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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【異世界言語習得開始編】
28/279

佐上 マイフェアレディ(2)

【没ネタ】

佐上「ほんで? 服買った次はどこに行くんや?」

月野「はい、ホテルに行きます」

佐上「ホ、ホテルっ!?」

佐上「(はっ!? やはり、うちをこうして着飾らせて、恩着せがましい真似をしたのは、うちの体目当て? うちの立場が弱いことをいいことに、あんなことやこんなことをして、うっふんあっはん言わせる気やな? お、おのれ。このケダモノっ!)」

佐上「せ、せめて優しくして下さい(小声)」

月野「はい??」

 買い物を終えてホテルに戻ると、今度は美容室できっちりと髪を整え、メイクまでさせられた。流石にこれを毎日やる必要は無いが、場合によって重要な会談に出席するような機会があるとすれば、そのときにどういうイメージになるのか確認しておきたいという話だった。

 そんな機会、何をどう間違っても来て欲しくないと佐上は願ったけれど。

 そして、買った服を着て、美容院でメイクをして貰った後には。


「誰やこいつっ!?」

 鏡の前で、思わずそうツッコミを入れている佐上がいた。鏡の中には、クールビューティ然とした、知的で気品溢れる眼鏡美女が立っていた。

 大昔の少女漫画なんかだと「これが、私?」とか、自分で自分にときめくシーンになるのだろうが。というか、一瞬、それをやりかけてしまったくらいだ。恥ずかしくて、ついツッコミの方に回ったが。


 確かに、漫画では見掛けた。地味で目立たない眼鏡のモテない、化粧っ気ゼロのオタ腐女子が、本気のメイクで美少女になってしまうような展開。

 しかし、本気で自分がそんな漫画の展開を体験してしまうと、気恥ずかしくて悶え死にそうになる。

 背後から足跡が近付いてくる

 ビクリと、佐上は体を震わせた。


「如何でしょうか?」

 美容院の人の声。

 鏡の向こう。肩越しに月野が立っていた。

「ふむ。綺麗になったと思いますよ?」

 つくづく、嫌になるほど冷静に、彼は顎に手を当ててそう評価してくる。

 お、お前にそんなこと言われても、全然嬉しくなんかないんやからなっ!? 勘違いすんなやっ!?

 心の中で、そう叫びつつ、佐上は顔を真っ赤にした。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 続いて、ホテルのレストランで食事である。

 フランス料理のコース料理だが、それぞれのメニューが何という名前なのかも分からない。ただ、美味しいとしか言いようがない。これがいくらになるのかと考えると、それもまた恐くて、下手に聞くと喉を通りそうになかった。


「どうですか? お口に合いましたか?」

「う、うん」

 こくこくと、佐上は頷いた。下手にもうこれ、どう返答していいものか分からない。

「それは結構です」

 そう言って月野は静かに、背筋を伸ばしてジェントルマン然とした所作で肉をナイフで切り分け、口へと運んだ。


 それに比べて、自分はというと。

 まったく、こういうマナーを知らないわけではない。けれども、経験が無い。彼に比べたらどうしようもなく見劣りがする。それが、恥ずかしい。

 月野は何も言ってこない。けれど、一挙一動すべてをつぶさに見ている。何だか、嬲り者にされているような気分だ。


「佐上さん」

「な、何ですか?」

「テーブルマナーなどは、訓練が必要なようですね。後日、そこはどうするか考えるので、ご安心を」

「お、おう」

 余計なお世話だとも思ったが、デカい口を叩ける身分でもない。そこは理解している。まあ取りあえず、今日のところはこれで怒られるとかそういうことは無いようだった。


 ちなみに、この食事も今晩限りではあるが経費で落ちるらしい。美容室でのメイクと同じく、色々と見極めるための判断材料にしているという事なのだろう。正直、こんな真似が続くと色々と勘違いしそうなので、今日限りでいいと思うけれど。汚職事件で捕まる政治家とかは、こういう接待で色々と狂うんやろなあとか、ふとそんなこと考えた。

 後で、ホテルもここから別の、もっと安いビジネスホテルに替えさせて貰えないか頼むことにしよう。両親を初め、知り合いにはアホやと言われそうだが。でも、性に合わないのだから仕方ない。


「何か、マイフェアレディみたいやな。まあ、うちはオードリー=ヘプバーンみたいな美人ちゃうけど」

「そうですか?」

「そうやっ!」

 ふんっ、と大きく息を吐いた。

「うちはな。そんな、立派な人間やない。こんな綺麗な服を着て、メイクしてもろうて、こんな高級なご飯食べてっちゅうような人間やないんや。もっとこう、庶民的っちゅうか、そういうのが好きで、そういうのがお似合いなんや」

 佐上は自嘲気味に、そう言った。


 静かに、月野が見詰めてくる。

「ひょっとして、イライザのようにかつて住んでいた世界を失ってしまう。そういう可能性を恐れていますか?」

 ギクリと、佐上の胸が痛んだ。それは、佐上自身が気付いていなかった本心かも知れない。

 こいつは、どこまで人の心を読むのかと、少し恐くなってくる。

 返答は出来なかった。佐上は沈黙する。


「大丈夫ですよ。そんなことにはなりません」

「何でそんなこと言い切れるんや?」

「白峰君が言っていたんですよ。佐上さんは、今の会社の人達が好きなのだろうって。その人達と今後も連絡を取り続けるでしょうから、まずそんなことにはなりません」

「……そっか。そういうもんかもな」

 でも、こんな姿を見られたらもの凄いのにからかわれるような気はする。


「あと、もう一つ気になるんやけど?」

「何でしょうか?」

「何でうち、まだここにおるんや? うち、昨日はあんなとんでもない真似しでかしたんやで? こんなもん、普通やったらクビやろ」

「まあ、確かに気を付けて欲しい話ではありますね」

 月野は嘆息した。


「ああ、でもそういえば、あの後の顛末は説明していませんでしたね」

「あ、せやっ! あの後、どうなったんや?」

「一言で言えば、あなたが調整した翻訳機能。あれを徹夜でやっていたのでしょう? それが、構文的には問題なかったようです。部分的にも、お互いの言葉を訳すことが出来ることが確認出来ました。その可能性をあの使者は大きく評価したのですよ。無論、私もですが」

「あ、あんなんでか? いや、そのあれやで? ほとんど訳せてないんやで? 白峰はんから、日本語の構文に似ているっぽいって聞いたから、それベースに調整してみただけやで? いや、ベースとなる構文タイプは前から用意はしていたけど」


「しかし、それでも我々にとってはインパクトが大きかった。単語を選別した上でですが、3から5程度の単語を繋げた簡単な文章なら、私とあの使者の間で意思疎通が出来ました。その結果は各国にも伝えましたし、佐上さんの会社にも伝えましたが、非常に大きな反響でしたよ? 世界中の言語学者から問い合わせが来ています。我々の処理能力を超えているので、一旦まとめて佐上さんの会社に連携していますが」

「あー。なるほど」

 社長が興奮する訳や。と、佐上は納得した。あと、これだとそれこそ本社はエラいことになっていたのだろう。

 でも、何にしてもこれでクビが繋がった理由が分かったわけである。佐上は安堵した。


「それに、こういう事態になったとき、技術者という人種がときとして寝食を忘れてるものだということも理解はしています。なので、今あなたを失うデメリットやリスクを総合的に考えた結果、翻訳機の可能性を重視した方がよいだろうと、このような判断になりました」

 優雅にシャンパンを飲み、月野は続ける。

「それと、あの使者の方の立場になってみましょう。仮に言葉も風習も通じない国で、死にそうなほど顔色の悪い人が、説明も無くある日を境にいきなり姿を消したら、どう思いますか?」

「そ、それはそれで恐いな。どこの独裁国家かと思われそうや」

「そういうことです」


 あの使者の人もそうだが、この男も思っていたよりも、色々と相手のことを考える人なのかも知れない。てっきり、もっと高慢で融通の利かない頭でっかちな人間だと思っていたのだが。まあ、そうでなければ外務省なんていう、外国の人達を持て成したり、駆け引きしたりするところの仕事なんて出来ないのだろうが。

「あれ? せやけど、こっちはニュースになっとらんの? うちらの会社が開発したってのは、ニュースになってないようやけど?」

 そこ、名前が売れてくれないとちょっと残念なのだが。


「そこは、リスク管理の都合上、今しばらく伏せさせて貰っています」

「ふ~ん、そういうもんか」

 何か、難しそうな話になりそうな気がしたので、佐上はそれで納得した。

「ああ、あと何かニュース見とったら、魔法がどうとかって言うとったけど、どんなもんなの? あの異世界、ほんまにそんなもんあるん?」

「詳細は不明ですが、白峰君、そしてあの使者によると、やはりそのようなものは存在しているようですね。まあ、一部のネットで騒がれているほど大袈裟でもなく、日常生活に溶け込んだもののように思えますが」


「なんや、夢があるのか無いのか、よう分からん話やなあ」

「いずれ、白峰君が情報を持ち帰りますし、言葉がもっと通じるようになったら、あの使者の方からも聞けることでしょう」

「せやなあ。うん、あの使者の人は絶対にええ人や。うちも、もっと早く言葉が通じるようになりたいもんや」


 そうしたらもっと、仲良くなれるかも知れない。そういう日が早く来るのなら、そのために翻訳機の調整を頑張るのは悪くない気がする。

 それに、この「ド腐れ眼鏡」も、ちょっと話してみたら、単に感情を表に出さなくて、言い方が悪いだけのアホの様な気がしてきたし。いや、決して「綺麗になった」とか言われて、ちょっとでもいい気になってしまったとかそういうのは関係ないけれど。


「ああ、でも佐上さん?」

「なんやねん?」

「あなたには、つくづく、正しい日本語を使って貰うように気を付けて欲しいのですが」

「あんたは、ヒギンズ教授か」

「それと、使者の方には、あまり馴れ馴れしい態度は取らないで頂きたいですね。一定の節度は守って下さい」

「ああ、うん」

「そちらの服の手入れも、怠らずにお願いします。間違っても、チェーン店のクリーニング屋などには預けないよう気を付けて下さい。扱いが悪く台無しにされる可能性があるので」

「分かっとるて、あの店員さんにも説明受けたし」

「それから――」

 そんな感じで、10ほど注文が続いた頃には、佐上はすっかり臍を曲げた。

 やっぱりうち、こいつ嫌いや。

次回、久しぶりの白峰登場。繋ぎエピソードだけど。

あともうちょっとで、言語習得開始編も終わり。まあ、次回からは繋ぎエピソードだから、厳密な意味では違うかもだけど。

次章からは、もうちょっと白峰とアサの出番も多くなるはず。なるといいなあ。

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