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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【交流拡張準備編】
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甘酸っぱいわらび餅

アサに見捨てられ、孤立無援となった白峰。

 大学近くに建てられた美術館の見学を終え、白峰とミィレは、クムハ=ハレイの夫が経営するという料理屋へと向かった。

 時間は午後の一時を回っている。昼食には少々遅い時間かもしれないが、混雑する時間は避けたかった。「多分、その可能性は低いとも思うんですけどね」と、ミィレは苦笑していたが。

 だがそれでも、美術館の中で遠巻きに注目される経験をすると、出来れば食事くらいは人目を避けたい。それが出来る可能性が高い選択を選びたい。


 結局、ミィレとは朝からあまり会話が出来ていない。幸い、怒っているという圧は彼女から受けてはいない。けれども、何をどう話したらいいものか。気づけば沈黙が続いて、気まずい。

 大通りのかなり端の方に、その店はあった。

 外観は、日本にあるチェーンの定食屋と喫茶店を足して割ったような印象を白峰は感じた。喫茶店だと大きなガラス窓になっているものが、漆喰の壁と格子のガラス窓になっている。

 引き戸になった入口から、店内に入った。


「いらっしゃいませ」

 カウンターには白い頭巾をかぶった男が立っていた。年齢は三十代半ばくらいか? クムハ=ハレイの夫だろう。白峰は会釈した。

「こんにちは、クムハさん。お食事しに来ました。まだ、時間は大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。来てくれてありがとう。好きな席に座って」


 白峰は店内を見渡した。客は自分達以外に誰もいない。それでも、掃除が行き届いているのは分かる。

「それなら、奥で?」

「はい」

 言葉少なに意思を確認し、白峰とミィレは店の一番奥にあるテーブル席に座った。

 着席して、備え付けられたメニューを見る。詳細は分からないが、書かれている内容を見るに、ランチタイムの定食メニューのように思える。


 「これかなあ?」と決まったところを見計らって、クムハ=リンレイが席へとやってきた。にこにこと、笑顔を浮かべてくる。

「決まりましたか?」

 白峰は頷く。

「この、焼き魚とキノコの炒め物をお願いします」

「私は鶏肉の炒め物で」

「分かりました。少々お待ちを」


 伝票に注文を書き、クムハが厨房へと戻っていく。

 向かい合って座った形だが、何を話したものか? 話題が何も思い浮かばない。というか、無理に話そうとしても避けられていくような気がして、話しかけられない。しかし、逆に何も話さなかったら話さなかったで、ミィレは寂しそうな表情を浮かべているようで、それもまた辛い。アサと会談してからの数日を思い返すに、そんなパターンだった。


 どうすればいいんだ。と、思い悩んだ挙句がアサへの相談であり。そして、どうやらそれも裏目に出てしまったようだ。

「失礼。ひょっとして、君がシラミネ=コウタで合っていますか?」

 不意にカウンターから声を掛けられ白峰はそちらに顔を向けた。

「はい、そうです」


「ああ、やっぱり。耳が丸いし、ミィレちゃんと一緒に来たので。そうだと思いました。妻は『ひょっとしたら』と言っていたけれど、本当に来てくれるとはね。驚きました」

「営業熱心な奥さんですよね」

 白峰は微苦笑を浮かべた。


「妻に言わせると、僕の営業努力が足りなさ過ぎのようですけれどね。ああ、それと先日は鉄の飛空艇の話を妻にしてくれてありがとうございました。見ての通り飛空艇馬鹿なので、失礼もあったかと思いますが、それでも嫌な顔せずに話をしてくれて、夫としても嬉しいですよ。あの晩は、妻は興奮しっぱなしでした」

「いえいえ。自分としても、親しみ易くて話が弾みました。明るくて元気な人ですよね」

「ええ、僕もそこに惹かれました。まあ、周囲から無理やりくっつけさせられた部分も大きいですが」


 カウンターの奥から、香ばしい匂いが漂ってくる。

 空気が少し緩むのを感じて、白峰は安堵した。

 

"シラミネ=コウタは、クムハさんやお嬢様のような、自分に素直で明るい人がお好きなんですか?"


 不意のその質問に、白峰は心臓が掴まれたような気がした。

 ごくりと、喉が上下するのを自覚した。この回答が、自分の運命を大きく分ける。それこそ、生きるか死ぬかに等しいような? そんな緊張を覚える。


 だが、どうする?

 ここで「好きだ」と答えた場合。多分、ミィレからの印象はよろしくないものになる。それは、何だか凄く辛いことになる気がする。

 しかし「そうじゃない」と答えることは、立場的な理由から言えない。それに、自分の心に嘘を吐くような真似も出来そうになかった。

 なので、少しだけ考えて、答えた。


「一言で説明するのは難しいですが。自分も、ミィレさんと同じ気持ちだと思います」

「ズルイ答えですね」

「自分もそう思う」

 若干目を細め、唇を尖らせるミィレに、白峰は苦笑を浮かべた。

「だけど、これが一番、正確な答えの気がする。それは本当です」

 じっ、とミィレが見つめてくる。真偽を見極めようと。


「その割には、お嬢様と随分と仲がよろしいと思いますけど? 朝だって、私に分らない言葉でお嬢様と内緒話をするくらいに」

「それは、ごめん。別に変な話をしていたわけじゃないんだけど」

 白峰は観念した。黙ったままで逃がしてくれそうな気がしない。白状する。


「あれは、ミィレさんについて訊いていたんです。最近、避けられているような気がして、自分が何かミィレさんに失礼な真似をやらかしたのかとか、気になって?」

「えっ!?」

 ミィレが目を丸くした。

「あ、そうでしたか。すみません。シラミネ=コウタにも迷惑掛けてしまっていたんですね。ごめんなさい」

 そして、彼女は肩を落とした。


「その様子だと、ミィレさん自身もよく分かっていない?」

 ミィレは頷いた。

「ええ。シラミネ=コウタがお嬢様やクムハさんと話すのを見ていたら。それから何だか調子が狂ってるみたいです」

「アサさんから聞いた話から考えて。自分はミィレさんから警戒されているのかなって、そう思っています」

「警戒ですか?」


「ああいや、その。ミィレさんが武門の家の出で、男女のお付き合いに厳しいこととか。アサさんを妹のように大事にしていることとか。それで、自分のことを可愛い妹に馴れ馴れしく近付く悪い男みたいに? そんな感じに思われてしまったのかと。自分には、そんなつもりは全然無かったんですが」

「あっ」

 言われて気づいた。そんな感じで、ミィレは声を上げた。

「そうですね。気付いていなかったけれど、そうかも知れません」


 くすくすと、ミィレは笑った。「本当に、ごめんなさい」と続ける。

「あと、シラミネ=コウタに嫉妬もしていたかも知れません。私は、お嬢様とそんなにすぐには仲良くなれなかったから」

「そうなんですか?」

「ええ。今から十年ちょっと前の話です。私も子供の頃に奉公に来たから。それで、寂しくても従者としてしっかりしないとって、上辺ばかり取り繕って。でも、だからお嬢様は本音が見えないって全然信用してくれなくて。睨まれてばかりでした」


「それで、どうやって仲良くなったんです?」

 懐かしそうに、優しい笑みをミィレは浮かべた。久しぶりにこの笑顔を見ることが出来て、白峰は嬉しく思った。

「詳しいことはもう忘れました。けれど、確かお嬢様がティケアさんに叱られたときだったと思います」

「そうなんですか?」

「ええ。それで書斎の奥で不貞寝していました。それを見ると、実家の弟のことを思い出して。気付いたら頭を撫でていました。それからです。ちょっとずつ、お互いに打ち解けることが出来たのは」

「なるほど」


 そんな思い出が、彼女たちの間には色々とあるのだろう。そこにいきなり、自分のような部外者が割り込んできたら、面白くないのは仕方ないかもしれない。

「じゃあ、シラミネ=コウタも、お嬢様のことは妹のように思っている? そういう、ことなんでしょうか?」

「うーん?」

 白峰はしばし虚空を見上げた。

「自分は一人息子なのでよく分らないけど。そうかも知れない。もしも、妹がいたらあんな感じかもって思う。いや、我ながら失礼かもしれないけれど」

 うんうんと、白峰は頷いた。なんというか、凄く納得感がある。


「じゃあ、私達は似た者同士なのかもしれませんね」

「そうかも知れないですね」

 くすりと、お互い笑った。こうして彼女と一緒に笑えたのは、随分と久しぶりな気がする。

「お待たせしました」

 クムハ=リンレイが出来上がった料理をテーブルに持ってきた。湯気とともに、食欲をそそる匂いが湧きあがる。


「あれ? クムハさん? これ、一品多くないですか?」

 ミィレがテーブル上に置かれた小皿を指差す。同じものは白峰の前にも置かれていた。

 透明でプルプルとした丸い塊に、赤く鮮やかな液体がかけられている。

「いや? ミィレちゃんが元気無いようだって、嫁から聞いたからさ? サービスだよ。元気づけられるかって思って。入ってきたときはそんな感じに見えたけど、そうでもなかったのかい?」

「はい。もう、大丈夫です。なんだか、心のもやもやが片付いた気がしましたから」

「そうか、そりゃよかった」

 クムハ=リンレイから、ほっとした声が漏れた。


「シラミネ=コウタ? これ、私大好きなんですよ?」

「先に食べてみても?」

 訊くと、クムハ=リンレイは頷いた。

 透明の塊を箸でつまんで、口に入れる。フルーツソースか? 仄かな甘みの塊を甘酸っぱいソースが引き締める。


「わらび餅? の、フルーツソース掛け?」

 食材がまったく同じということはないだろうが。だが、食べた印象としては、そんな感じに近いかも知れない。

「何ですかそれ?」

「日本にも、似たような食べ物があるんです。そっちは、黒糖蜜を掛けて食べたりするけれど」

「そうなんですか?」


 白峰は頷く。

「自分の実家の近くにあるお菓子屋でも作っていて。安いからって、子供の頃によく食べました。懐かしいな」

「そうなんですね。私は、これは母親がよく作ってくれたんです」

「だから、僕はお屋敷に勤めていた時は、ミィレちゃんが落ち込んだ時によくこれを作ってあげたんだ」

 照れくさそうに、ミィレが顔を赤くする。


 この二人、仲がいいんだな。と、白峰は思った。彼らの間にも、自分の知らない長い付き合いがあるのだから、当然と言えば当然なのだが。

 少し、心がザラつく。この旦那さん、結婚して子供もいるのに、女性を「ちゃん」付けというのは、少々馴れ馴れしすぎやしないだろうか?

 ふと、そんなことを思い。白峰は苦笑を浮かべた。ああなるほど、確かに自分と彼女は似た者同士なのかも知れない。


「ミィレさん」

「はい」

「いつか、出来るようになったら、お土産として日本のわらび餅を持ってきますよ」

「本当ですかっ!?」

 ミィレが顔を輝かせた。


「はい。あなたに、食べて貰いたいです」

「楽しみにしてます。約束ですよ?」

「はい。約束です」

 重々しく、白峰は頷いた。武士に二言は無い。正確には武士ではないが、少なくとも心構えはそのつもりだ。


「シラミネ=コウタ?」

「はい。何でしょうか?」

 クムハ=リンレイに呼びかけられ、白峰は彼に視線を向けた。

「ミィレちゃん、いい子だからさ。これからも仲良くしてくれないかな?」

「ええ、喜んで」

 嘘偽りなく、心の底から白峰はそう誓った。

今回、いつもより大幅に文字数多いなあ。まあ、エピソードの切り分け字数は目安だと割り切ろう。

なお、異世界のわらび餅については、似たような感じのデザートは検索したら見掛けましたが。

これまでも何度か言いましたが、本当に美味しいかは、自己責任でお願いします(おい)。

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