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遅くなった報告書と奇妙なミィレ

大きな仕事が一つ終わった。

白峰との会話も楽しかった。

そんな心地よい疲労感に包まれたアサであったのだが。

あれ? ミィレの様子がいつもと違う?

 少し気になる。と、思った頃にミィレが部屋にやって来た。

「ご苦労様。今日は遅かったわね?」

 確かに、今日の会談は長時間のもので、その分纏め上げる内容も多い。だから、遅くなるのも無理は無いと思ったが、それでもアサの見積もりよりも大分遅い気がしていた。


「申し訳ありません。今日はちょっと、難しかったです」

 口に出しては言わないが、ティケアとシヨイのチェックも厳しかったのかも知れない。

「まあいいわ。見せて頂戴」

「はい。畏まりました」

 ミィレから紙の束を受け取り、アサはそれに目を通し始めた。


 文章というものは、やろうとすれば、どのようにでも相手に与える印象を誤魔化せる。そう考える人間もいるかも知れない。それはある一面では間違いではない。特に、報告書のような事実を事実として客観的に書いていくようなものなら尚更だ。

 しかし、アサはそうは考えていない。それを書いた人物というのがどんな性格の持ち主で、どんな心情で書いたものなのかは、無意識に文章に滲み出てくる。そして、見る人が見れば、それを鋭く見破ってくるものだと考えている。


 子供の頃に反省文を書かされたときのことだ。心の中ではまだ本当の意味で反省していなかった状態で、精一杯に考えて反省の気持ちを表現したのに、それを見せたらすぐにバレた。

 最初に叱ってきたティケアだけではない。何も打ち合わせはしていないはずの、両親にもだ。「この反省文には、まだ納得がいかないという、そんな怒りが滲み出ている」と言われた。そのときは、自分の心の奥底まで見通されたようで、本当に肝が冷えた。

 そして、頭も冷えた頃に反省文を書き直すと、自分でも素直な文章になっていたように感じた。それは見る側にも伝わったのか、あっさりと受け入れられた。


 報告書を眺めつつ、アサはそんなことを思い出した。

「ミィレも、疲れていたみたいね?」

 言葉を選んで伝えたつもりだったが、ミィレは小さく顔を歪めた。

「申し訳ありません」

「別に、全くダメとかそういう訳じゃないわ。ティケアやシヨイから見て及第点を出しているのだし。ちょっとだけ直した方がいいと思うところを書いておくから、後でそこだけ直してくれればいいわよ。今日はもう遅いから、明日でいいわ」


「はい。畏まりました」

 小さく嘆息するミィレに、アサは肩を竦めた。

「あの。出来れば先に聞きたいのですが。やっぱり、会談の雰囲気とかそういうところについてでしょうか?」

「ええ、その通りよ?」

「やっぱりそうですよねえ。ティケア様にもシヨイ様にも言われました。ちょっと、お嬢様とシラミネ=コウタとの距離感が離れすぎた印象になってないかって」

 やっぱり優秀な家臣達であると、アサは思った。実際、そこが全体的に見てちぐはぐになって見えるのだ。拘り過ぎと言われればその通りなのだが。事情が事情だけに、なるべく正確な情報を伝えたい。


「お嬢様から見ても、やっぱりシラミネ=コウタは親しみやすいお方でしたでしょうか? 随分と、お話が弾んでらしたようですが? 上機嫌でらっしゃいましたし?」

「まあそうね。そうだと思うわよ? 私とミィレくらいには年齢も近いみたいだから、そういう意味でも話しやすいし。それに、異世界の話を聞くのも興味深かったわ。楽しい一時だったと思うわよ? それに、暫定の通貨基準だけど、図鑑も買えるのかも知れないのよ? 上機嫌になろうってものじゃない」

 ついでに、異世界の国際ジョーク集も仕入れようとか考えていたりする。あくまでも、ああいうものはジョークであり実態とは異なっているだろうが、大雑把にでも各国のイメージを掴むという意味では役立つ。出来れば、彼から聞いたもの以外にも、本国にも報告したい。


「神代遺跡近辺の警備について、話が付いたから。ではないのですね?」

 呆れたように、ミィレがぼやいてくる。

「え? ううん? 勿論それもあるわよ。大きな問題が一つ片付いたのは、私としても嬉しいわ」

「そうですか」

 あれ? 何か妙にミィレの口調が冷たくない? 返事に抑揚が無くて突き放した感が? やはり、相当に疲れているのだろうか? だとしても、八つ当たりは止めて欲しいのだけれど。

 あまり見たことの無いミィレの態度に、アサは内心首を傾げた。


「そういえば、結局こちら側で検討した、銃の対策方法などは説明の機会がありませんでしたね。折角考えたのに」

「あの時はああ言ったけれど。あくまでも、必要になれば話すという意味よ。説明する必要が無ければ、それに越したことは無いわ」

 だから、白峰の申し出にはあっさりと乗ったのだ。

「てっきり、こちらの出方については、もう少し情報を探ってくるかと思ったのだけれど。攻める気がまるで無いというのは、本気みたいね」

 それを徹底して伝えるためにも、最初から真正直に伝えてきたのかも知れない。主義主張には一貫性が無ければ、信頼は宿らない。


「王都の方も友好路線を採用して、そっちで動く方向になったみたいだし。色々とそういった話を伝えることが出来たのはよかったわ。まさか、親書を送るという話まで持ち上がっているとは思わなかったけれど」

「そうですね。色々とこのタイミングでクムハさんが戻ってこられたのは、よかったと思います。ただ――」

「ただ?」


 ミィレは唇を尖らせた。

「あの人、ちょっとシラミネ=コウタに引っ付き過ぎじゃありませんでしたか? 馴れ馴れしすぎと言いますか。あの人、既婚者ですよ? お子さんだっているんですよ? それなのに、異世界の使者の方にああいう態度はどうなのかと思います」

 アサは苦笑を浮かべた。

 会談が終わってからではあるが、部屋を出るなり、クムハが白峰に飛び付いたのだった。まあ、大分誇張がある表現ではあるが。


「まあ、あの人がああなのは前々からだから。鉄の飛空艇の事とか? あれ、本当にあるのね。そんなの知って興奮が収まらなかったんでしょ。私やシヨイからも言っておいたし。シラミネ=コウタも、怒っていなかったからいいんじゃない?」

「それはまあ、そうなのですが」

 渋々。といった感じで、ミィレは頷いた。武門の家の出のせいか、たまに堅い性格や価値観が出てくることがある。


「あと、これも気になっていたのですが。お嬢様もシラミネ=コウタと会談後の精密画撮影時に、少し体を近づけ過ぎのように思えました。旦那様が見られたとき、心配です」

「だ、大丈夫よ? 多分?」

 王都に帰っている頃だろうとは思ったけれど、まさか王都からこっちの監督をする役目に就くとは思っていなかった。


 父のことは決して嫌いではないし、尊敬もしている。だが、あまりにも可愛がられ過ぎて、ちょっと距離を置きたい。思春期以降は、そんな感じである。

 確かに、撮影時は「ちょっと近付きすぎたかも?」とは思ったが、実際は寄り添っているというほどにまでは近くなかった。撮影したティケアも何も言っていないわけで、常識的な間隔のはずだ。

 まさか、本気でこれを見て、ルテシアまで殴り込んでくるとか。流石に父もそんな馬鹿な真似はしないだろう。いや、しないと信じたい。そもそも、距離的に無理ではあるのだが。


「ひょっとして、報告書もそれを気にしていたの? お父様が見たらどう思うかって?」

「えっ? ええ、まあ。そうかも知れません」

「ふ~ん?」

 全くそんなこと考えていませんでした。そんなミィレの反応に、またもやアサは頭に疑問符を浮かべる。ミィレ本人もよく分かっていないのかもだが、何だか変な感じだ。やっぱり疲れているのだろう。今日は早く休んで貰った方がいい。


「でも、親書ねえ。今度はもうちょっときちんと話せるようになって、天皇と謁見したいものね」

 そういった準備や、意志確認とかでもしばらくは時間が必要なのだろうけれど。

「シラミネ=コウタは、日本語がお上手だってお嬢様のことを褒めてましたけどね?」

「それは、ちょっと自信が付いたわね。でも、シラミネ=コウタもイシュテン語を大分覚えていたみたいなのよね」

 張り合ったというつもりは無いのだが、正直驚いた。ティケアやミィレ達から、少しは聞いていたのだけれど。


「ふふ、凄いですよね?」

 ミィレが胸を張ってくる。今夜に彼女がこの部屋に入ってから、初めて上機嫌な笑顔を見せた気がする。

「何でそこで、ミィレが得意げになってるのよ?」

「えっ!? そ、そうですか? 私は別にそんなつもりは無いのですがっ!?」

 上擦った声を上げるミィレに対し、アサは胡乱げに目を細めた。

 頼むから、一晩休んだら元に戻ってね?

今回で「銃と魔法」編は終わりです。

次回からは「交流拡張準備編」とか、そんな名前の章になるかなあと。

魔法の写真、コピー印刷についての説明は、忘れないうちにやっておきたい。


【謝罪】

来週の土日は私用で投稿が難しいので、その次の月曜になると思います。予約投稿機能をやってみるというのも手かもですが。

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