異世界へ繋がったときの初期対応
投稿は、週一回の土日のどちらかでいくつもりです。でも、筆が乗ったりしたら、平日にも投稿します。
ちなみにこのエピソード。細かく書こうとしたら、ダイジェストどころかこれだけで一冊の物語が作れそうな群像劇になってしまうんだろうけど。
そこはテーマじゃないのでばっさりカット。
正直、そっちをテーマにした物語にしようか割と悩んだけど。
伏線として再利用することは検討中。
白峰が異世界に行くことになった、その十日ほど前。
それは、突然の出来事だった。
秋葉原。東京都の電気街、そしてサブカルチャーの街として知られている。折しも日曜の昼過ぎ、人通りは激しく、歩行者天国も人で埋め尽くされていた。
空間が揺らいだ。そう、それを最初に見た人間は言っている。
十字路の真ん中が、炎の上のように揺らめいていた。何かがおかしい。その場にいた人間は、最初は自分の目の錯覚か何かを疑った。訳も分からないまま、けれどその現象から目を離すことが出来ず、道路から歩道へと移動し遠巻きに見ていた。
人々は、その状況に「自分が見ているものが幻覚ではない」ということを確認し、ささやかな安堵を覚えた。
何事かと集まる人々。
揺らぎは徐々に激しくなり、揺らぎ始めた五分後には、霞んでその更に向こう側は見ることが出来なくなった。
その揺らぎの向こうに見える景色が変わる。
そして、その景色の向こうは、それまで見えていた世界とは異なるものへと変貌していった。
公権力の対応は、効率的に行われたと言えるだろう。
揺らぎが発生し初めてから、数分以内にはその場にいた人間が警察に通報。通報を受けた万世橋警察署と秋葉原交番の警察官はすぐさま現場に駆けつけていた。
不用意に揺らぎへと近づこうとした者がいなかったのも、彼ら警察の迅速な対応があってのものだ。
もっとも、何が起きるか分からないからと避難を呼びかけても、群衆は応じなかったので、警察に出来たことは、彼らと揺らぎの間に立ち、そこに境界をもうけることくらいだったが。
揺らぎの向こうの光景が、本来その場に見えるべきものとは異なるものへと変貌したそのとき、現場の警察はこれは自分たちには対処しきれる問題ではないと判断を下した。
機動隊もまた、即座に駆けつけ、ややもすると強引に一般人を避難させた。また同時に、秋葉原近辺の通行は一斉に禁止となった。
その場にいた一般人による、スマホ撮影による映像。ネットやニュースに出回っているのはここまでのものとなる。そして、そのいずれもが非常に高い注目を浴びる結果となった。
揺らぎの発生から数十分後には、政府も対策室を設置。瞬く間にネットに出回っていた動画を確認した結果だった。
警察、そして政府から報道機関への行動自粛も、その頃に伝えられた。しかし、既にいくつかのマスコミがヘリコプターを飛ばして現場に急行している有様だった。
対策室は直ぐに引き返せと厳命。「報道の自由」「報道の義務」だと言い張るマスコミを頭ごなしに叱り付け、黙らせた。
この政府の対応に、該当のマスコミ各社は声を大にして反発しているが、ネット上ではむしろこの自重しない動きを見せたマスコミに対する反発が激しく、また同時に、自重したマスコミの評価が大いに上がるという事態になっていた。
「検疫が必要なのではないか?」。対策室のそんな意見もまた、直ぐに実行された。
保健所と医療機関の人間が招集され、現場にいる機動隊の隊員には抗生物質の投与と、防護服への着替えが行われ、また現場の消毒が実行された。また、自衛隊の化学防護車も合流した。
かつて、揺らぎだった空間の向こうも似たような雰囲気だった。
その空間の向こうには、人が立っていた。だが、取り囲む機動隊員の情報を総合すると、すべて向こう側に対して見えている角度が異なるようだった。
つまり、こちらがその空間を囲んでいるように。向こうから見ても、その空間を囲んでいるということだった。
3Dホログラムよる映像か何かか? 現場に立ち会わせた人間は、最初はそんな可能性を疑った。しかし、それを実現させるような装置の類いは、近辺からは発見されなかった。
空間の向こうにいるのは、確かに人だった。だが、こちらの「人間」とは異なる。その耳はわずかに長く尖り、また空のような青の頭髪を持つ者がいた。その衣装は、大凡この地球上のどの国、地域にも存在していなさそうな代物。似て非なるものではあるが、むしろ現場近くのビルに掲示された、ファンタジー系ゲームの世界の衣装を連想させるものだった。
異世界に繋がった? その頃には、そんな突飛な発想が現実のものになったとしか思えない事態を関係者は受け入れ始めていた。
事態の発生から、数時間。
どちらも、動かなかった。つまりは、いきなり攻め入るような敵意は存在しない。そう、対策室は判断した。
ファーストコンタクトは、現場で機動隊を指揮していた桜野信也が実行することとなった。スケッチブックとペンを持ち、刺激しないようにゆっくりと異世界へと近づいた。
このとき、笑顔だけは崩さないように気をつけたと、後のインタビューで彼は答えている。
異世界の人間達も、動揺はしたようだったが、覚悟はしていたのかその場の責任者らしき風格の持ち主が近づいた。
もしかしたら、との思いで桜野は日本語を話してみたが、当然のように通じなかった。
その日の晩から、連日連夜で話題はこの出来事が大半を占めることとなった。また、一方で対策室を初め政府関係者が忙しい毎日を送ることになった。
政府としては、当面のところ敵対的な意志は感じられないということで、友好的な付き合い方を目指すという方針で固まった。
事件直後に現場にいた人間には、渡航制限と医療機関への診断が義務づけられたが、幸いなことに深刻な病気を発症する者はおらず、また未知の病原体も発見されなかった。
そのため、世界各国の了承を得た上で検疫は解除されることとなった。
ただし、交通規制はまだ続いている。これは、東京の通勤に大きな問題を生むこととなった。勤め人は時短勤務や勤務時間、通勤経路ずらすなどの対策でその場を凌いでいるが、不満は募るばかりとなっている。秋葉原近辺の街にある企業への補償問題も持ち上がっており、この経済的損失もまた行政は頭を抱えている。
マスコミ対策、そして国民への情報提供として、異世界とのコミュニケーションの様子は政府も出来る限り伝えているが、何しろ言葉が通じないため、彼らが満足するほどには情報の提供は追いついていない状態だ。
「だが、思ったよりは国民が冷静で助かる」というのが、対策室の感触だった。むしろ、事件発生時に早々にヘリを飛ばし、ネットで顰蹙を買っている一部のマスコミの方が、その後も騒ぎ立てていて厄介だと彼らは思っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「いやあ、久しぶりに来ましたけど、随分と物々しいですね」
「確かに。事件直後よりは大分減ったって聞きますけど」
タクシーの運転手に、白峰はそう返した。
秋葉原近辺の街から、あちこちで警察官の姿を見かけた。というか、見る人間がすべて警察官しかいないという状況だ。この厳重な警戒では、不審者は誰も入り込めないだろう。
それでも、潜り込もうとするマスコミがまだときどきいるらしいが。当然、早々に交通規制地域の出入り口でお引き取り願うことになるのだが、その執念は凄まじいものだと白峰は思った。
「あ、もうここでいいです」
「あいよ」
タクシーを現場の一つ前の交差点で停めて貰う。
白峰は運賃を渡し、領収書を受け取った。この経費は忘れずに、後できちんと報告しないといけない。
「お客さん、気をつけて下さいね? あと、向こうの人達に会ったら、よろしく言っといてください」
「まあ、そうですね。言葉が通じるようになったら、伝えます」
上司と同じ事を言うなあと白峰は苦笑した。結局のところ、これは日本人の民族性なのかも知れない。
機動隊員達に出迎えられながら、白峰はUターンするタクシーを見送った。
そして、一つ向こうの交差点の真ん中にそれはあった。
「これが、ゲートなのか」
ゲート。秋葉原に現れた、その異世界を繋ぐ空間は、いつしかそう名付けられていた。そしてそれは、ネットやニュースで取り上げられた映像の通りのものだった。
次回から異世界サイドを少し触れます。
ヒロインが登場します。代わりに、主人公(?)はしばらく出番無いです。いいのかそれで(汗)。