表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【交流拡張準備編】
53/279

アサ=ユグレイの受難

前回の後書きでも書いていますが、アサ=ユグレイ氏は優秀な方なんですよ(目逸らし)?

 アサ=ユグレイは、血の気が引くのを自覚した。

 ルテシア市から送られてきたタブレットが、動かない。

 室長室の中で彼は、動かなくなったタブレットを手に冷や汗を流す。


 彼はここに至るまでの経緯を思い出す。

 長く続いた会議が終わり、この部屋に戻ってきた。そして、休憩ついでに自分へのご褒美だと、タブレットに記録された娘の姿を見始めた。一連のタブレットの操作は、何度も行ってきた。慣れたものだと思っている。

 その、いつも通りの操作をした上で、突如プッツリとタブレットから光が消え、全く動かなくなったのである。

 黒くなった盤面を指で叩いても、全く反応が無い。起動と終了に使うらしいボタンを繰り返し押しても、同様だ。


 恐る恐る、アサは顔を上げた。

 視線の先、少し離れた席に座るキリユは、どうやらまだ気付いていないようだ。彼女は、会議の議事録を纏めている。彼女はとても強い集中力を以て仕事をする人間なので、それは別に不思議ではない。

 ただ、それも時間の問題だろう。議事録を纏め終わり、こっちに意識を向ければすぐにバレる。

 そうなったら、どんなお小言が待っていることやら?


 ああ、昔はあんなにも可愛かったのになあ。素っ気ない素振りをしつつも、さり気なく自分を労ってくれるような。そんな奥ゆかしい女性だった。それがどうしてこんな事に?

 結婚したら女は変わると聞いていたけれど、まさか、彼女に限ってという思いだ。

 より正確には、娘が生まれてからの様な気がする。母となって、自分がもっとしっかりしなくちゃ、という思いが彼女を変えたのかも知れない。


 「いやいや、そうじゃないだろう」とアサは頭を振った。今考えるべき事はそういう話じゃない。現実逃避してどうするんだ。あと、恐れるべきは妻の小言じゃなく、外務大臣を初めとした他の外交宮の高官達だ。

 本音を言えば、妻の方が恐い。というか、心に突き刺さるのだが。


 で、彼らにどう説明したものか? 

 このタブレットは、無理を言って預からせて貰っているものだ。娘の報告では、あちらの世界ではありふれたものだという話だったが、それを抜きにして、あちらの元首との謁見の記録というのは、非常に重要な情報だ。

 管理するのが外務大臣か、こちらかで意見が分かれたところを何とかこちらに持ってくることが出来た代物である。

 それが動かない。突然、うんともすんとも言わなくなった。これは、管理能力を疑われても仕方ない。


 壊した? 壊れた?

 当然、思い浮かぶのはその可能性である。しかし、アサ=ユグレイは、仮にそれを訊かれたとしてもこう答えるしかない。「何もしていないのに、勝手に壊れた」と。

 「誰が信じてくれるんだそんな話っ!」と、彼は頭を抱えた。

 何とかもう一度動いてくれ。と、彼は繰り返しタブレットを操作する。しかし、無情にも動かない。すぐにどうにかするのは、難しそうだ。手に負えない。


 思い起こせば、これは異世界から送られた、謎多き物体である。それを少し扱いに慣れたと思った程度で安心するというのは、これは慢心としか言いようが無かったかも知れない。扱いにはもっと慎重であるべきだった。迂闊だった。

 つまりは翌日の便で、タブレットを送って貰って修復を頼むのと同時に、詳細な操作取扱説明についても、向こうにお願いする必要がある。

 その際、キリユや外交宮の高官の目を盗んで頼む。というのは? いや、一瞬考えたけど、無理な気がした。


 結局のところ、こういうのは素直に自白するしかない。亡くなった父母にはそう教わったし、娘にもそう教えている。ここで自分が、それを裏切るような真似は出来ない。

 下手に隠し事をすれば、その時に限って、どういうわけか問題が起きたり、それによって信用を失ったりするものである。「あのタブレット、今どうなっている?」とか、訊かれたり。そんなリスクは負えない。


 溜息を吐いて、彼は覚悟を決めた。少し、頭が冷えた気がする。

 ただ、そうなると気になるのは、別の可能性だ。

 これは本当に、壊れたのか?

 重ねて思い返すが、自分にはおかしな操作をした覚えは無い。報告された手順通りに従っていた。

 いや待て? そういえば、先日キリユが気になることを言っていた。彼女がタブレットを使っていたとき、一度、変な文字が出てきたと。驚いて、思わず盤面に触れたら消えたそうだが。


 あのときは、それと知らずに、彼女がどこか間違った操作をしてしまったのではないか? 大事に至らなくてよかった。次からは気を付けよう。そう片付けたが。実は、そうではなかったのかも知れない。妻も聡明な女性だ。そんな彼女が、間違った操作をしていた可能性は低い。

 であれば、正しい操作をした上で、そうなった? ひょっとして、警告文? もうじき、こうして使えなくなることを伝えようとしていた? これが、このように突然動かなくなるような代物なら、そうなってはならないよう、伝える予兆があっても不思議ではない。


 予兆? そう、予兆だ。よく思い出してみたら、タブレットには他にも変化はあった。盤面の右下に小さな長方形の模様にも変化があった。これを受け取ったときは、その模様の下半分くらい色が塗られていた。それが、最近はその、色を塗られていた部分が減っていた様な気がする。

 あれはつまり、これが使える残り時間を表示していた? そういうことか?


 例えば、魔法の品の場合。魔法は時間と共に劣化する。しかし、再び魔法を組み込むことで、その品は再び使えるようにもなる。

 このタブレットがどのように作られるのかは分からないが、相当に高度な機械的技術が使われているという事だけは分かる。これは、ポイと捨てる。そんな消耗品ではない可能性が高い。

 彼は再び、タブレットから妻へと視線を戻した。


「なあ、キリユ?」

「はい、何ですか?」

「この前、君が見たっていう、タブレットに急に出てきた表示。あれがどんなものだったか、もう一度教えてくれないかな?」

 そう伝えると、妻は露骨に嫌な顔を浮かべた。どうやら、あの出来事と自分の反応は、彼女にとってあまり思い出したくない恥辱と恐怖らしい。


 彼は苦笑を浮かべた。

「いや、そんな顔しないでくれよ。ちょっと、気になることがあってだね?」

「と、いいますと?」

 彼は一度、咳払いをして白状した。

「このタブレットが、急に動かなくなった」

 途端、妻の視線がもの凄く冷たいものに変わった。うん、頼むからその目は止めて? 本当に心に突き刺さるから。僕には、その視線がご褒美になるような性癖は無いから。


「言っておくけれど、それで君を疑おうとかそういうわけじゃない。そして、僕も誓って変な操作はしていないはずだ」

「本当に?」

「本当だって。ただ、こうなった過程について、君の見たものが参考になるかもって思ったんだ。動かなくなって色々と考えたんだけど、それはそのことを警告するためのメッセージだったんじゃないかって」

「そうは言っても、何て書いてあったのかなんて分かりませんよ? 私」


「分かっているよ。ただ、雰囲気さえ分かればそれでいいから。簡単に絵で描いてみてくれないかい?」

「分かりました」

 妻は新しく紙を取り出し、すらすらと絵を描いていった。そして、席を立って絵を持ってくる。

「こんな感じでしたよ?」

 見せて貰った絵には、タブレットの中央に四角い枠が描かれ、枠の中に文字とボタンがあった。


「改めて見ると。うん、先入観もあるかもだけど、やっぱり警告文に思えるな」

「つまり、このボタンを押してしまっても、それが動かなくなった原因ではないんですか?」

「うん、僕は違うと思う」

 キリユから安堵の息が漏れた。結構、この一件は気に病んでいたようだ。


「本当に、動かないんですか?」

「ああ、動かないよ? 試してみるかい?」

 タブレットを手渡すと、彼女も自分と同じように色々とタブレットに触れてみた。それでも、動く気配は無い。


「これ、どうするつもりですか?」

「正直にみんな話して、ルテシア市に送るよ。あっちの人達に頼めば、元通りにしてくれると思うから。その際、どうしてこんな事になったのか経緯を説明する必要があるから、君の見たものについても、確認して起きたかった」

「なるほど、そういう事でしたか」


「事情を説明して、元通りになるなら僕の管理責任についても、そんなに問題にはならないはず。いや、そう思いたい」

「随分弱気ですね?」

「仕方ないだろう? 何しろ、未知の出来事なんだから」

 アサは頭を掻いた。推測は間違っていないと思うが、どうしても不安は残る。

「でも、大丈夫だと私も思いますよ? あなた、そういうところ誠実ですから」

 そう言って、妻が微笑んでくる。


「だと、いいね」

 ああ、いつもそういう笑顔を浮かべてくれるならなあ。君のその笑顔が生き甲斐なんだ。気恥ずかしくて言えないけれど。


 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 それから数日後。

 アサ家に王都からの返答とタブレットが届いた。

 月の間に家臣達と集まり、アサ=キィリンは大きく溜息を吐き、額に手を当てた。

「ねえ? これ、本当に動かないの?」

「そのようですな」

「私も試してみましたが、さっぱりでした」

 ティケアとミィレが答えてくる。シヨイも首を横に振った。


「手紙には、旦那様も奥方様も『誓って、変な操作はしていない。信じて欲しい』と書いてありますな」

「本当なのかしらね? 何もしていないのに壊れるとか、信じがたいんだけど?」

 苦々しく、アサはティケアの手元にある手紙を睨んだ。

「その目付き、何だか奥方様を思い出しますねえ。そっくりです」

「血筋ですな」

 そんな声が聞こえてきた。シヨイも、うんうんと頷いてくる。


「何もしていないのが本当だとしても。これが、異世界から送られた。詳細が不明なものだっていう自覚、あったのかしら?」

「それについては、旦那様も深く反省しているそうです。幸いにして、外務相殿から軽いお小言で済んだようですが。何分初めてのことだし、これはこれで貴重な経験として次に生かせと」

「なら、いいけどね」

 アサは再び溜息を吐いた。

 明日はこれを持ってあっちに行くのかあ。実はこれで、変な恥とかバレたりしないのか恐いんだけど?

前回がお堅い話だったので、今回は柔らかめの話にしてみました。

当初の予定では、前回と似たような空気の話にするつもりでしたが、それだと色々と辛い気がしたというのがあります。

なので、予定を変更。

あれ~? 気付けば随分とこの章に含むエピソードが増えている気がする。

もっと、少なくなる予定だったのに??


あと、次回に入る前にまた短い補足エピソードが必要そうだったので。

そっちを来週の土日より前のどこかで投稿する予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ