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親書を渡すために

親書を渡そうということになったので、そのための準備とかを始めます。

 率直に言って。「流石だな」と、白峰は感心した。

 このタイミングで、イシュテン側が親書について話を持ち出してきたことだ。アサの屋敷に訪れると、ティケアから聞かされた。

 前々から親書については話が持ち上がってはいたし、時期を見計らって具体的な話を切り出してくるとは思っていた。


 その時期や、実現の条件については、詳細は明らかにされてこなかったが。大まかには分かっていた。つまりは、お互いに敵意が無いことの確認が取れつつあり、尚且つ友好的な関係が進むことの印象が、プラスの効果を発揮することを期待したい。そういうときだ。

 だから、桝野局長は「切り出してくるのは今だ」と言っていたし。このタイミングを逃すことなく、イシュテンの外交責任者が提案をしてきた事自体も、不思議ではない。


 けれども、それは距離を隔てていようとも、適切に状況を把握していなければ。そして、それが出来る相手だと、ある種の信頼が無ければ、こうはならなかったことだろう。

 何しろ、こちらからは一切、この件について、具体的な要求じみた真似をしていないのだから。

 この決断を下す立場。つまりはイシュテン側の外交責任者は、状況把握能力も決断力も持ち合わせた人間のようだ。


 その外交責任者はアサの父親だとも聞いているし、分かる気もした。一度、どういう人物なのか、アサやミィレ達からも聞いてみたいものだと思った。勿論、目の前に座っているティケアにもだが。

 白峰は意識の焦点をこの場にいない桝野やアサ父親から、彼に戻した。


「天皇陛下への親書と謁見の件ですが、それは承知しました。持ち帰って具体的なスケジュールについて、確認します。ただ――」

「ただ?」

 一拍おいて、白峰は続けた。

「今しばらくは、謁見は調整が難しいかも知れません。実を言うと、我々も以前にその話を聞いたときに喜ばしく思い、実現については前向きに考えています。しかし、今は陛下のスケジュールが詰まっています」

「何故かね?」


「はい、元々陛下は大変お忙しいお方なのですが。あのゲートを挟んで存在していた緊張が緩和され、交通規制も解除されるに伴って、延期されていた各国の元首や使者との謁見が再開されるようになりました。アサさんがこちらに初めて訪れた際、陛下との謁見が実現できたのは、予定が空いていたからという理由もあります」

 ティケアは小さく唸った。

「なるほど、それは確かに難しいな。我々の事情で、無理矢理に予定をねじ込むような真似は、出来ない。それはこちらとしても、望ましくない」


「はい。それでも、事情は各国の元首や使者も理解され、時間を大幅に短縮して頂いている。という状況です。無論、各国の外交関係者や宮内庁――ええと、天皇陛下の身の回りを助ける部署に掛け合ってはみますが」

「事情は理解した。出来れば、よい返事を期待したいところだがね」

 その気持ちは、白峰にも分からないでもない。単に親書を渡したというよりは、国の代表である使者を通じて、という形式や格式を伴った上で行いたい。その方が、国民にも本気度が伝わりやすいからだ。


「こちらから先に、親書を送るという案もありますが。そちらは如何でしょうか?」

「申し出に、感謝します。お嬢様と、旦那様に伝えます。ただ、これは私個人の意見ですが、我々は既にお嬢様を暖かく出迎えて貰った立場です。これ以上のご厚意に甘えるのは、難しいかも知れません。無論、お言葉に甘えさせて頂くこともあるかも知れませんが」

「いえ。私達も、押し付けようというつもりはありませんから」

 ふぅ、と小さく息を吐いて、白峰は机に置かれたお茶を啜った。


「しかし、前々から訊いてみたかったのだが」

「何でしょうか?」

「君達にとって、天皇や皇后とはどのような存在なのかね? 強い崇敬と親愛の情を持っているというのは、私も感じているが」

 白峰は顎に手を当てて、しばし考えた。「象徴」「シンボル」という言葉を使いたいけれど、こちらの言葉ではそれをどのように表現するのか、ちょっと思い浮かばない。


「大切な心の支え。と、言ったところでしょうか?」

 ふむ。とティケアが頷く。

「では何が、天皇と皇后をそのような存在たらしめているのか?」

「それは、慈愛です」

 淀みなく、はっきりと白峰は答えた。


「天皇皇后両陛下は常に、我々の事を愛し、想って下さっています。だからこそ、私達は陛下をお慕いするのです」

「その姿を君達は見ているから、慕うのだと?」

「はい。陛下は民を想っておられます。それは、代々受け継がれております」

「なるほど」


「古い話では、民が災害に見舞われ困窮したときは、税を取らなかったそうです。宮殿は修繕されずに傷みましたが、数年後に民の家々から米を炊く様子が見えるようになると、そのことをとても喜ばれたそうです。また、先の大戦で私達は負けましたが、そのときの昭和天皇は相手国に命乞いをするのではなく、自分の財産を差し出すから国民を助けてくれと伝えたそうです。そして、今の陛下もそうです。未知の相手が現れたというときに、我が身可愛さに逃げるのではなく、率先して交流を行われました」

 それを聞いて、ティケアはうんうんと頷いた。そして、とても嬉しそうに笑みを浮かべた。


「やはり、素晴らしい方のようですね」

「はい」

 白峰は大きく頷いた。

「それと、自分からもイシュテンの国王と女王陛下について、お話を聞かせて頂きたいのですが? よろしいでしょうか」

「いいでしょう。私達の王室にも、様々な逸話があります」

 そう言うティケアの声に、熱が籠もるのを白峰は感じた。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 移動する車の中で。

「そういうわけ。イシュテンの 王室が 天皇へ 手紙を 送るみたいですわ。今、ティケアが 白峰に伝えている と 思うけれど」

 後部座席。佐上の隣に座るアサが、助手席に座る月野へと伝えた。

「なるほど。では、その手紙はアサさんが天皇皇后両陛下に渡すことを希望されるのですか?」

「出来る でしょうか?」


「その件については、上に持ち帰ります。返事はなるべく早く返します。白峰君も同じ答えだと思いますが」

「はい。頼む ですわ」

 なんや、もうすっかり日本語を話せるようになったもんやなあ。と、そんな会話を聞いて、佐上は感心した。


「ちなみに、贈ってくるものって、手紙だけなん?」

 月野からの咳払いが聞こえてくる。関西弁チェックに引っ掛かった。ええい、こいつは本当に細かいやっちゃな。

「手紙の他?」

「ええと、私もよく知らないですが。こういうときに、手紙だけではなく他に贈り物を贈ってくることが多いって聞きました。アサの国では、そういう真似、しないのですか?」


 ああ。と、アサは頷いた。

「はい。ありますわよ」

「あるんですね。じゃあ、どういうものを贈ったりするのですか?」

「そうですね。育てる 動物の 子供とか」

「生き物は、まだちょっと困りますね」

 月野がすかさず言ってきた。


「そうね。だから 私達の国 では 瀬戸物 とか ガラス 作るの 得意です。そういうもの 贈ること 多いですわ」

 そういや、桜野はんがwikiに投稿した記事でも取り上げられていたなあ。硬貨が瀬戸物だって。写真も載っていたけど、綺麗だった。そんなことを佐上は思い出した。

 あと、その記事は妙に食い物と酒の説明に気合いが入っていたせいで「夜中に見てはいけない」飯テロ記事扱いにされているとか、そんな噂もあるが。


「なるほど。そういうものであれば、我が国でも贈ります」

「なら、贈っても大丈夫 ですか?」

「はい。大丈夫かと思います。他にも贈ることが出来るものがないか、確認したいことはあると思うので、後でまとめます」

「お願いしますわね」

 ここ最近、アサの語尾がちょっとぶれているなあという気がしなくもない。特に、「です」「ます」の後に女性らしさを出そうと「~わ」「~ね」を足そうとして、それこそお嬢様言葉になっているような? いや、お嬢様なんだけど。この辺、ちょっと迷いとかイメージに齟齬があるような気もする。

 後で、考えてみよう。


「ねえ。サガミ=ヤコ?」

「何でしょうか?」

「もしかしたら、私は もう 一回 天皇と皇后の両陛下に 会うかも知れませんわ。そうしたら、今度は きちんと日本語で 話がしたいです。だから、それまでに 日本語をもっと きちんと話せるように なりたいですわ。協力、お願いしますね」

 真剣な目で見詰めてくる。

 うーん。可愛い。でも、アサ? お前、間違ってもその目で男を見詰めちゃダメやぞ? 絶対、相手勘違いすっからな?


「分かった。うちに任しときっ!」

 佐上はどんと自分の胸を叩いた。

 しかし、月野からまたも大きな咳払いが聞こえてくる。

 思わず眉間に皺が寄るのを自覚した。この法則にアサもとっくの昔に気付いている。彼女はくすくすと笑ってきた。

関西弁って、なかなか直らないですよね。

いや、どこも方言って一生抜けないものだって聞いた覚えありますけど。

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