これからの約束
この日、記者達を前に、白峰達は多くのカメラからフラッシュを浴びていた。
白峰は記者達に向かって一礼する。
「皆さん。この度は、多分に私事であり恐縮ではありますが。このような場にお集まり頂き、有り難うございます。また、先ほどは私事とは申し上げましたが、同時に世間に説明が必要な事情も絡んでおりますので。報告させて頂きます」
再びフラッシュが白峰達に浴びせられる。
「大東新聞の水島です。白峰さん、ご報告というのは、近頃一部で噂されている話のことでしょうか? 何でも、あなたがイシュテンの女性とご結婚成されたという話ですが。それが、本当のことだということでしょうか?」
マスコミには、外務省から今日この日までは公にしないように伝えていて、大半のマスコミもそれを守ってはいたが。既にネットや一部ゴシップ紙の中では、白峰とミィレの結婚について噂が流れていた。
マスコミが約束を守っているのは、彼らとしても以前のように下手な刃向かい方をして、かえって首を絞めるような事態は避けたいという思惑から。そして、それでも情報が流出しているのは、恐らくはルホウが入院している病院の患者によるものだろう。そう、外務省は考えている。
人の口に戸は立てられない以上、この状況は仕方ないし、外務省としても想定の範囲内だった。大騒ぎになってさえいなければ、それでいいという判断である。
白峰は頷く。
「はい。本当です。自分は隣に座っている、ミィレ=クレナさん。いえ、白峰クレナさんと一月ほど前に結婚しました」
既にほぼ周知の話だったからか、記者達からは特に驚いたような反応はなかった。即座に、次の記者が挙手をする。
「特報芸能の俵崎です。式はもう挙げられたのでしょうか? あるいは、いつどのような式を挙げられるのか、教えて頂けないでしょうか?」
「式はまだです。ただ、急ではあるのですが身内の要望と、関係者の都合により、早くに挙げます。予算と相談しながら、彼女の願いを優先して。あちらで、イシュテン式で執り行うつもりです。ただ、自分も自分で、白無垢姿やウェディングドレス姿の彼女も見て見たいので。写真だけですが、そっちも着て貰うことになりました」
と、白峰は記者会見場の隅で、他の外務省職員が腕で×を作っているのを見掛けた。
「すみません。質問は、もう少し後にさせて下さい。まだ、白峰の方から説明することが残っていますので」
そういった声が聞こえてきて、白峰は苦笑を浮かべた。確かに、事前に聞かされていた段取りではその通りだった。こういう場に、少しは慣れていたつもりだったが、どうやらまだ緊張しているようだと自覚する。
「申し訳ありません。その通りでした。報告というのは、結婚に至った事情についてです。実は、クレナさんの弟は重い心臓の病気を患っています。非常に危険な状態でしたが、幸いにして、手術は成功し今は二回目の手術に向けて体力を回復させている状態です。しかし、彼女の弟を救うためには何か特別な事情がいる。そのために、結婚したということになります。ただ、自分は本当に、それ以前からクレナさんのことは好きでした。何か、弱みに付け込んでいるような気がして、結婚を申し出るのは恐かったのですが」
「ワタシも、コウタさんのことは大好きです。心から、愛しています。弟のことがあって、元々ワタシは、誰かと結婚するとか、そういうことは考えたこともありませんでした。でも、きっと。いずれ、弟のことがあっても、ワタシはコウタさんと結婚していた。そんな気がします」
一言一句、噛み締めるように、ミィレも白峰に続いた。
「心苦しいのは、今はまだ。彼女の弟のように、病で苦しむ人達を日本で受け入れるという体制が整っていないことです。また、逆にこちらの世界で苦しんでいる人達に有効かも知れない薬をあちらの世界から持ち込むといった真似が出来ないことです。魔法の活用次第で、やれる治療法も増えるかも知れません。自分はこの結婚を通じて、互いの世界の交流を深めていくこと、その体制を整えていくことがどれほど大切で、待ち望んでいる人達が多いのかと痛感しました。これから一層、職務に尽力し体制を整えていきたいと思う所存です。ですから、もう少しだけ、待っていただければと思います。お願い致します」
白峰夫婦は、深く頭を下げた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
渡界管理施設の中にて。
二人で留守番をしながら、佐上と海棠は記者会見の様子をモニターで眺めていた。
「なぁんか、難しい話してんなあ」
モニターの中では、時居、月野、白峰らが今後の体制や方針などについて説明していた。
「ですねえ。理解するの大変です。帰ってきたら、教えて貰わないとダメですねえ」
「せやなあ。こんなん、もう白峰はんミィレはん、おめでとうでええやないの。最初だけやん。ほのぼのとした質問て」
「一応、お二人がいつから意識していたのかみたいな話もありますけどね」
「それも、どこか尋問みたいになっとるやん。『本当に? どんなところが?』って。訊き方おかしいやろ」
「あの二人が、いつからって。実際、見てきた身としては疑いようも無いんですけどねえ」
「なあ?」
乾いた笑いを浮かべながら、二人で頷き合う。
「というか、異世界の人と結婚かあ」
海棠のぼやきに、佐上はふと目を細めた。
「なぁんか、引っ掛かる言い方やなあ? ひょっとして、海棠はん? イルはんと何かあった?」
佐上が訊くと、海棠は呻いた。
「ほほぉん? その反応は、アタリやな?」
海棠は顔をしかめる。
「別に、何かあったっていうわけじゃないんですけど。何かこう、私、囲い込まれているというか。外堀を物凄い勢いで埋められているような気がするんですよ。イルさんのご家族に。新年に会ってから、圧が物凄くて」
「嫌なんか?」
佐上が訊くと、海棠は頭を抱えた。
「そんなに嫌っていうわけでもないんですけど。このまま流されるっていうのも違うような気がして、イルさんのことは決して嫌いじゃないし、色々と案内して貰いながら一緒に見て貰うのも楽しいんですけど。今は仕事優先というつもりというか、あんまり急に来られても、それは困るというか。自分で自分がどう思っているのか、分かんないのが一番困るというか」
如何にもオーバーヒートしていますと言わんばかりに、ぐるんぐるんと頭を回しながら、海棠は天井を見上げる。
その様子を見て、佐上は苦笑した。
再び、彼女はモニターへと視線を戻す。
『――ということで、この月野渡をイシュテンの王都であるイシュトリニスへと送ることになります』
時居のその言葉に、佐上は目を見開いた。
「え? 今、なんて?」
あまりにも突然の事で、佐上は耳を疑う。
記者が、イシュトリニスへ行く予定について月野に質問した。
『月野です。白峰君の結婚式まではこちらにいますが、それを見届けたら、翌日に発つ予定です』
「えっと? 出張か、何かやんな?」
思わず、佐上は海棠を見る。しかし、海棠も何も聞かされていなかったと、困惑した表情を浮かべていた。
『滞在期間は未定です。しかし、最低でも3年から5年程度はあちらに滞在することになると思われます』
「聞いてへんわあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっ!! この、腐れボケえええええぇぇぇぇぇぇっ!!」
渡界管理施設に、佐上の怒声が響き渡った。