訪問者の評価
白峰が帰った後、市役所では悪巧み(?)が開かれたようです。
いや、別にそう悪いことしているわけじゃないんだけど。
ゲートを通り、我が家へと戻る前に、アサは市庁舎へと立ち寄った。
出迎えてくれたミィレ。そして案内役の市役所職員と共に、会議室へと向かう。
会議室の中には、既にティケアがいた。シラミネ=コウタをここに連れてきて、そのままだ。そういう手はずになっている。
あと、家令の他には市役所の幹部や議員がいる。彼らもまた、シラミネ=コウタに会ったはずだ。
アサは部屋の入り口で、彼らに頭を下げた。
「こんばんは。アサ=キィリンです。遅くなってしまい。申し訳ありません。私の到着を待って下さり、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。姫様には夜分遅くにご足労頂き、本当に感謝致します」
市長に続き、他の面々も一様に頭を下げてきた。それを見届けた後、アサは会議室の上座へと案内されて着席する。直ぐ隣にはティケアとミィレが直立して控えた。
左側の一番近い席には、市長が座っている。名前は確か、サイ=シウギと言ったか。市長に当選してまだ半年も経っていないし、その手腕についても、結果らしい結果を出せるような時期ではないが、少なくとも悪評は聞いていない。
彼とこうして、間近で会うのは、アサにとってはこれが二回目だ。彼が当選したときに挨拶をしたというのが、一度目である。それ以降、市議会との遣り取りはティケアを介して行っていた。そしてまた、ティケアからの評判も、悪くはない。
政治家としてはまだ若い方だし、それ故の青臭さも抜けきっていない気もするが。その分、真摯に己が職務に取り組むことも期待出来るとも、アサは見ている。
それに、若いとか青臭いとかを言えば、彼よりも遙かに年下の自分はどうなるのかと。なので、アサも彼に対しては厳しい評価はしていない。むしろ、この状況下でも市民に向き合い、率先して働く姿には好感を覚えているくらいだ。
「それでは、早速ですが始めましょう? 話し合いたいこと、というのは異世界の人間に対する印象の確認を初めとして、今後の方針について意識合わせをする。そういうことで間違いないですね?」
「はい、その通りです」
市長が頷く。
「じゃあ、単刀直入にあなた達に訊きましょう。私がこちらに来るまでに、シラミネ=コウタと会ったと思います。彼の印象はどうでしたか?」
しばしの沈黙。アサの目の前で、彼らは目配せを行っていた。
「率直に言って、悪くはありませんでした。ティケア殿から聞いていたとおり、悪巧みを企てるような男には見えませんでしたね。機械の力を借りているそうですが、それでも多少なりとも言葉が通じるのも、またそうして言葉を覚えようと努力していることから考えても、我々とコミュニケーションを取ろう。人間として対等な関係を構築しようとしているというのは、理解出来ました」
「あちらでも、交通規制は行われているそうですな。こちらも似たような事情であることを伝えると、そう答えていました。辛そうな表情を浮かべながら」
「ティケア殿もそうですが、衛士隊のサラガが報告していた通りでしたよ。あちらの世界の人間も、普通の人間でした」
「食べ物は、魚料理が好きだとか言ってましたね。あちらの国でも米が主食で、箸を使うそうです。こちらに来て、同じく箸を使うと知ったときは、本当に驚いたのと同時に、親しみを感じたと言っていました」
「ただ、向こうは米を炊いて食べることがほとんどらしいですね」
こちらでも、米を炊いて食べることはある。だがそれは、祭や行事で出される伝統料理のときくらいだ。今は粉にした後に加工することが多い。
「でも、それを聞いて自分も彼に親しみを感じましたよ。あちらの世界の人間って、みんなあんな感じなのでしょうか?」
「ああいう男だったら、私の孫娘の結婚相手でもいいわねえ」
「恋人はいないって言っていましたな」
「でも、気になる人は? って訊いたら、一瞬言葉に詰まったぞ? 誰か、気になる人でもいるんじゃないのか?」
いつしか、報告とも雑談とも判断が付かないざわめきになるにつれ、アサは苦笑を浮かべた。
「市長殿?」
アサはサイへと目配せする。それだけで、彼には伝わった。
市長が大きく咳払いをする。それで我に返ったのか、彼らは慌てて押し黙った。
「失礼致しました」
「いえ、構いません。お気遣い、ありがとうございます」
恐縮する市長に対し、アサは微笑みを浮かべた。
「……その様子だと、彼とは相当に親交を深めることが出来たようですね。大変結構なことだと、私は思います」
ただ、恋人の有無とかはかなり立ち入っていると思うので、そういう部分でシラミネ=コウタが機嫌を損ねたりしていないかは気になるが。一応、後でティケアにも様子を聞いておこう。彼がその時止めていなかったというのであれば、そこまで問題視しなくてもいいだろうし。また、伝え聞いたシラミネ=コウタの性格上、そこまで気にはしていないと思うが。
何となくだが、こういう、井戸端会議的なものが好きな人間というのも、あちらの世界にいても不思議では無い気がするからだ。
具体的に言えばサガミ=ヤコである。偏見だと思うし、まだそこまで話はしていないが、そういう話が好きそうに見えた。
「それと、皆さんがお感じになられた通り、あちらの世界。少なくともあちらの国とこちらの国には親しみを覚えることが出来るくらいには、共通点も多いようです。交流を深めることで、友好的な関係を築くことは可能だと、私は考えています」
「同感ですね」
市長の他、同席していた面々も頷く。
「ちなみに、失礼ですがお聞かせ願いたい。あちらの世界から、姫様に対しての評価はどのようなものなのか? それについては、どうなのでしょうか?」
ふむ? とアサはしばし首を傾げた。
「残念ながら、今の私は向こうで限られた人間相手に、言葉を集中的に教えて貰っている最中なのです。その過程で、向こうの生活の仕方とかどのようなものなのかも学んでいますが。なので、多数の相手に対して評価というものがどうなっているのかは、ちょっと推測しにくいですね」
「そうですか」
「ただ、少なくとも言葉を教えてくれている人達との関係は良好だと思っています。主に付き合いがあるのが、その男女二人なのですが。そのうちの一人、女の人の方が、特に親しくしようとしてくれているので」
ちなみに、その女性の方。サガミ=ヤコが、一日の休日を挟んで会ったら、見違えるように雰囲気が変わっていたのは驚いた。ツキノ=ワタルに対しても、妙に気負いが減っているように見える。何があったのか、機会があったら聞いてみたい。
「男性の方はそうでもないと?」
「と、いうよりも一定の節度を保つために、踏み込もうとしないというように見えますね。その人に関しては」
「なるほど」
「なので、彼ら経由で私の評価があの国の人達に伝わるとしても、そう悪いことにはなっていないと思います。または、国民に対しては、そこまで情報も出回っていないか」
国民。という言葉で、アサは思い出す。
「それと、ティケアから聞いていると思いますが、私は初めてあちらの世界に行ったとき、あちらの国の元首と思しき方と面会し、そのときの様子を記録したものを持ち帰っています。そして、あの世界には『テレビ』という、そういった『動く写真』を広く発信するための機械もあります。そして『テレビ』でそのときの様子が発信されている様子を私自身が、直に見たこともあります。面会は穏やかな雰囲気で行うことが出来たと自負していますし、その様子から、あの国の国民からも好意的な評価を貰えているのではないか? と期待しています」
若い女を送り込んできた。相手はそれだけで警戒心を解くような、そんな甘い国だとまでは思わないけれど。
「そういう訳で、私達はあの国の人達とも親睦を深め、交流することは可能だと考えている。ここまではいいのかしら?」
アサの問い掛けに、各が頷く。
「そこで、今後の展開ではこのように交流を深めることで緊張を緩和することを私は考えています。平たく言えば、行き来する人間をシラミネ=コウタと私だけではなく、更に拡張する方向へ」
悪い言い方をすれば、互いに人質を増やそうというわけでもある。口に出しては言わないが。
「そのとき、どのような問題が考えられるか? 市議会としてはどのような体制が適切と考えられるのか? そういった話を聞かせて貰えないしょうか?」
願うならば、彼らともこの会議を通して信頼関係を深めたいものだと思う。
これからはきっと、より一層彼らとの連携が必要になるだろうから。
次回は、このまま行けば、装備の見学会になります。