ルテシア市の小さな料理店
前回に書いた、ルテシア市で経営している料理店です。
カウンターに座り、アサ家のお抱え飛行士、クムハ=ハレイは遅い夕食を摂っていた。
明日から数日、また王都への長距離飛行になる。王都直属の飛行士もこちらに来て、異世界関連について、密に連絡が取れる体制は出来たが、それはそれとして、アサ家としての連絡は続ける必要がある。それは、こっちの仕事だ。
夕食は生野菜多め。途中で立ち寄る町でも生野菜は食べられるが、携帯食料を常備する仕事のせいか、こういうものは食べられるときに食べておきたいようになった。
昔、先達から聞いた頃は半信半疑だったが、今はその通りだと思う。
ちなみに、仕事で飛ぶ経路は王都とルテシア市間だけではない。王都に行くのは一月に一回程度。先輩のもう一人のお抱え飛行士と交代で飛ぶ。そうでないときは、近隣都市の貴族間の連絡にも飛び回っている。
神代遺跡が起動し、異世界と繋がってここしばらくは、王都中心で連絡していたため、近隣都市とのやり取りは滞りがちになっていた。
最低限の連絡ということで、やむなく郵便を使っていたが、それでも滞っていた分を取り戻すべく、王都から帰ってからも奔走することになった。手紙だけではなく、対面でなければ伝えきれない情報を拾うというのも、飛行士の大事な役割だ。
「ごちそうさま。美味しかったわ」
「そうか」
言葉は少ないが、カウンターの隣に座る夫は、嬉しそうに微笑む。
この旦那の笑顔を見て、料理を食べる度に思うのだ。ここが、自分の帰る場所なのだと。ここの存在は、仕事を続ける上で大きな意味を持っているように思う。例えば、あまり考えたくない可能性だけれど、何か事故が起きた場合。「必ず生きて帰る」という気力の維持とか。
夫との馴れ初めは「早めに結婚しろ」「そして、帰る場所を作れ」と、先輩に無理やりくっつけさせられたようなものだった。けれど、今では感謝している。
自他共に認める飛空艇馬鹿と、料理馬鹿だ。そんなお節介でもなければ、永遠にこうはならなかったことだろう。
まあ、何も不満が無いかと言えば、そんなことはない。正確には、不満というよりは悔しい点だが。
一つは、夫の方が料理が美味いということだ。イシュテン女としては、プライドが少し傷つく。
だが、それは相手がプロなので仕方ない。しかも、修行したところがアサ家の厨房であるからなおのことだ。
もう一つは、もうすぐ五歳になる娘が、夫の方により懐いていることだ。
家を空けることも多いし、世話も夫に任せてしまった部分も多いので、これも仕方ないことなのだが。いや、仕事と育児に理解のある夫で、贅沢言ってはいけないと分かっているけど。
娘が「お父さん大好き」「大きくなったら料理人になる」とか言っているのを聞くと、少し切ない。
せっせと飛空艇乗りの素晴らしさを説いてみたりもしているが、娘はあまり興味が無いようだ。勿論、無理強いはしないし、進路は子供の自由にさせるつもりだけれど。
その娘は、今はもう寝ている。客もいないので早めに店も閉めて、夫婦二人きりの時間だ。
「やっぱり、お客さん少ないわね」
「まあ、仕方ないよ。封鎖が解除され始めて、そんなに日も経っていないからね。出歩く人は、まだ少ないさ」
「まあ、それもそうなんだけどさ」
大通りの端っこという立地の問題で、元々それほど客はいないのがこの店だ。開業前に、もう少し空き店舗を探してみるべきだったか? それでも、一度来た客は高確率でリピーターとして掴んでいるようなので、じわじわと着実に繁盛しているとは思うのだけれど。
嫁の贔屓目はあると思うが、愛する夫の腕を考えると、もっと繁盛して然るべきな気がして、何だか面白くない。クムハは唇を尖らせた。
「でも、昼には君の言っていた、王都の飛行士らしい人達が食べに来てくれたよ」
「そう? どうだった?」
「それなりに、口には合ったと思う」
「根拠は?」
「美味しいって、聞こえたからね」
よしよしと、彼女は笑みを浮かべた。これで、この店の評判を王都にも持ち帰って広めてくれれば嬉しい。いや、流石にそれは望み過ぎな気もするけれど。
「あ、それと明日はひょっとしたら、ミィレとシラミネ=コウタが来るかも知れないわよ?」
「何だって? そんな話、聞いてないぞ?」
「うん。だから、今思い出したの」
やれやれと、夫は肩を竦めた。
「しかしまた突然だなあ。その話、どのくらい可能性があるんだ?」
「うーん? 二、三割くらい? 先日から、お嬢様があっちの世界の観光名所を見て回っているって言ったじゃない? そんな感じで、シラミネ=コウタもこっちの街を見て回りたいんだって。下見という意味で?」
「なるほど」
「シラミネ=コウタにもこの店のことは宣伝しておいたし、ミィレと街を見て回るっていうのなら、この店に来てくれる可能性も、そこまで低くないと思うのよ」
「そう上手くいくかなあ」
そう言って、夫は苦笑を浮かべた。
「まあ、もしも来てくれたら、そのときはせいぜい腕を振るうよ」
「ええ、頑張ってね。いつも通りでいいけれど」
ぐっ、と両手で握り拳を作り、彼女は頷いた。
「そう言えば、ミィレちゃんの様子がおかしいって言っていたけれど、今はどうなんだい?」
旦那はミィレがアサ家に奉公に来た頃からの古い知り合いだし、彼女とは十歳程度に歳も離れているから、気持ちは分かるのだが。もうミィレも「ちゃん」という歳でもない気がする。でもどうにも、夫にしてみたらミィレは何年経とうがそんな感じらしい。
彼女は首を横に振った。
「何か、まだ何だか様子が変な感じっぽいのよねえ」
「そうか。じゃあ、もし来たら何か励ましにサービスしておくよ」
「ええ、そうしてあげて」
さて、今日は早めに寝ることにしましょうかね。と、そんなことを考えて彼女は食器を纏め、洗い場へと向かった。
明日も早いのだ。
場末かもだけれど、着実にリピーターを拾う。
そんな連載をやれるように、自分はなりたい。
来週は都合により、多分月曜の投稿になります。