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この世界をよろしく

 イシュトリニス国際空港。そのロビーで。

 月野は、目を開け天井を見上げる。苦笑が漏れた。

 目を閉じると、ここに来た当時のことが、つい昨日のことのように思い浮かぶ。しかし、こうして目を開けると、こうしてこの空港も大きく立派に拡張され、当時とは似ても似つかない様子になっていることから、やはりそれだけの年月が過ぎたのだと、月野に実感させた。


 通路の奥から、先ほど到着した便に乗っていた、多くの人がやってくる。

 流石に、まだ地球のジャンボジェットのようなものではないが、この世界を飛ぶ飛行機も大型化した。ひょっとしたら、第二次世界大戦時に使われた大型爆撃機くらいのサイズかも知れない。白峰とアサが最初に王都へ行くために使った飛行機に比べたら、かなりの進化と言える。


 報告では、ルテシアや秋葉原も大きく様変わりしているそうだ。ルテシアには高い建築物が並ぶようになり、秋葉原でもゲートの周辺では小規模な魔法を使える兆しが見えてきた。プログラミングと魔法の融合技術も、活発に研究が進んでいる。

 日本だけではなく、地球の各国がこちらの世界各国と正式に国家承認を交わしている。

 直に会うのは、五年ぶり。しかし、見間違えようがない彼らの姿を見付けて、月野は手を挙げた。彼らも、すぐに気付いて、月野の元へとやってくる。


「おう、久しぶりやな。なんや、元気そうで何よりや」

 月野から笑みが零れる。

「はい、手紙で書いていた通りですよ。弥子さんの方こそ、変わりがないようで安心しました」

「まあな。ほれ、明美。この人が、お父ちゃんやで。写真で見た通りやろ。挨拶したれ」

 月野はしゃがみ、妻のズボンを掴む小さな娘に目線を合わせた。


「明美。初めまして、お父さんです」

「お父さん?」

「はい、お父さんです」

 そう言って、月野は明美の頭に手を伸ばし、撫でてやった。大人しく受け入れてくれて、嬉しく思う。


「なあ? この子の目、可哀想におどれの目にそっくりやろ。女の子なのに、こんな目付きが悪いなんて、あんまりやないか?」

「そうかも知れません。でも、勝手なことを言うようですが、間違いなく私の子だと実感出来て、嬉しく思いますよ」

 妻と体を重ねたのは、あの晩だけではあるが。これだと、疑いようが無いと月野は苦笑する。


 月野弥子は、あれから妊娠が発覚して大阪へと戻り、それから明美を出産した。子供の手が掛からなくなってからは、大阪の本社に復帰して、仕事を続けている。

 彼女らの仕事のお陰で、異世界の多くの国と、異なる言語で正確に意思を伝え合うことが出来るようになった。両世界の目覚ましい発展に大きな貢献をし続けている。


「月野さん、お久しぶりです」

 月野は、視線を上に向ける。

「はい。白峰君達もお久しぶりです。元気そうで、何よりです」


 この五年で、白峰はマスコミの前で宣言した通り、精力的に仕事へと打ち込んだ。拡張された渡界管理施設の中で繰り広げられる多国間交渉を経て多くの経験を積み、また制度の整備へと貢献した。

 そんな彼は、月野との交替という形で王都へと転勤してきた形となる。家族と一緒に。


「クレナさんも、ご活躍は聞いています」

「いえそんな。少しでも、イシュテンのことが日本の人達に伝わればとやっているだけですから」

 白峰クレナは、仕事を辞めて夫の昴太を支える傍ら、動画や本でイシュテンの生活や文化について伝えるようにしていた。大勢のファンがいて、こうして活動を休止すると伝えた際には、多くの人達が嘆き悲しんだと、白峰は聞いている。

 彼女の弟のルホウも、予定よりも遅れたものの、無事に手術は成功して退院出来た。今は、姉の代わりのように、アサ家で働いている。執事長であるティケアには厳しくしごかれている。


「アイリャさんは、お元気ですか?」

「ええ。まあ。元気ですよ」

 にこやかに、しかし目が笑っていない笑顔でクレナは月野に答える。

 アイリャ=ミルクリウスは、月野がイシュテンに来た一年後に、日本へと渡った。そして、白峰クレナと同様に、外交官としての仕事の傍ら、彼女の母国であるシルディーヌについて色々と解説している。


 クレナが、妙な緊張感を向けてきたのは、その解説動画などで鎬を削り合ったという理由だけではないだろうなと。月野は感じた。

 月野が初めて彼女と会った際の彼女の反応からして、どうも彼女は白峰を狙っていた節があったと、彼は見ている。クレナも、それは薄々と勘付いたのでなかろうか。そんな風に、月野は思った。肝心の白峰の方が、全く気付いていないようだが。


 ちなみに、そんなアイリャも日本に来て多くのファンが出来て、やがては恋人も出来て、今では結婚もしている。彼女が王都にいた頃は、何故か月野は彼女から散々に絡まれ、愚痴られ、助言を求められたりもしたのだが。無事に幸せを掴めたようでよかったと思っている。


「リュウ君も、こんにちは」

「こんにちは」

 明美と同様に、白峰とクレナの間に産まれた息子、リュウも母親のズボンを掴んでいる。彼は少し緊張しながらも、はっきりと挨拶を返してきた。彼らの子供だけあって、良い子に育っていると月野は感じた。


「リュウ君はいい子やで。ほんま、しっかりしとる。ルテシアにいる間、ちゃんと明美に色々と世話してくれたんやで。おかげで、すっかり仲良しや」

「そうなんですか。娘のこと、ありがとう。リュウ君」


「別に、世話っていうか。大したことしていないし。それに僕達、同い年だし」

 照れくさそうにそっぽを向くリュウに、月野は微笑ましいものを感じる。一方で「もし、娘に変な気を持つようなら……」と、警戒心も浮かんだ。


 ちなみに、明美とリュウは誕生日が同じである。月野夫妻の子と、白峰夫妻の子がこういう結果になったというのは。地球の人間と異世界の人間の間で出来た子供は、妊娠の過程が同じであるということが確認出来たという医学的、生物学的に大きな意義を持つ事になった。

 一方でこれに起因して、日本人男性の生殖能力に対し、異世界側では一時期変な噂が立っていたりもした。


「海棠さんも、ご結婚なさったんですよね。おめでとうございます」

「あはは。まあ、とうとう、押し切られたと言いますか。何と言いますか」

 頬を指で掻きながら、海棠が笑う。その隣では、イルが満面の笑顔で彼女の肩を抱いていた。


「まったく、海棠はんは粘りすぎや。付き合い始めてから、どんだけイルはんを待たせるんや。イルはんも、ほんまよう我慢したで」

「いやあ、何というか。仕事がね? なかなか切っ掛けが」

「しかも、結婚旅行もこうして取材を兼ねてや。どんだけ仕事の虫やねん」

 月野弥子は呆れたと溜息を吐いた。


「ねえお父さん。お姫様に会えるって、本当なの?」

 明美の質問に、月野は頷く。

「本当だよ。お母さんから聞いていると思うけれど、お父さん達は今度結婚するこの国のお姫様と一緒に仕事をしていたんだ。だから、お友達としてお姫様に結婚式へと招待されたんだよ」


 やはり、女の子にとってお姫様という言葉は憧れなのだろう。拳を握りしめ、目を輝かせる娘を見ながら、月野はそう思った。

 アサは外交官を辞めこの国の王子、オーワティア=リィレ=イブンと結婚することになった。なので、二人の結婚が発表されてからと言うもの、王都では連日のようにお祭りのようなお祝いムードが続いている。

 もっとも、彼女は外交宮こそ辞めるものの、その後も王室外交という形で各国との交流は盛んに行っていく方針である。


「この子なあ。ほんまに、アサの事が大好きやねん。でも、他の子らに、今度会いに行くって自慢しっぱなしで。でも嘘やって信じて貰えなかったみたいで、悔しがっていたけどな」

「なるほど」

「明美ちゃん。安心しなさい、私が明美ちゃんとお姫様が一緒になっている写真、沢山撮ってあげるからね」

 海棠の言葉に、明美は身震いした。


「ああそれと、白峰君。イシュテン式のラーメン広場とかの情報、ありがとうございました。お陰で、日本が恋しいときは大分それで凌ぐことが出来ました」

「いえいえ、お役に立てて何よりです」

 他にも、交流が増えるにつれて日本からの料理人が王都に来たり、逆に日本に異世界からの料理人が行ったりしている。材料の問題で完全な再現は出来ないものの、日本でも異世界の本格的な料理が楽しめるようになってきたと、月野は聞いている。


「あと、殿下から色々と聞かせて貰いましたよ」

「え? 何をですか?」

 にっこりと、月野は白峰へと笑顔を向けた。白峰はそれを見て、頬を強張らせるが。

 月野は指を眼鏡のブリッジへと当て、押し上げた。

「君が初めてここに来たときのこと、後でじっくりと聞かせて下さい。報告書に、書いていませんでしたよね?」

 白峰は顔を強張らせ、呻いた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 王宮の一室にて。

「もう、きっとシラミネ達は王都に着いた頃ね」

「そうだな。この時間ならきっと着いた頃だろう。まったく、さっきからずっと、上機嫌に鼻歌を歌って。結婚式のスピーチの原稿が、止まったままじゃないか」

 イブンの指摘に、アサは苦笑を浮かべた。


「書きたいことが多すぎて、困っているのよ」

「書きたいこと?」

 アサは頷いて、応える。


「二つの世界がゲートで繋がって。私達は色々な経験をしてきたわ。難しい問題も多かったけれど、手を取り合って、協力して。そうやって、乗り越えてきた」

 アサは窓の外を見た。王宮の外に広がる光景も、異世界からの影響で大分様変わりした。これからも、きっと変わっていく。それを今後は気軽に見に行けないのが、少しだけ残念ではある。


「私はこれからも、そうやってこの二つの世界が友好的な関係を願っているし、そうあるために生きていきたい。そう思っている」

 同意するように頷くイブンを見て、アサは続ける。


「だから『私達のこと、これからもよろしくお願いします』って、そう伝えたいんだけれど。伝えたい相手が多すぎて、困るのよね」

 メモぐらいにはなるかも知れないと、アサは原稿に思い浮かんだ言葉を書いてみた。


 この異世界を――

 そこまで書いてみたものの、アサは線で消す。二つの世界のすべての人達に届くように。

 この世界をよろしく。

これにて、この話は完結となります。

我ながら、こんなにも長くなるとは思いもしませんでしたが。完結出来てよかったです。

ここまでお読み頂き、お付き合い頂いた方々、本当に有り難うございました。

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