アサ=ユグレイと今後の対応
今回は、王都での会議について色々と。
アサ=ユグレイの眼前に、二十人弱の人間が並ぶ。そして、隣の席には妻であるキリユが、秘書として着席していた。
この会議には、外務大臣と国軍大臣、そして外交宮の各部署の高官が参加している。
席は長机を丸く並べ、円卓を構成している。上座も下座も存在しない。つまりは誰もが横並び。「この場にいる者、職位に縛られることなく口を開くべし」の会議だ。質よりも量。とにかく、可能性や案を出していくことを目的としている。
「これで、全員が揃ったようですね。それでは、始めさせて貰います」
すべての席が埋まるのを確認し、アサは会議を開くことにした。今回の会議は、自分が主役のようなものだ。
異世界対応室。アサ=ユグレイが着任した新しい部署だ。新設された部署でもある。ここで検討された内容のお披露目。それがこの会議だ。
この異世界対応室には、その前にアサがいた「第三室」といった番号は与えられていない。この部署が恒常的に必要になり、番号が与えられるかどうかは、今後の展開次第ということになる。
異世界対応室には、各地域担当の部署から有能な人間が集められた。まあ、そもそも無能な人間というのが、この外交宮では探すのが難しいのだが。
この部署で検討される話については、各国の情報を総合する必要がある。だから、各部署から人間が集められることとなった。ある意味、ここ一つで小規模の外交宮が構成されているようなものだ。
「まず、こちらと向こう側で通路を挟んだ武力については、お互いにそれを抑制すること。具体的には、こちらは魔杖の装備を止める。そしてあちらは、銃と呼称される、魔杖に匹敵する武器の装備を止める。そういう提案がありました。あと、それに伴い、まずはあちらの衛士とこちらの衛士を互いに行き来させる形で、交流を拡張させよう。そんな話が持ち上がっています」
「その、銃というものの詳細について、教えて貰えないか? さっき、君は魔杖。衛士ならおそらくは特5式錫杖だと思うが、それに匹敵すると言っていたが、具体的にはどういうものなんだね?」
国軍大臣が声を上げた。
「それについては、すでに資料を纏め、国軍宮にも連携済みですが? まあ、それ以上のことは僕にも分かりません。火薬を使い、金属の筒から、これまた金属の弾を撃ち出す。そういうものになります。魔杖とは事なり、詠唱は不要。引き金を引くワンアクションで攻撃が可能なため、近接戦闘における攻撃への切り替えは相当に速いと予想されます」
「新たな情報があった。ということは無いのか? 長距離タイプの銃の可能性について、示唆されていたと思うが?」
「残念ながら、ありませんね。国軍宮の推測通り、『ある』ことは、ほぼ間違いないと思いますが。多分、しばらくはその具体的能力は得られないでしょうね。我々の戦術と同様に、彼らもそこを伏せたいでしょうから」
「まあ、仕方ないか」
国軍大臣が軽く嘆息する。その口ぶりからして、彼もそこまでは期待してなかったのだろう。
「それで、彼らの提案である魔杖と銃の武装解除と交流の拡張についてですが、我々はこれに賛同しようと考えています。どうやら、ルテシア市もですが、あちらの世界の街もそういった緊張状態が続くことの負担が、かなりの重荷になっているようです。お互い敵意が無いのなら、とっとと緊張状態は解いて、住民の生活を取り戻したいと」
「それもそうだな。それで、交流を拡張して人質の数を増やし、双方迂闊に手を出せない状況を作ろう。つまりはそういうことか?」
「身も蓋もない言い方をすれば、そうなりますね。あと、衛士だったら交流しても犯罪その他問題を起こす可能性は低いでしょうし、通路越しに多少なりとも向こうの人間と交流もあるから。そういう考えですね」
「その交流だが、外交宮の人間を送り込むまで待って貰うという考えは無いのか?」
儀典担当の第十室。その室長が訊いてくる。その質問に、アサは首を横に振った。
「ありません。悠長にそんな体制を組めるほどの余裕は無いです。確かに、もっと時間があれば、他にも最善の策というものがあるのかも知れませんが、生憎と具体性と実現性のある方法は思い浮かびませんでした。特にデメリットも無さそうなので、このままでいいでしょう。後々は我々や各国の外交関係者や学者なども、ルテシア市の衛士に代わって向こうに交流出来る様にする必要が出てくると思いますが。それは、状況を見ながら検討していく所存です」
「分かった。君がそう言うのなら、異論は無い。私も別に案があって訊いたわけでもないんだ」
「具体的にどうするかですが。まず方針としては、こちらは魔法の品の持ち出しを厳禁。そして向こうからは金属類の持ち込みを厳禁とする方向で行きます。そして、その方法は。これはもう、仕方ないですね。しばらくは個人の所有物の持ち込みと持ち出しを全面的に禁止とした上で、互いに指定した場所で現地の衣服に着替えて貰う。そういう体制を提案します」
「全面禁止か。随分と徹底するのだな」
「そうでもしないと、何が大丈夫で何がダメだとか分かったものじゃありませんし。魔法を施した品を持ち出して、それをそうと知られて奪われた挙げ句、あちらでは使えないというのは、いずれはバレるにしても、もうしばらくは伏せておきたい。それに、金属を持ち込まれることで、下手に犯罪に巻き込まれる可能性も増やしたくはありません」
アサは肩を竦めた。
「確か、あちらでは小銭に金属が使われているんだったな。全く、巫山戯た話だ。その小銭でこちらではどれだけの価値になることやら」
そんなぼやきが聞こえてきた。
ちなみに、こちらの世界では小銭はセラミック製だ。造幣局機密の釉薬、塗料を使用して印字される。
紙幣についても、同様に造幣局機密の特殊な塗料で印刷される。「複製妨害」が施され、写真や印刷のための魔法を使うと、それを妨害して、複製と分かる図柄が浮かび上がるようになっている。
「どうも、小銭についてはうちの娘も失念しているようなので、念のため僕からも伝えておきます」
「だが逆に、向こうがそれを知って、金属を不当に高値で売り付けようとする可能性は?」
「いや。それもあるので、全面禁止です。皆さんも既にお聞きになっていると思いますが、既に各国の大使から問い合わせがじゃんじゃん来ています。正直、向こうがぼったくりをしてこようと、こっちにしてみれば、それでもお得な買い物になる可能性は高い。しかし、だからといってそれをやって各国を敵に回すのも得策ではないでしょう。この件については、然るべき管理の下で、問題が起きない体制が出来るまでは取引すべきじゃありません」
「うん。分かっているならいいんだ」
「ああ、だが魔法の品の持ち出しについて、気になることがある」
「何でしょう?」
「図鑑を始めとした、印刷物の扱いについてだ。言葉を覚えるため、やむを得ない事情があったことは理解している。しかし、これはあまりむやみに渡すべきではなかったのではないか? 幸いにして、向こうでも書物の内容は読める状態になっているようだが。あと、魔法関連の技術書の扱いについて、どうなっているか確認をして欲しいところだな。結果としては悪くないが、君の娘はまだ経験が浅い。独断専行をする危険性がある。なので、しっかりと手綱を握っておいて欲しい」
「申し訳ない。その点については、娘には言い聞かせておきます。流石に、魔法関連の技術書については、流出はしていないと思いますけどね。防衛上の都合により、慎重に扱えと既に言っているので。あと、ティケア。ああ、失礼。うちの優秀な家令です。彼も若い頃は外交宮にいたので、経験はあります。なので、その点については彼からも娘に注意しているでしょう」
今、異世界側に送られている書物も、その多くは魔法による撮影や複写によって刷り上がったものだ。原理としては、魔法を組み込んだ塗料を含んだ印画紙が、人の意思に感応して像を焼き付ける形という理屈だ。
であれば、マナが無いというあの異世界では、その印刷も消失してしまう。本の中身が真っ白になっていた可能性がある。そして、それを切っ掛けに「あちらでは魔法が使えない」という情報が露見していた恐れもあった。
そうなっていないのは、偶然あるいはアサ=キィリンの不注意がもたらした結果である。
彼女は天皇との謁見の際、思わず家族の写真を見せてしまった。その時点で写真が何も写っていない状態になっていても、不思議ではない。しかし、そうはならなかった。
この経験から、アサ=キィリンは印刷物に関しては、異世界に送っても無事だと確信したのであった。
アサ=ユグレイは我が娘ながら、肝の太い真似をするものだと思った。こうして、向こうでも魔法が使える可能性。それを欺瞞出来たという意味では、大いに意味があるが。
ちなみに、これによって「マナには自由マナと固定マナの二つの状態がある」「マナは結果の顕現と時間の経過によって、その二つの状態を行き来する」という仮説が有力なものとなり、その分野の研究者達を大いに湧かせていたりする。「マナの無い環境」というもので出来る実験の可能性も示唆された。残念ながら、彼らにはもうしばらくは待って貰うしかないのだが。
「どのような書物を向こうに贈ったのかといった、そういう一覧は用意出来ますか?」
「そこは、管理しているはずなので、可能かと。でないと、予算だとか帳簿だとかがどうにもなりませんし」
「じゃあ、それを送って貰うように頼んで欲しい」
「分かりました」
「それと、魔法と金属についてもだが、宗教の勧誘についても抑制をお願いしたいな。知識としては知りたいところだが、思想の侵食や、それによる対立を持ち込まれては困る」
「それもそうですね。伝えておきましょう」
隣でキリユが素早くメモに書くのを彼は確認した。
歴史上、宗教による対立は後を絶たない。特に前帝国時代の話だが、宗派によって神とマナの扱いで細かい違いがあり、どれが正当だの何だのと、何度もそれで戦争が起きた。
「ちなみに、ルテシア市にはこちらから出した話について、具体的にはどうしろというか、そういうのは決まっているのか? 着替えをするための指定の場所の確保とか」
「それについては、ティケアに任せれば何とかしてくれるだろうと思います。詳細は彼に任せますよ」
「あなたは、ティケアさんに甘えすぎです」
隣の席に座る妻、キリユから窘められる。
「いや、まあ……そう言ってもね?」
とはいえ、彼は実際に昔から優秀で、こうして自分の自由な裁量で動ける仕事を与えないと、むしろ不機嫌になったりする様な男だ。このくらいの扱いで、丁度いいと思っている。
あと、楽だし。
まあ万が一、彼や娘が悩みを言ってくるようなら、そのときになって動けばいいのだ。それが出来ると判断した上で、こういう真似をしているつもりだ。
「ルテシア市には詳しくないが、観光する場所は多いのかね?」
「まあ、それなりには? 大都会とは言いがたいですが、曲がりなりにも領主所在市です。自慢出来るところは色々とありますよ」
そういう意味では、出来るだけ異世界の人達にも楽しんでいって貰いたい。
「あと、こちらが向こうに提案というか要求したいことは、互いの人間の輸血の可否ですね。これをお願いしようかと考えています」
「輸血?」
「万が一、突然の怪我や病気が起きたとき、どう治療したものか問題になりそうですから。原則、元の世界に戻って治療という形ですが、状況次第によってはそんな暇が無いかも知れません。そのとき、現地で輸血のような処置が可能かどうか、確認して起きたいのです」
「ああ、確かにそれは必要だな」
「入国管理については?」
「管理用の印章と書式、それと手順を今度の便で送ります。娘もティケアもその資格は無いので、越権ではありますが、やむを得ないでしょう」
入国審査は、外交宮の担当ではない。
「それ用の人間を送ることも、検討しないといけないようだな」
「場合によっては、通路近くにそれ用の建物を用意した方がいいかも知れませんね。これも、向こうに提案しましょう」
「しかし、輸血の可否を皮切りに、向こうからも、学術研究絡みでかなりの要望が来そうだな。それについては、何か考えはあるのか?」
「それは、正直言って検討を始めたばかりです。まあ、こっちとしても興味深いものが多く出てきそうですが? それでも、こちらが教えていいものかどうかの審査は、イシュテンのみで決めていいかというとこれまた難しいところです。各国と相談する必要があるでしょう。話せる程度に案が纏まってきたら、皆さんにも伝えます。数日中を目処に考えています」
これについても、速やかに相談できるよう。各分野の専門家を招き入れたいところである。
「その審査の体制については、出来れば向こう側にも飲んで貰いたいところですな」
「情報の流出が調整できれば、防衛ドクトリンの確立に必要な時間も稼げる。と?」
「ええ」
防衛ドクトリンについては、着々と準備が進んではいるが、完成にはもうしばらくかかる。まあ、それでもまだ「暫定対応」というものになるのだが。
「ところで? 自分からもアサ君に一つ質問があるのだけれど? 先ほどの話とは無関係なのだけど」
「構いません。何ですか?」
彼は、しばし頭を掻いて、訊いた。
「君。何だか、最近凄く不機嫌に見えるってあちこちで噂になっているんだけど、何かあったの?」
「いや、そんなつもりは無いのですが?」
「いやいや? もの凄いのに眉間に皺が寄っているって聞いたぞ?」
「君の怒りが、大気に満ちているというか? そんな話もある。異世界対策室に何か確執でもあるのか?」
「時折、外相殿への視線が鋭いようだが?」
がやがやと、そんな声があちこちから漏れてきた。
自重していたつもりだが、どうやら隠し切れていなかったようだ。アサは肩を落とし、己の未熟を恥じた。
隣の妻が、大きく溜息を吐く。
「娘があちらの外交官。シラミネ=コウタと撮った写真で、彼と少しくっつき過ぎなんじゃないかって、それで余計な心配しているんですよ。このお馬鹿は」
「あぁ」と、何とも言えない声が会議室のあちらこちらから漏れるのが聞こえた。
なお、この件についても、娘には厳重に釘を刺すつもりだ。
「あと、この件で私達はルテシア市への帰省が先延ばしになりましたから。娘に会えないって拗ねてるんです」
「畜生っ!」
怒りがぶり返し、アサ=ユグレイは思わず机を叩いた。
ええと? アサ=ユグレイはこんなですが、優秀な人なんですよ?
娘が絡むとポンコツなだけで。
今後、優秀なところを……出せたらいいなあ(遠い目)。
あと、段々と1話あたりに使う文字数が、以前に比べて多くなりがちになってきている気がする。