白峰とアサと内緒の相談
久しぶりに白峰とアサ登場。
これでしばらくは、ストーリーの焦点は彼女らに戻るはずです。
朝。いつもの通り、白峰は秋葉原へと訪れた。そして、ルテシア市からゲートを通ってきたアサと向かい合う。
最近は以前と違って少し変わったことがある。以前は擦れ違うときも互いに無言で、会釈をするだけだったのだが、今は軽く言葉を交わすようになった。まあ、話すと言っても簡単な挨拶や世間話くらいなのだが。
先日に、武装解除についての件などでアサ=キィリンと話してから、距離間が縮まった。そんな風に白峰は思う。これをアサが見越した上で、自分を指名したのかどうかは分からないが。でも、どっちにしろいい変化だと思う。
「アサさん。ちょっと話したいことがあるんですが?」
だが、今日はそういった挨拶とは違うきり出し方で、白峰は彼女に話しかけた。
「何かしら? あまり時間が無いのは、あなたも分かっていると思うけれど?」
「分かっています」
白峰は頷き、軽く咳払いをした。
『あなたは、英語は話せますか?』
なるべくゆっくりと、白峰は英語で彼女に訊いた。
数秒、アサはきょとんとした表情を浮かべた。けれど、すぐにこれが英語だと気付いたのか「ああ」と頷いた。
『英語なの? 少しだけなら。でも、ゆっくりと、簡単な言葉だけで話してよ?』
『そうします。分からなかったら、言って下さい』
『ええ』
ちらりと、白峰はアサの後ろを。ゲートの向こうに立つミィレを見た。
『ミィレさん。最近何かありましたか?』
『ああ、だから英語なのね?』
白峰は頷いた。あまり、ミィレには聞かれて欲しくはない。それをアサはすぐに察してくれた。
『何だか最近、少し避けられている気がするんですよ。話しかけると、それまで通り笑ってくれるんですけど』
じっとりと、湿った視線をアサが向けてきた。
『シラミネ? あなた、ミィレに何したの?』
『いや、何もしてませんって。少なくとも、自分に心当たりは無いですよ?』
慌てて白峰は首を横に振った。
『本当に?』
『本当です』
嘘じゃない。この目を見ろ。と、白峰はアサを見詰めた。アサもまた、それを推し量るように見詰め返してくる。
困ったように、アサは微苦笑を浮かべてきた。
『分かっているわよ。シラミネが悪い人じゃないってことは』
アサの笑みが悪戯っぽいモノのそれへと変わる。
『ひょっとしてそれ、先日に私と屋敷で話をしたときからじゃない?』
『そう言われてみれば、そうだったような?』
記憶を遡って、確認してみる。間違いない。
『では何か、アサさんには心当たりが?』
しかし、アサは肩を竦めるだけだった。
『何となく、ちょっと様子が変だなっては思っているんだけど。でも、私にもよく分からないのよ。彼女とは子供の頃からの長い付き合いで、妹みたいに可愛がって貰ったりもしたけれど。こうなったことって、見たこと無いわ。こんな状況だから、精神的に負担があるのかもとは思うけれど。それかしら? でも、そういう感じでもなさそうなのよね』
頭に手を当て、アサは唸った。
『なら、ミィレさんが嫌いそうな人ってどんな人か分かりますか?』
『あの子が嫌いそうな人? 誇りや信念の無い人間とか、乱暴な人間とか、優しくない人間とかかしら? でも、いいところを見つけるのが得意で、そこを評価することを心がけているから、本気で嫌う人を見たことって無いのよね』
『そうですか』
白峰は呻いた。やはり、手がかりを得るのは難しそうだ。
『まあ、あの子は。ええと……騎士? で、いいのかしら? 戦う人間の家の出だし、真面目なのよ。特に、男女間のお付き合いとかには厳しく――』
ん? と、アサは眉をひそめた。
『心当たりが?』
アサが頷く。
『そういえばあの夜。あの子、クムハがシラミネに親しげに話しかけてきたことを怒っていたわね』
『そうなのですか?』
『うん。クムハは人妻で子供もいるの。それなのにシラミネにそういう態度で接するのはよくないって』
そういえば、彼女は左耳に耳飾りをしていた。耳の縁を挟むような、シンプルな耳飾りだ。これまで見掛けた人の年代などから、婚姻の証か何かだと推測していたが。やはりそうだったみたいだ。
『言っておきますけど、自分もそういうつもりじゃないですよ?』
慌てて白峰は弁解した。
『分かっているわよ。ミィレだって、理屈の上では分かっていると思うわよ? ……多分?』
「多分」で目を逸らしてきたアサに、シラミネの不安は一気に増した。
『あと、それから私とシラミネが写真を撮ったことについても、怒っていたわ』
『証拠として残すのは普通だと思うのですが?』
『いや、その写真で、私とシラミネがくっつき過ぎじゃなかったかって』
白峰は自分の頬が引きつったのを自覚した。
『そっちも、そういうつもりは無いですよ? あくまでも、和やかな雰囲気で会談が出来たという事を伝えるためで。こちらでは上に見せても、指摘されませんでしたし』
とは言いつつ、自分でもこう「親しい友人」みたいな距離で、そういう意味では互いの距離は近かったように思うが。でも、不自然な距離ではなかったはず。
『でも、ミィレから見るとそうじゃなかったって事でしょうね』
『そんな』
白峰は大きく溜息を吐いた。
『ええと? じゃあひょっとして、自分が男女間のお付き合いにだらしない人間かも知れないとか、そんな風にミィレさんに思われてしまったとか? それで、警戒されている?』
『その可能性、あるのかも』
白峰は頭を抱えた。
そして、アサの肩越しに、ゲートの向こう側に立つミィレを見る。
いつもの様に、彼女は柔らかい笑顔を浮かべていた。けれど、目の錯覚かも知れないが、漫画的表現だと「ゴゴゴゴゴ」とかいう擬音と怒りのオーラを背負っているような?
アサも振り返ってミィレを見る。びくっと肩を震わせた。どうやら、彼女も同じものが見えているらしい。
『アサさん? さっき、ミィレさんからは妹のように可愛がって貰ったって言っていましたよね?』
『ええ』
『さっきから自分達は、英語で内緒話をしてしまった訳なのですが』
『そうね』
『これをミィレさんからの視点で見ると、どう見えていると思いますか?』
『男女のお付き合いにだらしない。そんな悪い男が可愛い妹にちょっかいを出している』
『言っておきますが、自分にはそんなつもりはありませんよ?』
『私もよ』
『自分は今日、これからミィレさんと市中を回る予定なのですが?』
『知っているわ』
『何とかなりませんか?』
その頼みに対し、アサはぽんと、こちらの肩を叩いてきた。
"頑張って。あなたならきっと出来るわ。期待している"
そして、彼女はすっごくイイ笑顔を浮かべてきた。
覚悟を以て仕事する。それが白峰の信条である。しかし、このとき初めて彼はその覚悟が砕けそうな気がした。
【次回予告(嘘)】
ゲートを抜けた白峰を待っていたのは、地獄の従者だった。
忠誠に込められた欲望と暴力。
魔法文明が生み出したソドムの街。
情欲と義憤、誠実と疑心がヘドロと化した、
ここは異世界のゴモラ。
次回「白峰。帰らず?」
彼は、生き延びることができるか?