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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【異世界言語習得開始編】
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ある日のアサ=キィリンの休日

アサの休日。

子供心に、図鑑って見るのが凄く楽しかったなあとか思い出しました。

 今にして思えば、これはアサ家の教育方法だったのだと思う。

 小さな子どもの頃は、ぬいぐるみや人形、他にも遊具は勿論有ったが、それよりも割合、絵本を始めとして本が多く用意されていた。

 両親には絵本をよく読んで貰った。何度も何度も、同じ話を読んで貰った。

 でも、それだけでは仕事で忙しい両親に悪い気がして、進んで自分で本を読むようになった。図鑑も同じだ。見たことの無い生き物とか、その説明を覚えるだけで何だかワクワクした。子どもの好奇心を上手く利用していたのだと思う。


 あと、両親から「物知りだね」って言われるのが嬉しくて、そうしてまた次から次へと、新しい物語や図鑑の読破へと精を出したのだった。

 両親も知識が豊富で、あとティケアやシヨイもそうで、分からないことは彼らに聞けば教えてくれた。

 滅多に無かったけれど、分からないことは素直に「分からない」と伝え、その上で一緒に考えてくれた。


 勉強、と言えばその通りなのかも知れないが、そこに苦痛は無かった。そして、気付けばそれで市井の同世代の子どもよりも、多くの知識を身につけていたようだった。つまりは、そういう教育方法という事なのだろう。聞けば父もそういう育てられ方をしたようだった。

 そんなわけで、新しい知識を学ぶことはアサにとっては娯楽でもあった。

 そして、そんな彼女のもとに、今はあの異世界から図鑑が贈られてきたわけである。


「お嬢様。ちょっとは休まれたらどうですか? いくら今日が休みだからって、昨日の晩も遅いのですよ? そして、朝早くからずっとですよ? お食事だって、あっという間に済ませて」

 アサは、贈られてきた図鑑を自室で貪り読んでいた。勿論、何て書いてあるのかは分からない。けれど、見たことの無い生き物の精密画はどれだけ眺めていても飽きないものだった。

 そしてまた、あの世界にも馬や犬、猫といった生き物がいることは興味深い。


「ええ、もうちょっとだけ」

「全くもう」

 呆れたと、大きくミィレが溜息を吐くのが聞こえた。

「だって、仕方ないじゃない? これ、明日には市議会を通して大学行きなのよ? この機会を逃したら、次はいつになるか分かったものじゃ無いわ」

 だから、今日は言葉を覚えるのも一旦止めにして、これらの図鑑を見ることに費やしているのだ。

 もっとも、ただの娯楽というだけで見ているわけではない。これらの図鑑から気付いたことは報告書にまとめている。


 大学には、これらの生き物を見て、こちらにも相当している生き物がいるのか、またそれらを何と呼んでいるのか。そういった目録の作成を依頼している。目録が出来上がれば、それをあの異世界にも送り返す。

「では、もう一つ同じものを頼むというのはどうですか?」

「タダで? そういうおねだりみたいな真似は出来ないわ。既に、私達はあのタブレットを始めとして"受け取っている側"なの。これ以上は借りは作れないわ」


 もっとも、図鑑はこちらでも用意して、それをあちらの世界に贈る予定だが。使いの者には既に頼んであり、何冊か購入済みである。

「同じものを購入……っていうわけにも、いきませんか?」

「無理よ。そもそも、そういった経済的交流をするための取り決めすらまだ出来ていないんだから。こっちのお金が使えないのに、買えるわけ無いじゃない」

「ですよねえ」

 そこに至るまでは、まだまだ乗り越えなければいけない壁がある。焦っても仕方ないが、なるべく早くたどり着きたい。


「でも、その図鑑だけじゃなく、これからもまた何冊か贈られるようなんですが」

「知ってる。まったく、どれだけ私から時間を奪う気なのかしら?」

「つまり、目を通さないという選択肢は無いのですね?」

「勿論よ」

 きっぱりと、アサは言い切った。


「でも、お茶とお茶菓子は召し上がって下さいね? こちらに、用意しておきましたから」

「ええ。ありがとう」

 ちらりと視線を上げると、机にはお茶とお茶菓子が置かれていた。

 実際、こうして用意されるのを見ると、それでも読み続けるというのには気が引けた。折角だから、お茶は熱いうちに味わっておきたい。でなければ、淹れてくれたミィレに悪い。

 アサは開いたページはそのままに、図鑑を脇に置いた。


「その図鑑の言葉が何か分かれば、お嬢様の言っていた"翻訳する機械"も、その精度が上がるのですよね?」

「ええ、恐らくね。だからこそ、これらを贈ってきたのだろうし」

「でも、それを作ったであろう、サガミ=ヤコっていう人の調子が悪かったんですよね? 何があったんでしょうか? 明日は、お元気だといいですね」

 ふむ? と、しばし虚空を見上げ、アサはお茶を啜った。


「そうねえ。ツキノ=ワタル次第じゃないかしら?」

「どういうことですか?」

「何か色々と、サガミ=ヤコがツキノ=ワタルを意識し過ぎているように見えたから? ツキノ=ワタルがサガミ=ヤコに優しくすれば、解決すると思うわよ? まあ、若い頃のティケアに似ているから、サガミ=ヤコが緊張するのも無理ないと思うけど」

「ティケア様に……何ですよねえ。それは、難しいですよねえ」

 しみじみと、ミィレは頷いた。アサも同調する。忠実なる家令が聞いたら、深く傷つくかも知れないが。


「でもまあ、あの翻訳機械に対する反応を見る限り、ツキノ=ワタルもサガミ=ヤコのことは悪く思っていないし、認めているでしょうね。まったく、ああいう笑顔を浮かべるのなら、ちゃんと本人の前でやりなさいってのに」

「つくづく、若い頃のティケア様なんですねえ」

 やれやれと、ミィレは肩を竦めた。


「あ、そういえばそろそろクムハさんが王都に到着する頃ではありませんか? いえ、ひょっとしたら、もう着いているのかも? だとしたら、旦那様も奥方様も、あのタブレットを見て安心されますね」

「そうね。だったらいいわね」

 後は、それで王都がどう判断するかなのだが。出来れば、穏当な判断を下して欲しいものである。

「ミィレも、たまには家族に連絡を送りなさいよ? みんな、元気なの?」

「ええ、そうですね。幸い、みんな大過なく過ごせているようです」

 静かに、この平穏を噛み締めるように、ミィレは頷いた。

次回で、異世界言語習得開始編は終わりです。

思ったより、長くなってしまったなあ。

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