昼になって、昨日考えた通り、今日は異世界の人が立ち寄ったかも知れない蕎麦屋にしようと。それで、そのお蕎麦屋さん近辺に立ち寄ったのだけれど。
確かに、ひょっとしたら、異世界の人と会えるかも知れないとは思っていた。しかし、まさか本当にいるなんてっ!? えっと、どうしよう?
呆然と、海棠はその場に立ち尽くす。
彼女の目の前。数軒程度離れたところで、彼は一人、道の真ん中で突っ立っていた。
ぱっと見、ただの警察官に見えた。帽子は被っていないけれど、それ以外は警察官の制服を着ているからだ。目撃情報や、外務省の発表と相違が無い。
しかし、薄い青色などという、およそ地球上では見掛けない髪の色と、遠目で見ても間違いない尖った耳は、間違いなく異世界の人だ。年齢は、二十代後半くらいだろうか。
異世界や、そこに住む人間の存在を疑っていたつもりは無いが。実際に目の当たりにすると「本当にいたんだ」と、そんな気になる。
彼が一人で。というのは、分かる。テロ対策だとかそっちへの人の割り当てのために、これまで一緒に行動していた警察機動隊の付き添いを止めることにする。そんな発表があった。国民の理解によって、異世界の人達に対する視察の妨害も無いようだしと。
ある意味、彼らだって要人である。警護の意味でも付き添いはまだ必要なのではないか? 時期尚早なのではないか? そんな議論も残されてはいるが。
結局、異世界対策室がどういう議論でその結論を出したのかは、詳細は分からないが、そういうことになった。
いつまでも、付き添いが必要というのも問題があるわけで。まずはお試しでも、一人で行動して貰ったときはどういう具合になるのか、何が問題で何が必要になるのか。そこを洗い出したいという意図があるのでは? 何て意見も、見掛けた。
身の安全については、GPSを持たせて常に居場所を監視しているし、連絡用のスマホも渡しているとの話だった。
「というか、こんなところで何しているんだろ?」
彼は、頭を掻きながら、何度も手にしたスマホを指先で叩いていた。そして、ポケットから紙を取り出しては、首を傾げている。
その様子に、海棠は理解した。
「ああ、なるほど。道に迷っていざ連絡しようとしたけど、スマホの使い方が分かんないのか」
やっぱり、お役所はこういうところで考えが抜けていると思う。
海棠は小さく笑みを浮かべた。握り拳に力を込める。
これは、千載一遇の特ダネのチャンスだ。この機会を逃して、何が記者だ。
今ここに必要なものは、小さな勇気。
海棠文香は一歩、踏み出した。この一歩は小さいが、マスコミ界にとっては大きな飛躍であるっ!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
イル=オゥリは、ついていると思った。
サラガ隊長から、日本の「ソバ」なる食べ物の美味しさを聞かされて、是非とも自分も食べてみたいと「視察」を楽しみにしていたのだが。
思った以上に日本の裏路地は入り組んでいて、道に迷ってしまったのだった。渡された「スマホ」なるものの使い方で、地図を見ようとしても、地名が異世界の言葉なのでさっぱり分からない。しかも、何が悪いのか少し歩くと、自分がいると思しき場所が突然全く違う場所に飛んでいったりする。
諦めて助けを呼ぼうとしたのだが、そっちもそっちで使い方が分からない。
正直なところ、途方に暮れていた。帰らないと行けない時間ぎりぎりになったら、捜索されるのかなあと。そして結局、このままどこにも行けずに一日が終わるのかと絶望していたのだが。
幸いにして、通りかかった女性に助けて貰った。若い女性だ。しかも、彼女も同じ蕎麦屋に向かっている途中だったという。運命的な出会いだと思った。
イシュテンの言葉で「何をしているのですか?」と尋ねられたときは、女神が降臨したかと思ったくらいだ。正直、アクセントは滅茶苦茶だったけれど。
目的の蕎麦屋にたどり着いて、彼女と同じ席に着く。注文するものは、隊長が頼んだものと同じ「モリソバ」と「鳥串焼き」と「テンプラ」だ。
『こっちに 来て いる。だから、あなた も 衛士 の人 ですか?』
手にした翻訳機から、彼女の声を訳した音声が流れてくる。
「ああ、そうなんだ。前々から、こっちに来るのは楽しみにしていて、今日ようやく自分の番になったというわけさ」
なるほど、と彼女が頷いてくる。
『あの 名前。教えて 欲しい です。いいですか? 自分の名前は カイドウ=アヤカ です。カイドウ と呼んで 欲しい です』
「うん。勿論。僕はイル=オゥリです」
『イル=オゥリ さん ですね』
ふむふむと、カイドウが頷く。
『ゲート を 挟んで 緊張とか ある ですか?』
イルは笑って首を横に振った。
「いやあ? そんなの、全然無いよ。そちらの衛士の人達もいい人達でさ。特に、隊長同士なんて凄く仲がいいんだ。初めて会ったときに、うちの隊長が酒とつまみを渡してさ、それ以来すっかり意気投合したんだよ」
それを聞いて、カイドウが目を丸くする。どうやら、かなり驚いてくれたようだ。
『お酒を 一緒に 呑んだのですか?』
「そうさ。あの日の夜はみんなで盛り上がったよ。それで、結構打ち解けたと思う。僕も、たまにそちらの人と話をしたりするけど」
『どんな 話 ですか?』
そう訊かれて、イルは一瞬、言葉に詰まった。
「あ、いや。ほんの、挨拶程度。二言、三言程度なんだけど」
格好いいところを見せようと、見栄を張ってしまったかも知れない。これでは自慢になるようで、全然自慢にならない気がした。
『そう なんですか? イルさん 日本語 少し 話せる んですね。凄いです』
けれど、カイドウからは称賛の眼差しと言葉が返ってきた。照れくさくて、思わず白い歯を見せる。
「でも、君も凄いよ。イシュテンの言葉を話せて。勉強しているの?」
恥ずかしそうに、カイドウは頬を掻いた。
『少し だけ。いつか そちらの 世界に 行きたい ですから。あと、話も したい から。興味が あって』
「そのときは、自分に案内させて下さい。お礼がしたいです」
『はい そのとき 楽しみ です』
嬉しそうに、彼女が微笑む。それを見てると、何だかこちらも嬉しくなってしまった。
『それじゃあ 外交 する 人とも 会ったこと あるの ですか?』
イルは頷く。
「話したことは無いけれど、毎朝見ているよ。若い男だ。僕よりも年下なんじゃないかな? けれど、噂だけれど、とても誠実で、姫様とも仲がいいって聞いているよ。毎朝、軽く挨拶や雑談しているみたいだし」
『姫?』
上手く伝わらなかったのか、彼女は首を傾げた。
「ええと、アサ=キィリン様のことです。ご存じですか?」
『あ、はい。分かります。でも アサ=キィリンさんは 本当は 王室の人 なのですか?』
「え? 違います。貴族です」
『なるほど。そういうこと なのですね。分かります。姫は そういう 意味ですね』
カイドウは頷いた。
「君達から見て、姫様はどんな印象なの?」
『とても 人気 です。若い 美人 お姫様 です。いつか、『お嫁さん 欲する 女性 質問』で 一位を なります した』
笑いながら、そう答えてくる。
その一方で、イルは苦笑した。昔からお転婆だと噂されていたあの姫様がねえと。
子供の頃のお屋敷脱走劇は、何度も繰り返されたと聞いている。そんな話もあるので、市井の間でも親しみがあるのだが。
むしろ、今回の一件で、新聞などを通じて報道される彼女のカリスマ性に、頼もしさを感じる市民も多い。なので、彼女が異世界でも人気になるのは、少し分かる気がした。
『すみません。この 後 イルさんに 予定 あります か?』
「えっ?」
どきりと、イルの心臓が跳ね上がった。
『黙っていて ごめんなさい。私、本当は 記者 なのです。あなた達の 世界のこと 記事 したいです。時間 あれば 色々と話を 聞かせて 欲しい です』
「あ、ああ。そういうことか」
流石に期待しすぎじゃないかと、イルは軽い自己嫌悪を覚えた。
けれど、すぐに思い直す。この子、こう見えて若くして「記者」をやっているだなんて。かなり凄い人なんじゃないだろうか?
こんな女性とお近付きになれるなんて、早々あるものじゃない。返事なんて決まっている。それに、どんな理由だろうと、もっと彼女と一緒にいたい。
「はい。喜んで。でも、他に行きたいところはあるから、今日はその道案内をお願いしながら。でも大丈夫?」
『はい。ありがとうございますっ!』
彼女は自分のスマホを取り出した。指先で盤面を叩く。それで、何をしようとしているのかは、よく分からないけれど。
それから、続いて鞄から何かを取り出した。小さな紙だ。何か書いてある。
『これは 私の 名前と 勤め先です。そして、連絡先 です』
どうやら、こちらの世界ではこういう紙を渡すことがよくあるらしい。
しかし、少し困ったと思った。
「ごめん。折角だけれど、僕達はこちらの世界のものを何も持って帰ってはいけないことになっているから。これは受け取れないよ」
『あ、そうですね。分かりました』
ちょっぴり渋い顔を浮かべて、カイドウはその小さな紙を引っ込めた。
イルもまた、今このときほど、この規則を恨めしいと思ったことは無かった。
『待たせる しました』
そして、そんな頃に。
隊長から聞いていたソバとテンプラ、鳥串焼きが運ばれてきた。
正直、この二人は書いていて自分の記憶のどこから生まれたキャラなのかさっぱり分かりません。
次回からは、また外交メンバーの出番になります。久しぶりだなおい。
ただ、本筋の話を進める前に、ちょっと脇に逸れた話を挟むかも?