白峰晃太の見る異世界
白峰が見た異世界とは、どんな世界なのか?
【2019/08/28】
元々7話だったものをこちらに移動しました。
奇妙な世界だ。というが白峰晃太の率直な感想だった。
絵本か何かに出てくるような豪奢な造りの馬車に揺られながら、窓の外を眺める。
ゲート抜け、たどり着いた異世界の街並みは、整っていた。
道路は灰色の煉瓦で舗装され、その脇には2階建てもしくは3階建ての、白い壁の建物が並んでいる。
街並みから、ここが住宅街ではなく商店街であると白峰は判断した。住宅街にしては、区画が整理されすぎている。それに、建物と道路の間には陳列棚と思しきものが並んでいたところもある。流石に、商品は置いていなかったが。
強いて上げれば、地中海近辺にある古都の街並みがこんな具合かもしれない。白峰にはそう思えた。
一見すると普通なのだ。仮にこの風景を写真に撮り、持ち帰って見せたなら、ほとんどの人間は何の違和感も無く受けれることだろう。
でも、だからこそおかしい。
"ここは異世界だというのに、何故このような街並みなのだ?"
特に、この世界はあのゲートを生み出し、白峰達のいる世界と繋げるなどという芸当をやり遂げた、とんでもない技術力を持った世界のはずだ。実際、ゲートの発生源と思われる虹色の物体が、この世界にはあった。
だというのに、その技術力の片鱗が全く見られない街並み。
いきなりこちらの世界に攻め込んでこないあたり、好戦的ではない。平和と友好を優先というのは推測出来るが。
それに、この馬車もだ。何故、異世界に馬がいる? 厳密には、生物学的に調べると地球上の馬とは異なる生物の可能性の方が高いとは思うけれど。いや、でも何故、移動手段が馬車なのだ?
ゲートの発生装置との技術力の差が有り過ぎる。この矛盾をどう埋めればいいのだ?
ふと、肩に優しく手が触れられた。
思わずその手の主に視線を向ける。
白峰の傍らには、灰色の髪をした若い女が座っていた。メイド服をイメージして女性用スーツを改造したような、そんな印象を抱かせるような衣服を着ている。
見た目通りの年齢か分からないが、恐らく自分と同世代だろうと白峰は判断している。どうやら、彼女が自分の誘導役をしてくれるようだが。
ゲートを通って出会ったとき、彼女は開口一番、自らの胸に手を当てて「ミィレ=クレナ」と言った。
「ミィレ=クレナ」というのは、恐らく彼女の名前だろう。彼女に手のひらを向けてその言葉を発すると、うんうんと頷いていた。逆に、自分に手を当てて言うと、困ったような顔を浮かべ、自分の胸をバンバンと叩いた。それは自分だと言わんばかりに。
なので、その場では白峰も「白峰晃太」と名乗ったのだった。
「シラミネ=コウタ」
そう言って、彼女は白峰を見つめ、にっこりと微笑んできた。まるで「大丈夫」「心配しないで下さい」とでも言わんばかりに。
そんな彼女に、白峰は微苦笑を浮かべた。どうやら、ついつい思考を巡らせすぎてしまったらしい。こうなると周囲が見えなくなるのは我ながら悪癖だと思う。
そんなに気むずかしい顔していたかと、白峰は反省し。彼女に笑みを返した。「大丈夫だ」と伝わることを祈りつつ。
ただ、ちょっとドキッとさせられるから、あんまり不用意に近くで見つめてこないで欲しいと思った。こっちは、恥ずかしいので伝わらなくていいのだけれど。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
馬車が向かった先は、広く立派な造りの建物だった。煉瓦造りの門を抜け、庭園に囲まれたそこは、物語に出てくるお屋敷そのものだった。
白を基調としているが、壁も含めあちこちに彫刻が施されている。これは、メンテナンスが大変そうだと、白峰は思った。
また、その趣が周辺の建物と異なることから、ここが特別かつ歴史のある場所であると判断した。
屋敷の中へと通される。
その中もまた、外観に負けず劣らず風格のあるものだった。
白い壁には数々の風景画が飾られている。
白峰には、美術品に対する審美眼には自信は無い。ましてや、この世界の美術知識は皆無なのだから尚更分からない。だが、それでも「良い」と思わせる何かがそれらには宿っている気がした。
屋敷の中の更に奥。全面に彫刻が施された大きな扉が開かれ、その中へと白峰は入った。
その造りに、白峰は一瞬息を飲んだ。ここに来るまでの道のりでも、傾向としては見えていたが、その中でもこの部屋は格が違う
緻密なモザイク模様の床と壁。まるで、宝石箱にでも入れられたかのような錯覚を白峰は覚えた。
世界各国で、文化財として保護される宮殿でも、ここまでの部屋はなかなかお目にかかれないだろう。
と、同時にこの部屋の意図がどこにあるのかを理解した。相手に対する敬意だ。そして、若干の威圧の意味も込められる。
白峰は身震いした。武者震いという奴だ。面白いと思った。このような「歓迎」はこの先、そう何度も受けられるものでは無いかも知れない。
外務省に就いて初めての折衝がこれというのは、むしろ幸いだろう。誉れと思うべきだ。
白峰は胸を張り、笑みを浮かべた。
かつて、遠いご先祖には大名に仕えた武家の人間もいたらしい。そのご先祖もきっと、戦に臨むときはこのような笑みを浮かべたのだろうと、そんなことを思った。
部屋の中央。長方形をしたテーブルの傍らには、壮年の男が一人立っていた。
濃紺に白いものが混じった髪を短く刈って整え、長身痩躯の体格にぴったりと沿った、背広のような服を着ていた。「ような」というのは、これもまた背広とは少し趣が違うからだ。スーツよりは、その原形である軍服のシルエットに近い。またその胸には家紋か階級章を思わせるような、花の刺繍が施されていた。
彼がこの場の責任者ということなのだろう。実際、それに相応しい雰囲気を身に纏っていた。
直感は大事にしろ。それが白峰の信条の一つだ。その直感に従うなら、目の前の男は「信頼に足る。なれど油断は出来ない」だ。こちらの一挙手一投足すべてを情報として、推し量る人物だと思った。柔らかい笑みを浮かべながらも、その視線はどこまでも真っ直ぐで、こちらの心の内まで見透かしてくるかのようだ。
ミィレが自身の腕を壮年の男へと向け、何事かを言ってくる。おそらくは「こちらへどうぞ」ということだろう。
それに従い、白峰は彼女に誘導されて男へと近付いた。
ミィレが自分に手のひらを向け、男へと何事かを話した。その中には「シラミネ=コウタ」と聞き取れたから、自分のことを紹介してくれたのだろう。
彼女に続いて、白峰も自分の胸に手を当てて、男へと一礼した。
「白峰晃太。と申します。日本という国の外務省に勤めております。本日はお招き頂き、ありがとうございます。若輩者ではありますが、本日はよろしくお願いいたします」
うん、と男は頷いた。
「ティケア=ルエス」
それが、男の名前だろう。そして、その後は何を言っているのか白峰には分からなかった。おそらく、自分と同じようなことを言っているのだろうと思うが。
だが、これでいいと思う。まずは、分からなくても、声を大にして言葉を交わすことが大事なのだ。そこから、彼らの名前のように、徐々に分かる言葉も見つかってくるはずだから。
抑えるところは抑えながらも、キャラは自由意志を与えて動かすことを心がけているんですが。
何か筆が滑ったというか何というか。この主人公(?)、勝手に妙なフラグを立てた気がします。
あるいは、ミィレがそうさせたのか? 3話書いた時点ではただのモブで終わらせるつもりだったのが、ここまでストーリーに食い込んでくるとは、ミィレ、恐ろしい子。