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この異世界によろしく -機械の世界と魔法の世界の外交録-  作者: 漆沢刀也
【共にに歩む編】
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帰る場所

 白峰達が記者会見をしてから、彼らの結婚式まで。日が経つのは、あっという間だった。

 式場の中で、佐上は白峰とミィレの姿を眺める。二人は、この世界での婚礼衣装は色とりどりに飾られたもので、佐上が知る和式や洋風の結婚衣装とは趣が違っていたが。これはこれでいいものだと、彼女は感じた。


 結局あれから、月野とはまともに話せていない。あの日、彼らが戻ってくるなり、感情の赴くままに怒鳴り散らして、それから謝ることも出来ていない。

 逆に、月野が謝ってきた。こいつが謝るような事ではないと、頭では分かっている。だから、そんな真似をされると余計に腹立たしくなって、何て返せばいいのかも分からなくて、結局黙ってしまって。無視したような形になってしまった。


 「自分は、一体何をしているんだろうか」と、自己嫌悪に苛まれながら、佐上は式場で一人佇む。こんなめでたい席で、こんな気持ちでいるというのは、白峰とミィレに悪いと思いつつも。

 佐上は、彼らから視線を外し、他の参加者達へと目を向けた。少し離れたところで、海棠とイルが一緒にいるところを見付ける。海棠は、先日には「困った」「悩む」とか言いながらも、仲睦まじいオーラを出していた。これは、傍目で見たらもう、しっかりと出来上がっているようにしか見えないなと、佐上は苦笑した。この様子だと、外堀なんてとっくに埋まりきっていて、天守閣まで攻め落とされるのも時間の問題だろう。

 月野は、時居と一緒にあちこちの参加者へと挨拶に回っていた。ビジネススマイルを作りながら、こんなときまで人脈作りに精を出す姿を見て、佐上は嘆息する。


「――自分が、クレナさんにいつから惹かれていたのか。それはきっと、こちらの世界に来て初めて会ったときだったのだと思います。内心、不安と緊張を抱えつつ、アサさんのお屋敷へと向かう中で、クレナさんは自分に笑いかけてくれました。自分はその笑顔に、そのとき支えて貰ったのだと思います」

 気がつくと、新郎と新婦によるスピーチへと式が進んでいた。再び、佐上は白峰とミィレへに視線を戻す。


「他にも、料理が壊滅的にダメだった自分に、料理を教えてくれたり。この世界の言葉を教えてくれたり。それから、病気で寝込んだときにも、助けて貰いました。沢山、沢山支えて貰いました。仕事でイシュトリニスに行って、しばらく別れたときに、自分にとってどれだけクレナさんが大切な人で。帰るべき場所になっていたのだと思いました。これからも、支えて貰う事は多いかも知れません。けれど、これからは自分が彼女を精一杯に支えていきたいと思います。また、彼女と共に、帰る場所を作っていきたいと思います。クレナさん、心から愛しています。これからも、夫婦としてよろしくお願いします」

 頭を下げる白峰に、拍手が湧く。佐上も、拍手を送った。


「私の方こそ、コウタさんにいつから惹かれたのかを思い返すと、きっと初めて会ったときでした。少し緊張しているように見えたので、安心させてあげたいと思って笑ってみたら、それに応えて笑い返してくれて。この人は、言わなくても私の気持ちを汲んでくれる。そういう人なんだって、思いました。そして、拙いながらに言葉を教える私に、一生懸命に応えて、言葉を覚えてくれました。そんな、いつも誠実で一生懸命な姿に、私は惹かれていきました。コウタさんは、私のことを沢山支えてくれたと言いましたが。私は、そんなコウタさんを支え甲斐がある人だと思っています。私はこれからもコウタさんを支え、また時には支えて貰いたい。そうして、夫婦で支え合っていきたいと思います。また、コウタさんにとって、帰る場所であり続けたいと思います。コウタさん、私もあなたを心から愛しています。これからも、夫婦としてよろしくお願いします」

 ミィレからのスピーチも終わった。白峰の時と同様に、会場内で拍手が湧いた。


「サガミ」

 声を掛けられ、佐上は隣を見た。

「ああ、アサはんか。そっちは、もうええんか? あっちこっち、挨拶に回っていたようやったけど」

「今、一区切りついたところよ。そっちこそ、どうしたのよ。こんなところで、一人でいて。ツキノはどうしたの?」


「あいつなら、ほれ。二人のスピーチも終わって、挨拶回りを再開したところや。というか、うちとあいつをセットみたいに言うなや」

 佐上は唇を尖らせた。


「そう? その割りには、少し寂しそうに見えたけれど?」

 アサの指摘に、佐上は押し黙る。いつもなら、言い返していただろうが。けれども、否定しきれない自分を自覚する。


「なあ。アサはん、一つ教えて欲しいことがあるんや」

「何かしら?」

「外交官にとって、帰る場所って、やっぱり必要なものなんか? 白峰はんや、ミィレ……ああ、クレナはんがスピーチで言うとったけど」

 アサは虚空を見上げた。


「そうねえ。私は、イシュトリニスへ行ったときを除けば、自宅から通って仕事している訳だから、そういうのはまだよく分からないし。人によると思うけれど。必要な人は、多いんじゃないかしら?」

「そうなんか?」

 アサは頷く。


「例えば、私の両親は、今は夫婦揃ってイシュトリニスへ行っている訳だけれど。そんな風に、夫婦や家族で一緒に任地へ赴く外交官も多いわ。ルウリィも、そんな事言っていたわね。娘とあちこちの国を回ったとか。それから、ティケアもかしら。覚えている? 私の屋敷で、執事をやっている」

「ああ、あの渋いオジ様やな」

「渋い? オジ様?」

 佐上の評価に、アサは顔をしかめ、目を瞑って額に手を当てた。


「何やねん? その反応は?」

「いえ。子供の頃の彼の印象がどうしても拭いきれなくて。兎に角厳しくて融通の利かない堅物っていう感じだったから。あの人」

「そうなんか?」


「ええ。それこそ、サガミから見たツキノに対する印象に近いかも知れないわね」

「マジか」

 アサの告白に、佐上は軽くショックを覚える。


「でも、ティケアもそうね。所帯を持つようになってから、精神的に穏やかになってきたような気はするわ。優秀な外交官として、単身であちこちへ行っていたけれど。それにちょっと疲れて、色々あって私の家で働く事になったって聞くし」

「そっか。そう、なんやなあ」


 佐上は軽く息を吐いた。

 今の自分が、どんな表情をしているのかは分からない。何となく、笑いながら諦めているような、そんな顔をしているように思う。ただ、不思議と、心は落ち着いた。


「サガミ? どうかしたの?」

「いや、何でもない。ありがとな。教えてくれて。参考になったわ」

 安心してくれと、佐上はアサへ笑顔を返した。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 白峰とミィレの結婚式も終わり、すっかり夜も遅くなって、佐上は月野と一緒に帰路へ着く。家の方向が同じなので、そうなる。

 二人は無言のまま、歩いていた。

 大通りから離れ、すっかり人気も無くなったところで、佐上は口を開いた。この機を逃したら、きっともう、二度と彼と話すことは無くなってしまう。


「なあ。引っ越しの荷物とかは、もう片付いとるんか?」

 僅かに間を置いて、月野は応えてくる。

「はい、もうとっくに。部屋の中は、片付けてあります。後任がいつ来ても大丈夫な状態になっています。持っていくものも、必要なものは整理してありますから」

 それは、穏やかな口調だった。


「突然に決まったって言うとったけど。不安とか、無いんか? ほれ? おどれ、前に海外で働いていたとき、調子崩したって言うとったやないか」

「全く無いとは言わないですが。これも、仕事ですから。いい加減、引き摺っていても仕方のない話です」

 月野は笑って。そう言ってきた。しかし、その声は、どうしても佐上には寂しさが混じっているようにしか聞こえなかった。


「思えば、私も佐上さんには沢山助けて貰いました。私には思いも付かないような発想を出してくれて。本当に、感謝してもしきれません。ありがとうございました」

 佐上は、立ち止まった。

「佐上さん? どうかしましたか?」

 拳を握りながら、佐上は俯く。


"なあ、おどれ。帰る場所、欲しくないんか?"


 震える声で。不安と緊張に押し潰されそうになりながらも、佐上は訊いた。

「帰る場所。ですか?」

「そうや。おどれにとって、帰る場所って。これからどうするつもりなんや? いつまでも、うちらがあの渡界管理施設にいるなんて保証、どこにも無いんやで? だから、前はそんなこと言うとったけど。そんなの、もう言ってられんやろ。分かっとるんか?」

 深く、月野は溜息を吐いた。


「そう、ですね。佐上さんの言う通りです。ですが――」

「欲しいか欲しくないか。それだけ答えろや」

 苦しげに、月野は呻く。そして、沈黙した。


「――それが可能なら。あったらいいかと、思います」

 長い沈黙を破って、苦しげに月野は吐露した。

 それを聞いて佐上は、大きく深呼吸する。

「なら、一度しか言わん。そして、どうしても嫌や言うなら、断ってええ」

 佐上は顔を上げ、月野を見上げる。


"おどれにその気があるなら、うちがおどれの帰る場所になったる"


 その告白に、月野は目を丸くした。

「佐上さん? それは一体、どういう意味でしょうか?」

 佐上は無言で、月野へと近づき。彼の胸に顔を埋めた。背中に腕を回す。


「こういう意味や。言わせんなドアホ」

 月野は恐る恐る。しかし、強く佐上を抱き締めて応えてきた。

 佐上の目から、涙が零れた。

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