アサ=キィリンの評判と対策
今回、少しだけ視点が若返りました。
まあ、それでもアラサーなんですがね。
思い返すと平均年齢高いなあ、この連載。
佐上が出勤してグランドヒルホテルのロビーに来ると、既に月野は来ていた。
アサ=キィリンはまだ来ていない。だが、あと10分もすれば送迎車で到着することだろう。
つかつかと、肩を怒らせながら佐上は月野へと近付いた。
ここで一度、がつんと言ってやらなければならない。何を言うか? 「柴村技研に余計なことを言うな」だ。余計なこととはつまり「佐上が綺麗になった」とか、そういう話である。
そんなアホな話、社内に広められたら堪ったものではない。帰ったら絶対に弄られるに決まっている。そんなのゴメンや。
「おはようございます。佐上さん」
これまで通り、折り目正しく月野は頭を下げてきた。
「おう、おはようさん。あんな――」
「朝早くからすみません。ちょっと相談に乗って頂きたいことがあるのですが? よろしいですか?」
これから、捲し立ててやろうというその瞬間、機先を逸らされた。
小さく呻き、佐上は唇をへの字に曲げる。
「……何や? 話って」
こういうとき、強引にでも強く出られないのは、我ながら損な性格していると思う。
「はい。もしかしたら、というものなので、解決にそこまで責任を感じなくていいものなのですが」
「うん」
「実はですね? 白峰君によると、アサさんから、この国の国民からの彼女の評判はどのようなものかと質問があったそうなのです」
「うん? それがどうかしたん? あの人、めっちゃ評判いいやろ? 若くて美人の使者やで? 友好的な交流を望むって言うてるし。天皇陛下への謁見から日も経ったから、最近はニュースに取り上げられること減ったけど、人気者やん」
「ええ、それは白峰君もそう伝えたそうなのですが」
そこで、月野は嘆息した。
「問題は、そこから先です」
「先?」
「アサさんの名前で画像検索をすると、ニュース映像の他に、彼女のアニメ風イラストなども出てくるのです」
佐上は半眼になった。
「まあ、出てくるやろうなあ。オタクはそういうの自重せえへんし。あの子、エルフ耳の姫カットやし。萌え属性の塊やし」
そういう佐上も同類なので、そうなる流れはよく分かる。
「実際に、過去にも海外の政治関係者を題材にそういうイラストが流行ったこともあるので、そういう可能性もあるかとは思っていたのですが。こう、中にはセクシーというか、卑猥なものもありまして」
「ああ、なるほどなあ」
「後々、そういうものが彼女の目に触れることはあるかも知れませんが、出来るだけその可能性は避けたいのです。特に、今のような時期は」
「せやなあ。本人が見たら、愉快なことではないわなあ」
「とはいえ、こちらから国民の方々にお願いしたり、ましてや圧力をかけるというのも、得策ではないという考えもあります」
「確かになあ。下手にそういう真似すると、かえって反発して、そういうイラスト描く連中、絶対増えるもんなあ」
「解決の優先度は低いのですが、それでもどうしたものかと。ずっと放置されているんですよね、この問題。すぐに沈静化するだろうという期待もありましたが」
佐上の仕事なんかでも、不具合リストではときたまそういうものがある。どこの仕事も同じやなあとか、そんなことを考えた。
「アサさんに実際の反応を見て貰おうとするときは、どうしても引っ掛かりますし。暫定的には、検索条件にその手のものは弾くように指定して、結果表示後に除外条件を削除。それから彼女に見せるという対応を考えていますが」
「まあ、根本的な解決にはならんわな。何かのタイミングで、除外条件無しであの子が自分で検索することもあるかもやし」
「その通りです」
佐上は頭を掻いた。
「ほなら、こういうのはどないや? 良貨で悪貨を駆逐するんや」
「と、いいますと?」
「外務省に、広報とかそういう人おらんの? その人に頼んで、アサの写真を沢山取って貰って、それをマスコミにバラまくんや。人気者やから、新しいネタを提供すればマスコミも新ネタを喜んで使うやろ。ああ、あと外務省のホームページにも大々的に載せてな? 検索したら、まずはそっちが引っ掛かるようにするんや」
「なるほど。しかし、いつも同じ部屋ではそれも限界がありませんか?」
「そろそろ、部屋の中にある物も大分覚えて貰ったし、ここらで気分を変えて外に出るっちゅうんはどないや? せやな。もうすぐ封鎖が解除されるんやから、そうなると下手するとどこも見て回れんくなる。そうなる前に、あちこちを見て貰うとか」
月野は顎に手を当て、しばし考え込んだ。頷く。
「悪くないですね。具体的には、どこか案がありますか?」
「まずは、上野の動物園とかどないや? あそこ、封鎖の影響でかいからっちゅうんで優先的に封鎖解除されるんやろ? でもって、動物の世話せんといかんから、営業はしていなくても少しは人おるんやろ?」
封鎖とはいうが、それも完全にという訳ではない。移動が難しく、その上で定期的に状態確認が必要な物がある場合は、申請した上で、警察立ち会いの下訪れることは可能だ。
そうでもしなければ、例えば店の蔵で大量のつゆやタレを寝かせている飲食店も、営業の再開に支障が出る。
「いいと思います。アサさんを含め、後ほど提案してみましょう。相談に乗って頂き、ありがとうございました。助かります」
月野が頭を下げてくる。何だかこう、こいつの助けになったとか、それが悪い気分じゃないから不思議だ。背中がこそばゆい。
「いやいや。おたくら頭ええんやから、こんくらい自分で思い付きや? うち、大したこと言ってへんのやから?」
「いえ。確かに、思い付こうと思えば思い付けたと思います。しかし、我々も万能ではありません。ときとして、発想が凝り固まったりすることもあります。そういうときに、こうしてアドバイスを頂けるのはありがたいのですよ」
「そ、そうか? まあ、また何かあったら言いや? うち、頭足りんけど、足りないなりに何か考えてみるさかい」
佐上は笑みを浮かべた。自分はつくづく、困っている人がいれば助けずにはいられない性分なんだなあと再確認した。
「ああ、それと写真で思い出しました」
「ん? 何かあったんか?」
月野が頷く。
「柴村社長から、あなたの新しい服と丁寧なメイクによる姿がどのようなものか、写真を撮って送ってくれと言われました。なので、後ほど写真を撮らせて下さい」
「なっ!? 何でっ!?」
あんぐりと、佐上は口を開けた。
「柴村社長曰く『これは罰や。社長に向かって、ざっけんなやとか、どういう口の利き方しよるんかと』と言っていましたね。社員の皆さんに、佐上さんの元気な姿を見せたいとも言っていましたが」
「ちょっ!? 社長? 何でそれをこいつに言うねん? そんなことせんでも、うちが自撮りするっちゅうのに」
「『あいつに言っても、恥ずかしがりやから、絶対メイクとか手ぇ抜いて自撮りで済まそうとするやろうから』だそうです。その様子だと、完全に読まれていたようですね。従業員のことをよく理解している方のようです」
佐上は頭を両手で挟み、声なき声で叫んだ。
「しかし、気になるので、差し支えなければ教えて頂きたいのですが?」
「何や?」
佐上は月野を睨んだ。八つ当たりだとは思うが、睨まずにはいられない。
しかし、月野は平然と受け流してくる。ホンマに小憎たらしい。ちょっとはビビれや。
「一体全体、何がどうなって佐上さんは社長に『ざっけんなや』などと言ったのですか? お見受けしたところ、あなた達は距離間は近くとも、そういった礼節は弁え、互いを尊重する関係に思えたのですが?」
佐上は呻いた。
経緯を思い出す。それもこれも、社長がこのド腐れ眼鏡を狙ってみたらとか、アホなこと言ってきたからだ。
「も、もの凄く差し支えがあるから、それは堪忍して下さい」
怒りと羞恥に震えながら、佐上は月野に懇願した。とてもじゃないが、説明出来るわけがない。
「それなら、仕方ありませんね。無理には聞かないことに致します」
く、くそう。これ、もう完全に「柴村技研に余計なことを言うな」って怒るタイミング逃してしもうたやんけ。
この感情をどこに持っていけばいいのかと、佐上は大きく溜息を吐いた。
今回のネタですが、何年か前の出来事を参考にしているので、知っている人もいるかも知れません。
いやあ、日本人て本当にこういうの自重しないですよねえ。まあ、実在する政治家にトンデモ麻雀やらせる商業誌の漫画もあるくらいですし。
次回は、もうちょっと社会的影響についてとか、そんなものの説明を。