もう少しだけこのままで
白峰、無事に生還。
今日の予定だった視察を終えて、アサは秋葉原のゲート前へと戻った。白峰がゲートを抜けて、こちらにやってくる。
白峰が無事で、アサは一安心した。これで、思いあまったミィレが白峰に危害を加えていたら、目も当てられない。いや、流石に無いとは思うのだけれど。
「何とかなったみたいね?」
そう言うと、白峰は微苦笑を浮かべた。
「まあ、そうみたいです」
「ミィレとは何を話したの?」
「いえ? 特には? 朝にした内緒話の内容を白状したくらいです。ミィレさん自身、無自覚だったようですけど。やっぱり、どこかで自分のことを警戒していたみたいです。貞淑な人ですね」
「まあね。イシュテン女は大体そんな感じだけれど、ミィレは特にそうでしょうね。うん」
納得だと、アサは頷いた。
「それと、少し自分に嫉妬もしていたかも。とか、言っていました」
「嫉妬?」
「ミィレさんは、そんなにすぐにはアサさんと仲良くなれなかったからって」
「ああ、確かにそれもありそうね。私もサガミ=ヤコに相談してみたんだけれど。そういう可能性を言っていたもの」
「ええ、アサさんとミィレさんは、本当に仲が良いんですね」
そう言って、白峰が優しい視線と微笑みを向けてきた。アサは小さく呻く。何か、凄く嫌な予感がする。
「ちょっと? あなた、ミィレから何を聞いたの?」
軽く、白峰を睨んでやった。まったく、彼は動じなかったが。
「個別の話は長くなるので、ミィレさんに確認して下さい。昔話に花が咲くと思います。あと、自分も、これから戻らないといけないですし」
愉快そうに笑う白峰に、むぅとアサは呻いた。
ゲートの向こうに立つミィレが、凄く上機嫌な笑みを浮かべている。こいつら、グルか? こうして、私をネタにして楽しんでるんでしょ? 目を離している間に、すっかり仲良しになっちゃってっ!
「分かったわよ」
「ああ、変な話は聞いていないから、そこは安心していいと思いますよ?」
「そういう問題じゃないんだけど。……もう」
アサは大きく溜息を吐いた。まあ、不愉快というわけでもないのだけれど。
「あと、これは提案ですが」
「何よ?」
「アサさんからも、ミィレさんに態度で示した方がいいのかも知れません。ミィレさんから離れようしているわけじゃないんだって。その方が、ミィレさんも安心すると思います」
「それ、サガミ=ヤコからも言われているのよねえ。どうしようかって悩んでいるけど。何かいい方法、無いかしら?」
そう訊くと、白峰は親指を立てて白い歯を見せてきた。
"大丈夫。アサさんならきっと出来ます。自分は信じていますから"
ここで、朝の意趣返しかっ!?
ミィレはシラミネのことを自分と似ていると評していたけれど。こうして人をからかうあたり。この男、実はミィレとも似ているんじゃないの?
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ゲートを抜けて、ミィレと共に馬車の中へと乗り込む。
「お帰りなさい。お嬢様」
「出迎えご苦労様。ミィレ」
隣にミィレが座った。
近くで見ても、ミィレの表情は大分晴れやかなものになった気がする。なるほど、ここ数日の間で、気付かないうちに随分と鬱屈とした感情を抱えていたのだなと、今更ながらに気付いた。小さな変化が少しずつ積み重なっていたから、分からなかったのだろう。
「随分と、上機嫌じゃないの?」
「えへへ。何かこう、シラミネさんに色々と話を聞いて貰っていたら、気分がすっきりしました」
「あなたねえ? それで、一体何を話したのよ? シラミネからは、色々と私のことを聞かされたって聞いたんだけど?」
「変なことは話していませんよ?」
「それは、分かっているけどっ!」
アサは軽く睨み、唇を尖らせて見せた。それでミィレが狼狽えたりしないのはいつものことだが。
そして、こういったいつものやり取りをするようになって、随分と経ったものだと思った。お互いにもう子供じゃない。大人になった。
ミィレが懐かしそうに微笑む。
「そうですね。私とお嬢様の、最初に出会った頃の話とかしていました。私は、なかなかお嬢様に心を許して貰えなかった。みたいな話とか」
「あ~。まあ、そういえばそうだったわね。最初に来た頃って、あなたいっつもピリピリしていたもの。私もミィレみたいな歳の知り合いって、当時はいなかったから、どう接していいか分からなかったし」
ん? と、アサは気付く。
「じゃあ、ひょっとして話したのってそれ? 私が書斎で寝ていたらミィレに寝込みを襲われて、頭を撫で回された」
「人聞きの悪い言い方をしないで下さいっ!」
ミィレが抗議の声を上げる。いつものお返しよ。
でもまあ、反応からすると、やはりその話は出ていたようだ。
「それで、シラミネに嫉妬でもしていたの? 自分は時間を掛けて仲良くなったのに、いきなり現れた男が、私とあなたの間に割り込んでくるんじゃないかって?」
気恥ずかしそうに、ミィレは頬を赤らめた。
小さく、アサは嘆息する。恥ずかしいが、覚悟を決めた。
「ミィレ」
「はい、何でしょうか?」
「私の頭、撫でなさい」
えっ? と、ミィレの口から戸惑った声が聞こえた。
「はい。分かりました」
けれどすぐに、嬉しそうな声が返ってくる。ふわりと、アサの頭の上に彼女の手が置かれた。
「お嬢様も、大きくなりましたよねえ」
「お互い様よ」
身長は、大体同じくらいのはず。初めて会った頃は見上げていた彼女が、今では視線が並んでいる。
「安心しなさい。私はシラミネに取られたりしないから」
こんな風に私の頭を撫でることが出来るのは、あなただけなのよ? ミィレ?
「はい、安心しました」
ミィレが頷く。
「でもどこかで、私もシラミネに気を許しすぎていたかもね」
「そうですか?」
「ええ。ミィレが言っていたじゃない。私とシラミネが似ているって。私は一人娘だけど、兄がいたらあんな感じだったのかもとか、どこかで思っていたのかも?」
くすくすと、ミィレの笑い声が聞こえた。
「本当によく似ていますね。シラミネさんも、お嬢様のことを妹がいたら、ああいう感じなのかもと言っていました」
「シラミネには言わないでよ?」
「言いませんよ? 私、口は堅いつもりです」
「本当に? あなた、さっきシラミネからの私の印象をあっさりとバラしたんだけど?」
「だって、約束していませんから?」
けろりと言ってくる。
これを知ったら、シラミネはどう思うことやら? いやまあ、苦笑いで済ませそうな気もするけど。
やれやれと、アサは小さく息を吐いた。
「まあ、何にしてもミィレの気が晴れたようでよかったわ」
「そうですね」
小さく、頷いてくる。そして、彼女はどこか遠くを見詰めた。
"ええ、きっとそういうことなんです。だから、もう少しだけ、このままでいさせて下さい"
噛み合わない返答に、アサは首を傾げた。
「ねえ? それ、どういう意味?」
「いえ、何でもありませんよ。ただの独り言です。私の中で、納得したっていうだけですから」
ミィレは曖昧に微笑む。
「ふぅん? ならいいけど」
心の中は誰にも分からない。本人でさえよく分からない事なんていくらでもある。
今回の件はミィレも中でも、何がどうだったのかよく分かっていなかったようだから、そんな呟きが漏れることもあるのだろう。
でもまあ、それで心の中の整理が付いたのなら、それでいいと思う。
ミィレ。これからもよろしく。そう、アサは心の中で呟いた。
実は前回が、白峰の死亡フラグ回避エピソードでした。
そして、今回がアサの死亡フラグ回避エピソード。
色々と考えたのですが、ここで選択肢を間違えていたら、バッドエンド一直線になりました。
ミィレ、恐ろしい子(白目)。