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アサからの交流報告。そして――

今回から親書交換編となります。

 報告書を届けてくれた飛行士を見送って、アサ=ユグレイとアサ=キリユは執務室へと戻った。

 机の上に、受け取った手紙と写真を広げる。

 報告の内容は数日前のものではあるが、これまでの報告から考えても、緊急を要するような事態には向かっていないようだ。危険な兆候というものは、報告されていない。


 アサ=ユグレイはざっと報告書を眺め、キリユへと渡した。状況をいち早く知りたいのは、妻も同じだ。詳細をじっくりと掴むのは後でもいい。

「どうやら、交流は順調にいっているみたいだね」

「そうみたいですね」

 キリユの声も、どことなく明るい。


 続いて、彼は写真に目を通していく。結構な枚数がある。よしよしと、彼は頷いた。にんまりと、笑みがこぼれる。写真に写っている娘。可愛い。

 写真は娘が訪れたトウキョウのあちこちの名所を写したものだ。こうして娘の元気な姿が、新しい写真で毎日見られるというのは、こういう事態にでもならなければ、実現は難しかったかも知れない。

 何故なら、理由も無く頼んだところで、絶対に反発されるに決まっているからだ。父親としては、そこで娘の好感度を下げるのも耐えがたい。


 ちなみに、動かなくなったタブレットは、まだ戻ってきていない。また動かせるようにするのは容易いが、今度はまた色々と情報を追加したり、イシュテン語で書いた取扱説明書も用意したりして、その上で送りたいという話だった。

 あのタブレットが使えなくなった理由は、やはり彼が予想した通り、使いすぎによって動かすためのエネルギーが枯渇していた事によるものだった。まさか電気を蓄え、その力で動いているとは思わなかったが。

 ともあれ、その報告を伝えられたときは、彼らは大きく胸を撫で下ろしたものだった。娘からの手紙には「父さんと母さん、どれだけの頻度で使っていたのよっ!」と、呆れとも怒りとも読み取れる文句が書かれていたけれど。


 「それにしても」と、思う。彼は手にした写真の中で、視線の先を娘から外した。その日はどこか、教会に相当する施設を訪れたらしい。彼女の後ろには、無数の高層建築が立ち並んでいた。

 このような構図の写真は既に見ているが。こんな都市は、この世界にはどこにも存在しない。

 娘によると、訪れているトウキョウはあちらの世界でも有数の都市であり、地域によってはルテシアの様な街もあれば、もっと未開のところもあるという話ではあるが。


 だが、そうだとしてもあちらの世界の力は、間違いなく強大だ。

 それは、娘から送られた一番最初の報告書でも、確かに文章としては伝えられていた。しかし、こうして目にすると、また随分と印象が異なってくる。こうした写真を見る度に、冷静に判断すべきだとは思うが、それでも背筋が寒くなることがある。

 そして、こんな世界を相手に直接渡り合っている娘の剛胆さには、つくづく驚かされる。ひょっとしたら、資質の上では自分よりも上なのではないだろうか? 自分が親馬鹿であることは、自覚しているけれど。


「行き交う人間も、まだ数人ペースではあるけれど、増えても問題は起きていないようだ」

「そうみたいですね。あと、クムハのお店が異世界の人達からも評判いいみたいですね。まあ、腕は確かだと思いますけど」

「ああ。これを届けてくれた飛行士も、そう言っていたね」

 少し依怙贔屓の様な気もするが。でも、客だって他の店を試してみたいと思うことだってあるだろう。いつまでも客を掴み続けられるかどうかは、クムハ次第だ。これは、あくまでも一時的な、切っ掛けに過ぎない。


「それにしても、やはり輸血の可否を皮切りに、研究の要望が活発化したんですね」

「そうだね。まだ向こうでもその足並みは世界各国で整えようとしている最中のようだけれど」

「あなたは、どう考えているんですか? この問題について」

 彼はしばし、虚空を見上げた。

「いつまでも、その要望を先送りにするわけにはいかないだろうね。先日の会議でも話し合ったけど、こっちでも次から次へと要望が出ている。あちらの世界についても知りたいこと、力を借りたいことは山ほどあるんだ。思惑が一致する部分については、共同研究が出来る様にするのがいいんだろうね」


「研究の審査をする国際組織については、こちらもまだ協議中ですけれど」

「でも、方針を決めた上で各国の学者を集めた研究団体を組織し、ルテシア市に送り込む。そこまでは大体合意が取れるだろう。と、いうところまで来ている。もう少しだけ、各国の本国からの返事待ちではあるけれど」

 今は方針の決定について、色々とまだ話し合っているところだ。

「やはり、ルテシア市に派遣する事になるんですね」


 彼は頷いた。

「うん、どうしても現地で、直接見ないことには判断が下せない問題というのがあると思うんだ。こうして、離れた場所でああだこうだと言っていても仕方ない。現地の判断に任せられるようにしたい」

 と、彼は妻の顔と口調にささやかな憂いが混じっていたことに気付いた。


「何か気になることでも?」

「ええ、学者の方達の住むところとか、研究施設とか、どうなるのかしらって」

「それについては、今の市長の手腕に期待するしかないかな。彼にも問題があれば、すぐに言うように伝えておくことにしよう」

「そうですね」

 とはいえ、地元に帰ったときにあまりにも様変わりしていたら、ちょっと寂しいかも知れない。


「そういえば、参加してくれる学者の方はどうなっているか、あなたは聞いていますか?」

「詳細は知らないし、噂でしか聞いていないけど。王都に招聘された外国の学者達にも打診が行っているらしいね。結構、乗り気の人が多いようみたいだけど?」

 何しろ、好奇心の塊というのが学者という連中だ。裏では結構なアピール合戦も繰り広げられているとかいないとか。

「そうなると、まずは魔法や生物学の先生が先発隊として向かうことになるのかしら?」

「だろうね。お互いの興味がそっちに集中しているようだし」

 特に魔法については、知見はこちら側にも共有して貰わないことには困る。


「生物学に絡んで、同じ『ヒト』であることの証明や権利の問題も持ち上がっていますけど。こっちはどうなると思いますか?」

「生物学的な話の事だったら、全く予想が付かないね。ワークリィの遺伝子説を思い出すと、確かに僕たちと彼らは違う生物で、輸血も不可能で不思議じゃなかった。むしろ輸血できる事の方が不思議なくらいで」

「でも、輸血可能だったんですよね?」

「そう。完璧にクロスマッチが成立した。姿が似通っているからとか、そういう科学的には間違った発想だったんだろうけどね」

 でも、似通っているばかりに「ひょっとしたら?」という思いが捨てきれなかった。


「そして、向こうではワークリィの遺伝子説は事実として証明されていて、ゲノムすべてをチェックして比較することも可能だという。これは、やっぱり興味が湧くね。僕は学者じゃないけれど」

 頭を掻く。

「うーん、考え直してみても、やっぱり分からないな。同じ『ヒト』ってなる気もするし、そうじゃない可能性も凄く高いように思える。君はどうなんだい?」

「私は、同じになると思いますよ? 勘ですけれど」

「なるほど」

 彼は笑みを浮かべた。何しろ、妻の勘は当たるからなあ。


 いっその事、お互いの世界の人間同士で交配してみれば。という手もあるのかも知れないが、それは口にしない。そういう話はあくまでも本人達の間に愛情があってこそだ。おそらく、向こうにもそういう思いがあって、だからこそそんな手段は提案してこなかったのだろう。そんな風に考えている。このことから考えても、共有出来る価値観は、やはり多いようだ。

 これがもしも、そのために娘を差し出せとか言うような相手だったら? ありとあらゆる手段を以て、僕は娘と世界を守るだろう。彼はそう確信していたりもする。


「で、権利についてだけれど、これは法案が通ると思う。あくまでも、このまま何事も無く穏やかな交流が続けばだけど。向こうも、状況は同じだろうね」

「法案成立のためにも、今のような状況を維持するのが望ましい。そういうこと?」

「そういうことだね」

 彼は腕を組み、しばし瞑目した。


 やがて、「ふぅ」と小さく息を吐く。

「やっぱり、タイミングとしては今なんだろうな」

「何がですか?」

「陛下からの親書をあちらに送る件のことだよ。ここでもう一度、僕たちは同じ人間であり友好を望める相手であるということを伝えるべきだ」

「そうですね。私もよい考えだと思います」

 妻からも賛同を貰えた。これは心強い。


「よし。では早速、外相閣下と宰相閣下に伝え、陛下にお願い出来ないか相談することにしよう。キリユ、アポを取って貰えるように、よろしく頼むよ」

「分かりました」

 彼はもう一度、写真を見た。キィリン、お前にはまた大役を負わせてしまうことになるけれど。そっちも頑張ってくれ。

【ワークリィの遺伝子説】

一言で言うと、異世界の数百年前の学者ワークリィが、ゲノムの存在や二重螺旋構造、遺伝していく理屈を哲学的発想だけで導いたという仮説です。

名前? はい、DNAの二重螺旋構造を発見したワトソン博士とクリック博士から、適当にパクって繋げただけです(開き直り)。

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