装備の公開手順について
新章突入。軍事的に面倒な話を片付けていくお話になります。
異世界で広く使われる言葉について学ぶのは、今日のところは一旦後回しにさせて貰った。
代わりに、ゲート付近を警備する人間の装備についての情報と、その公開方法について、確認させて貰うことにした。
先日は、早々に話が纏まるかと思い、ティケアの言われるまま、そういった話を後回しにしたのだが、思った以上に意思の疎通に時間が掛かり、休日をどうするかということを纏めるのと、装備の情報交換をしたいという要求を伝えるだけで終わった。そこでもう日も暮れ、タイムアップだ。
正直に言えば、ティケアはこの流れを読んでいて、そして、手の平の上で転がされたという気もする。
軍事、防衛に関する情報と休日では、どちらが重要かと問われれば、前者だろう。休日を挟んでおけば、その間に出方を纏めることも出来るというわけだ。
そしておそらく、昨日はそこの話をまとめていた。そういうことだろうと、対策室は解説し、白峰も同感であった。
とはいえ、だからといってそれがこちらにとっても不利になるわけでもない。色々と準備するための時間が増えることに、デメリットも無い。早急に日程を決めたいなどという話は、譲れないような条件でも何でもないのだ。
だから、勝ちだとか負けだとか、そんなことは気にするなと、外務省の諸先輩から、アドバイスとして言われた。
とはいえ、そう何度も話が纏まらないなどという結果に終わらせるわけにもいかない。なので、今日は先にそちらの話から切り出すようにした。
ティケアは快く応じてくれた。つまりは既に、あちらも話は概ね纏まったということなのだろう。
佐上から借りている翻訳機。タブレットPCには、許可を貰って色々と画像を保存しておいた。白峰はその画像の一つ、ゲート近辺の写真を表示した。そして、それに指を指す。
『私達 ここ 近く 見る』
イシュテン語で覚えている限りの、簡単な単語を並べて、通じるかも試してみる。
『肯定』
イシュテン語から日本語に訳すように設定し、翻訳機能を実行。ティケアからの返事は日本語でも確認出来るようにしている。午前中に、ミィレとも試してみた。正確な訳かというと、それはまだまだ遠いだろうが、それでも大分意思の疎通がやりやすくなったと思う。
『あなた達 見る』
続いて、白峰は警察機動隊や、放水車の写真とイラストを見せた。
『これ 水 出す』
続いて、人が倒れるイラストを映し出した。ふむ、とティケアが頷く。
『分かる。――、強い、水、――、人、――、確認』
続いて、何事かを言ってくるが、残念ながらそれは翻訳機は訳せなかった。ただ、何となく言いたいことは分かった。「分かった。つまり、強く水を出すことで、人を倒すということなのだな?」と、そういうことだろう。
『肯定』
その通りだと返答すると、ティケアは再び頷いた。
『これは何ですか?』
続けて、ティケアが小銃の画像を指さした。
「銃」
「ジュウ?」
特別な使用許可が下りない限り、機動隊は狙撃銃や自動小銃の類いは現場に持ち込むことは無い。しかし、今は危険性は大分減ったとは言え、非常事態である。万が一が起きたとき、装備が不足していたことで取り返しが付かないことになってしまっては、元も子もない。なので、今のゲートに配備された隊員達は、桜野もそうだが、自動小銃を装備していた。
そういう意味では、警察よりも自衛隊を配置した方がという考えもある。しかし、向こうから見て、当初見た人間と面子が入れ替わり、なおかつ更に重装備化されたとあっては、余計な刺激を与える可能性があると判断された。
実を言うと、彼らからは見えないところで、自衛隊の隊員も現場にいるのだが。そして、その情報は伏せるし、公開するのもあくまで「機動隊の装備」までである。すべての情報は公開しない。触りだけを見せて、その奥に有るものは、想像して貰う。おそらく、その駆け引きは彼らも同じことをしているだろうから。
『銃 強い 鉄 これ 出す』
白峰はスケッチブックに弾丸を書き、『これ』として指さした。撃ち出した先に的を描き、その周りをギザギザとした波で囲んで「当たった」ことをイメージさせる。
『分かる』
ティケアは頷いた。
白峰は、今度は別の写真を写しだした。有島が撮影した、サラガの写真だ。ゲートを挟んで、彼の隣には桜野が立っている。
『これは、何ですか?』
白峰は、サラガの腰にある錫杖を指さした。
ティケアは無言で手を招いた。スケッチブックを渡して欲しいらしい。白峰はその要求に応じた。
彼はペンで人を模した絵を描いていく。その手には、錫杖があった。
『これは 魔法 ―― ―― ――』
どうやら、本当に魔法を使って、何かを撃ち出し攻撃する武器だったようだ。本当にそんなものだとは、つい先日までは思いもしなかっただろう。
白峰は、友人が知ったら、喜びそうだなあとか、ふとそんな事を思った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
シラミネ=コウタが帰るのを見送って直ぐに、ティケアは市議会庁舎へと向かった。
「市長、済まないね。こんな夜遅くまで残って貰って」
「いえ、ティケア様こそ。こちらまでわざわざ来て頂けるとは」
応接室の中。どうぞこちらへ、と促されティケアは席に着いた。この応接室も、アサ家の屋敷にある星群の間ほどではないが、装飾には拘った造りになっている。
「それで、日程と手はずについてですが、概ね決定しました」
「分かりました。いつになるのでしょうか?」
「先日、我々が言ったとおり。明後日になります」
「我々も、見学は可能ですか?」
「許可を得ました。ただし、ゲートの向こう側に行くことは出来ません。あくまでも、今のところは行き来するのは互いに一人。アサお嬢様と、向こうの使者のみです。ゲートを挟んで、様子を見るという形になります」
「いえ、分かりました。ご無理を聞いて下さり、ありがとうございます」
市長が頭を下げる。ティケアよりは少しだけ年下で、市長としては若い方だろう。その若さを売りに選挙戦を勝ち抜いてきた男だが、手腕についてもそう悪い話は聞いていない。少なくとも、市民と己の役職に対して誠実である。
「いや、別に箝口令を敷いたりとかはしていないがね。まあ、気になるのは当然だ。こういうときは、正確な情報を広く伝えることこそ、重要だからね」
市長は頷く。
「市長から見て、市民の様子はどうですか?」
「大分、落ち着きと日常を取り戻してきたと思います。中心街を除いて、区画を解放したことで、商売も元通り出来る様になったことが大きいです」
「うん。私も同感だ。ただ、万が一のときの避難については、意識を徹底させるように頼みます」
「分かっています」
もしも、何かが起きたとき。そのときは即座にゲート周辺に配備した警砲を撃つ。
その警砲が撃たれたことを確認すると、市民は港へと集まり、指定された船に乗り込んで海の向こうへと逃げる。港へ逃げるのが難しいようであれば、とにかく市外へと脱出し、そのまま運河を遡って近隣の街、そして軍の駐屯地を目指して逃げることになっている。
また、家族とはぐれたときのため、身分証明のタグは常に身に付けておくことになっている。避難が遅れそうな子どもや老人は、予め港付近へと避難している。
「今度の確認で、このような状況が打開されればよいのですが」
市長の沈痛な吐露に対し、ティケアは苦々しく嘆息した。
「いや、残念ながら、それはまだもう少し時間が掛かりそうだ」
市長が呻く。
「そうですか」
「ああ、攻め込んでくるという可能性は、おそらく相当に低い。しかし、向こうの装備は、あちらの使者の説明から想像するに、こちらの警備隊の特5式錫杖に互する能力を有しているようだ。また、確認しているのはあくまでもお互いが、ゲート付近で装備しているものに限られる。それ以上のものが存在している可能性は、否定出来ないな」
無論、こちらも条件としては同じであり、軍の兵装となるとまた違うものになるのだが。
「いつになったら、この状態は解消されるのでしょうかね?」
「それは、恐らく向こうも同じように思っているでしょうな。お嬢様によると、あちらもゲート近辺の街は封鎖されているそうだ」
「どうすれば。いや、どうなればいいと、ティケア様はお考えですか?」
それについては、既に答えは持っていた。
「お嬢様も同じ考えですが、まずは、お互いの交流を活発化させること。ですかね?」
「交流の活発化。ですか?」
「そうです。今はお嬢様とあちらの使者が一人のみ。しかし、それで行き交う人々が多くなれば、その分、そういった武力で威圧という真似はし辛くなる。そして、それを可能とするためにも、まずは信頼を築き、お互いの情報を交換し互いの興味を引き出す。交流の体制を築く。今は、そういう段階です」
「分かりました。そうですね。ありがとうございます。市民にもそのように伝えましょう」
よろしく頼む。と、ティケアは頷いた。
そういう意味では、あの若い使者は悪くない人選だと思った。外交の裏の裏を読んでいくような経験が浅いのか、変に捻くれていない。誠実さは疑わなくていいだろう。
それを見越して、あの人選なのだろうか? だとすれば、随分と大胆な真似をするものだ。また彼を侮って何かを仕掛けたとしても、彼の背後にいる、経験豊富な人間がそれを補正することだろう。
ふと、まだ見ぬシラミネ=コウタの上司に対し、ティケアはそんなことを考えた。
この章から続く章は、そんなには長くならないはず(希望的観測)。
一応、銃と魔法編とはしていますが、もの凄く大雑把にはここから先は「何か色々交流編」で、それを小分けにしているだけなのですが。