親書と贈答品と娘の思い出
謁見の日程やら何やらが決まったので、王都でも贈答品と新書を用意しましたとさ。
王宮の応接室にて。
アサ=ユグレイは着席を促され、恭しく頭を下げる。
「ご足労、感謝致します」
「いえ、こちらこそよろしくお願い致します」
そう言って、アサは頭を下げ。着席した。
対面する、恐らく50代の男は王宮侍従の責任ある立場の人間だ。彼は手にした箱を机の上に置いた。そして、懐から親書を取り出して、それも机の上に置いた。
「こちらが、そうなのですね」
「はい、その通りです」
薄平の、腕で抱えるような大きな箱。その脇に貼られた紙にも、親書の封筒にも、封蝋が押されている。この押印は見間違いようが無い。まさしくイシュテン王宮の印によるものだ。
この封蝋は、間違っても日本の皇室に送り届けられるまでは割られることがあってはならない。
「贈答品の中身は、既にお伝えしたとおり、セリテル陶の大皿。そして王自らがしたためた、日本との末永い友好を願う親書となります」
「分かりました」
親書の詳細な文面については、アサは訊かない。それもまた、秘するものである。
だから、娘はあちらの皇室に謁見した際には、その場で親書を訳し、伝えなければならない。予め、日本とルテシア市からは親書で使うであろう言葉、その中でもアサが日本語として使える言葉については伝えられている。王も、難解な言葉を使われてはいないと思うのだが。
責任重大かつ、予測の付かない怖さが残る仕事となる。大丈夫だとは思うが、親としては心配が尽きない。
「確かあなたの娘が、日本の天皇皇后両陛下に謁見するのでしたね」
「はい、その通りです。こちらの品は、最後は娘が届けるものになります」
「お嬢さんの様子は、どのようなものですか?」
「幸いにして、人間関係には恵まれたようです。充実した毎日を送っているようですね。報告書と共に送られてくる写真が、私と妻の楽しみですよ」
「それは結構」
男は破顔した。
「確か、謁見の際に話す話題にはご家族についても話されるとか?」
「はい。内容についても、王宮にお伝えしたとおりですが。どれも私達にとっては、懐かしい話ばかりで。あんな話をまだ覚えていてくれたんだと、嬉しい限りですよ」
「王も王妃も、報告としてそれらの話を聞いておられます。それはそれは、大層楽しそうにされていました。民の幸せが、あのお方の何よりの幸福ですから」
「いやはや、お恥ずかしい限りで」
アサは頭を掻いた。
「だから、ご安心なさい。あなた達の愛情を受けて育った娘は、必ずややり遂げますよ。言われなくても、信じていると思いますが」
「そうですね。お気遣い、痛み入ります」
アサは頭を下げ、礼を述べた。
「しかし、もう何年前ですか。ミルレンシアの皇帝陛下を出迎えたときに、途中で居眠りをしてしまったお嬢さんが、今ではもう立派になったものなんですね。私も、歳を取るわけだ」
「ご存じなのですか?」
「はい、私もあの時あの場所にいましたから。報告を聞くまでは、忘れていましたけどね」
「あのときは、私どもはもう気が気ではありませんでしたよ」
今思い出しても、背筋が凍る思いだ。
「ですが、あれも皇帝陛下にとってはよき旅の思い出になったそうですよ」
「それを聞いて、どれだけ我々の心が慰められたことか」
アサは深く、溜息を吐いた。
「あの後、あなた達は娘をどうしたのですか? 激しく怒ったりしたのでしょうか?」
「いやあ、とんでもない」
アサは首を横に振る。
「私達が怒るまでもなく、あの子は深く反省していました。それを更に追い詰めるような真似は、出来ませんでしたよ。また、そのときの皇帝陛下のお言葉などから、あの子は何かを強く感じ取ったようです。上手くは言えませんが、あの出来事以来、娘は変わり大きく成長した。そんな風に思います」
「それがあるからこそ、今日の彼女があるのかも知れませんね」
「そうですね」
アサは首肯した。
だとしたら、やはりあのとき感情に任せて娘を怒らなくてよかったのかも知れない。
「さて、積もる話もありますが、今後の予定について最後の確認しましょう」
「そうですね」
「これらの品は、これから出立するのですね?」
「はい。王宮直属の飛空士がルテシア市まで飛びます。貴家の飛空士に誘導して貰いますが」
「承っています。ルテシア市に到着したら、王宮の飛空士は我が屋敷に滞在して貰い。当日まで親書と贈答品は無天の間に保管。警備体制は――」
この仕事が終わったら、あとはもう、彼に手を出せるものは無い。結果を信じて待つまでだ。
これからしばらく、2000字程度の短めのエピソードが続きそうです。
その代わり、土日以外にも、どこか平日で一話投稿。……したいなあ。