異世界訪問の心得
警察にも、異世界に行ったときどうするかとかそういう話が伝わってきたようです。
桜野信也は、数名の部下と共に、会議室に集められた。
何でも、異世界に行くときの手順だとか、向こうに行ったときにどう行動すべきかとか、そういった事について説明をするという話だった。
正確には、まだ異世界に行くのが自分達だとは決定していない。異世界側からの正式な返事が返ってきていないからだ。
「――とまあ、既に外務省の有島さんからも聞いているかも知れないが。君達にも、ゲートを通ってあちらの世界に行って貰う可能性が出てきた。それで、少し心構えをしておいて欲しいと、外務省からお願いされた。今、ゲートにいてここにいない人間にも、後で同じ話をするつもりだ」
桜野の更に上の上司から、そんな説明がされ、会議室にどよめきが湧いた。
確かに、有島からそんな話は聞かされていた。しかし、実際にこういう形でも話が伝わってくると、大分現実味が増してきたと感じてくる。
「さっきも言ったが、まだ異世界からの正式な返事はまだだそうだから、確定ではないそうなんだが。だが、ほぼ決まりだと思っていいらしい。確定したら、色々と手はずだとか、よく使うだろう向こうの言葉だとかを纏めて、こちらに連携すると。そう、外務省は言っている」
「ええと。結局、我々警察がその役目を受け入れると。それを警視庁も受け入れたということですか? いやまあ、自分は構わないんですが」
「まあ、そうなるな。本来の仕事じゃないと言われれば確かにその通りなんだが、曲がりなりにもゲート越しで、あっちの人達と顔を付き合わせてきたのは君達だ。桜野君が目立つが、あっちの人達と多少なりと話はしていたのだろう?」
あちこちから、返答の声が上がる。
「ジェスチャーで……ですけれどね?」
「あとは、有島さんから聞いた、本当に簡単な言葉くらいで、ですが」
それこそ「おはよう。元気か?」くらいである。
「それでも、その分まだ本当の初対面よりは気心が通じるだろうと、そういう話だ。それに、警察なら正義心を持って、犯罪は犯さないだろうとな」
「それもまあ、有島さんから聞いてはいましたが」
部下達と共に、桜野は互いに顔を見合わせた。
「じゃあ、我々はいつまで向こうに行ったりすることになるんですか?」
上司は軽く首を傾げた。
「正確にはまだ、いつからいつまでとは決まっていない。ただ、今は世界各国の研究者やら外交関係者なんかも、向こうとの行き来を希望しているそうだし。その体制が整うまでだろうな」
それまで、どれくらいの時間が掛かるのかは、分からないが。
「それで、パスポートが無い人間はちょっと用意しておいて欲しいそうだ」
そういう形式を用意するところは、実にお役所らしいと、桜野は思った。自分も公務員なのだが。
形式が無ければ、そこに責任は宿らない。でなければ、問題が起きたときに、責任と共に問題を解決することが出来ない。
「特に、桜野君。君はパスポートを持っているのか?」
問い掛けに、桜野は自分を指さした。
「え? 自分ですか? まあ、持っていますが」
「じゃあよかった。多分、最初に向こうに行くとしたら、君になる。もしくは、あっちからサラガさんだったか? 向こうの隊長がこっちに来るから、その付き添いをして貰うことになるからな。間に合えば、新しい翻訳機も用意をするそうだ」
「ええと。それはやっぱり、自分がサラガさんと一番、話をしていたからですか?」
「まあ、そうなる」
そりゃそうかと、桜野は頷いた。
「ちなみに、向こうに行くにしろ付き添いをするにしろ、警察の制服はちゃんと着ていくことになる。言っておくが、これはあくまで仕事だからな? だいたい、観光スポットを回っていくことになるだろうが、公務であり視察だ。だから、邪魔されたら公務執行妨害が適用出来ると考えていい。マスコミに囲まれたりとかしたら、そう言っておけ」
「向こうでマスコミに囲まれるとかは?」
「可能性はあるだろうが、あっちでも同様の法律があるそうだ。だから、それも心配しなくていい」
その答えに、桜野は安心した。
「ガイドマップだとかそういうのは、まだ準備中だそうだ」
部下の一人が手を挙げた。
「経費は請求書で落ちますか?」
「残念だが落ちない。向こうの飲食代とかは、自前で払ってくれ。行くときには両替も出来る様にするそうだ。あと、土産物というか、そういう持ち込みや持ち帰りは禁止だ。でなければ、下手するとそれを売ったりして大金を稼いだりという問題が起きかねないそうだからな」
それは、ちょっと残念だと思った。でもまあ、説明されれば懸念はもっともで、仕方ない。そのうち、自由に行き来できるようになったときに期待しよう。
「それから、写真を撮ってきてくれって言われている。カメラは向こうが用意するそうだ。異世界の様子が知りたいのは、向こうに行けない人間みんなそうだからな」
「具体的に、何を撮るとかはあるのですか?」
「いや? 勝手に民間人を撮るとかじゃなければ、好きに撮ってくれていいそうだ。一応、帰る前に撮った写真は、持ち帰っていいものか向こうが確認するそうだが。気の向くままに美術品でも街並みでも食い物でも、あっちの生き物でも、何でも撮ればいいんじゃないか?」
視察の割には、やっぱり随分と観光じみているよなあと思う。
今までは有島に仄めかされただけだったので、まだ伝えてはいなかったのだが、妻に言うと随分と妬まれそうだ。
「ああ、それと食い物屋について一つ言伝があった」
「何ですか?」
「何でも、あのアサ=キィリンの家に以前仕えていた料理人が経営する小料理屋があるそうだ。味は保証するから、よかったら寄って欲しいだと」
「宣伝ですか? ちゃっかりしてますね? そのお店」
「確かにな」
桜野を含め、部屋の各人から苦笑が漏れた。
でもまあ、折角だから機会があれば寄ってみよう。
次回は、異世界の料理屋に視点を当てます。
一応これもある意味で「異世界居酒屋」とか「異世界食堂」とかになっちゃうんだろうけれど。
パクりじゃないですよ? 本当ですよ?
「異世界居酒屋のぶ」は以前に二次創作を書いたことがある程度には好きですが。
それ故に影響を受けていて、エピソードによっては部分的に似通った雰囲気になることはあるかも知れません。でも、パクりをしようとは考えていません。
自意識過剰でおこがましい心配の気もしますが、念のため先に弁明をしておきます。