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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【ファーストコンタクト編】
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初めてのご引見

黒塗りの鉄の車に乗せられたアサ=キィリン。

言葉も通じず、見たことも無い街並みの中。連れられた先で彼女が見たものとは?

 黒塗りの車中。アサが眺める外の景色は次々と変わっていく。

 とはいえ、天を貫くような建物が続いていくのには変わらない。

 この車の移動速度から考えて、自分が来たゲートから既にかなりの距離があると思われる。

 予定表から考えるに、まず無いと思うが、万一ここで車から放り出されたらあのゲートまでたどり着くのは難しいだろう。既にどこをどう通ってここまで来たのか覚えていない。


 窓の外に、一般人と思しき人影はいない。ゲート近辺というほどではないが、衛士風の人間が均等に並んでいる。

 そんな街の光景は、随分と殺風景に思えた。また、残念に思えた。

 ひょっとしたら、この街の状態は自分を脅威に思って? また同時に自分の身の安全のために、この世界の人間達はここまでしているというのか?

 その負担を考えると、アサは少し申し訳ない気がした。


 時間にして数十分程度の移動だろうか。

 車の前の景色が、これまでと少し変わった。

 緑の森に石垣に水堀。

 母国にあるものとはまた随分と趣は異なるが、歴史を感じさせる建造物に彼女は少し安堵した。この世界の人にもやはり、そういうものを大事に思う心はあるということか。

 無機質で殺風景な街並みを眺めていて、ひょっとしたら、実はこの世界の人間の心もまた無機質なのかと疑ってしまっていたが。


 石造りの橋の前で、車は停まった。

 誘導役の女性に促され、アサは車を降りる。

 眼前に広がる建造物、その区画は広い。

 予定表でも見覚えはあったが、直にその目で見ると随分と印象が違うものだと思った。直に見る方が、遙かに格調高い。だが、予定表では、これだけの雰囲気を再現することは出来ないのも無理からぬ事だと思った。美しい宮殿だとアサは感じた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 謁見の間に通される。その部屋の趣もまた、アサは面白いと感じた。

 多少の文化的違いはあるが、彼女の近隣諸国では、謁見の間というものは豪奢な造りが共通的だ。他国からの来賓をもてなすのだ。それ相応の装飾を以て、相手に対し敬意を示す。


 だが、この謁見の間はまるで逆だ。

 部屋の中央には木の椅子と円形の机が置かれ、そしてその机の上には陶器に花が生けられているだけ。壁にも淡く模様が描かれているのみ。

 アサが入ってきた木組みの格子に薄紙を貼り付けた扉は、外光を暖かく取り込んでいる。

 この上なく、簡素。


 だが「何という、くつろいだ空間なのだ」と、アサは思った。

 しかし、それでいて何者にも侵しがたい高貴さがある。

 間違いなく、自分に対し最大級の礼儀を以てもてなしをしている。そう、アサは判断した。

 机と椅子の傍らには、初老の男女が立っていた。柔和な笑顔を浮かべている。

 誘導役の女性に付き添われる形で、アサはその、初老の男女へと近付いた。


「この度はお招き頂き、ありがとうございます。ミルレンシア皇国と、その東を統べるイシュテン王国に忠誠を誓うアサ伯爵家が長女、アサ=キィリンと申します。若輩の身にて僭越でありますが、ご挨拶に伺いました。お会い出来て光栄にございます」

 アサは胸に手を当てて一礼した。言葉は通じない。礼もこれで通じるか分からない。だが、最大限の礼を以て、自身に向けられた想いに対し応えたつもりだ。

 大切なものは、礼を尽くすというその意志だ。


"遠いところより、よく来ましたね"


 はっ、とアサは顔を上げた。

 今一瞬、そんな声が聞こえなかったか?

 いや、違う。残念ながら幻聴だ。現に、悔しいことに目の前の貴人の言葉はまったく異世界の言葉で、何を言っているのか分からない。


 けれど、ああ、けれど。

 何を伝えようとしているのかだけは、不思議と分かる気がした。それはまさしく、先ほど聞いた「声」そのものだ。

 その口調は柔らかく、慈愛に満ちていた。

 アサはその胸に熱いものが湧き上がるのを感じた。このような感覚は、今までの人生でこの瞬間を除けば一度しか無い。


 そう、それは確か、小さい頃に両親に連れられて、ミルレンシアの皇帝陛下とお会いしたときのことだ。

 イシュテンの王宮に来られた皇帝陛下のお出迎えという大任を任されたというのに、歓迎式典の途中で寝てしまって、起きたときには皇帝陛下のお膝元で抱っこされていた。


 慌てて謝罪の言葉を述べたときも、皇帝陛下は優しく笑って頭を撫でてくれたのだった。それが本当に悔しくて悲しくて、でも同時にどうしようもなく嬉しくて、感情がいっぱいになって、泣きながら抱きついたのを覚えている。

 自然と、アサもまた微笑みを浮かべていた。

 謁見の時間がどれほど用意されているのかは分からない。寸暇が惜しい。精一杯この時間を大切にしようとアサは心に決めた。

今年は一般参賀に行ってきました。

このエピソードそのものは、11月終わりくらいに書き終わっているのですが、外観の街の取材も兼ねて。

凄く待ちましたが、お姿を見ることが出来てよかったです。皇后陛下は美しかったですね。年を経てもなお美しい人というのは、ああいう人を言うのだなあと思いました。


あと、このエピソードは政教分離という問題には抵触しません。ちょっと、勘違いされる方もいるかと思ったので、念のため。

どこまでを「政治」の範囲に含めるかは諸説あるかも知れませんが、政教分離というのは政治的に特定の宗教を優遇、あるいは不遇しないという話であって、政治と無関係にするという話ではないです。

なので、現実に陛下は(外交上の約束みたいな)政治的責任を負わない範囲で、海外の王族や要人とご会見、ご引見されているわけです。また、国事行為もされているわけです。


2019/03/03追記

アサは使者扱いなので、タイトルをご会見からご引見へと修正しました。

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