新婚夫婦の直近予定
ルホウの手術は、概ね無事に成功した。
手術の時間が、予め説明されていたものよりも大幅に伸び、それがミィレを強く不安にさせてはいたが。それは、複数のステントを入れたことや、血管の細さを考慮した慎重な手術によるもの。そう、白峰とミィレは医者から説明を受けた。
ただ、やはりどうしても、この手術だけでは不十分で、後日にバイパス手術が必要になるという話になった。
それでも、術後の容態は安定しており、このまま投薬を続けて体力の回復に努めれば、希望は十分にあるという結果になった。
集中治療室から出てきたルホウの様子が、病院に来る前よりは良くなっているのを見て、ミィレは安堵の顔を浮かべた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
暁の剣魚亭にて。
ミィレはアサ、佐上、海棠、クムハらに囲まれていた。
少し、女だけで堅苦しくない形で色々と聞きたい頃があるからと、ミィレは呼び出された。
ちなみに、白峰や月野はミィレの件もあってスケジュールが押しており、夜遅くまで残業である。
「ミィレ。まずはこの場を借りて、祝福させて貰うわ。結婚おめでとう」
アサの言葉を皮切りに、他の面々もミィレに拍手した。
その中に、ミィレは恐縮しながらも、顔を赤らめる。
「手術も、無事に成功したんやってな。次の手術の日はもう決まっているんか?」
「いえ。それはまだ。お医者さんが言うには、慎重に時間を掛けて。数ヶ月ほどは様子を見た方がいいのではないかという話でした」
佐上の問いに、ミィレは答える。
「そっか、焦っても仕方がない話やし、弟はんにもそこは自分の力だけでどうにか出来る話ではないけど。悩ましい話やなあ」
「でも、前よりはよくなっていると思います。あの様子なら、きっと大丈夫だと思います」
「せやな。それだけでも、ほんまよかったで」
腕を組み、佐上はうんうんと頷く。
「ちなみに、結婚式とかどうするんですか?」
今度は、海棠が訊く。
「せや。今、うちらのところ、それで月野の野郎が色々と白峰はんにせっついとるんや。予定どうなっているんだとか、今後のマスコミ対策がどうとかこうとかで」
「え? そうなんですか? そんなこと、シラミネさんは一言も私に言ってなかったです」
ミィレがそう言うと、佐上は「へっ」と嗤った。
「まあ、せやろな。おおかた、白峰はんもミィレはんに余計な気を遣わせたくなくて黙っていたんやろ。ミィレはんにしてみれば、弟さんの手術のことだけでも、いっぱいいっぱいやったろうし」
「そう。ですね。はい」
「やっぱりなあ。ほんま、そういうところデリカシーってもんが無いんやあいつは。うちからも、きっちり言うてやったけどな。『今、それどころやないんやろうから、白峰はんをあんま追い詰めるなや』って」
「ありがとうございます。でも、そうですね。私からも、ちゃんとシラミネさんと相談しないとですね。あと、私の両親も明日か明後日くらいにはこっちに到着すると思うので。一緒に話し合おうって伝えます」
「一応言っておくなら、式を挙げるなら早めにしてくれとか言うとった。普通、そこは出席者の予定とか考えて逆やろと思うけど。マスコミへのアピールがどうとかこうとか言っていたな。流石に、二人の式にマスコミを入れるなんて真似はせんけど」
「一応、あくまでも、お二人の都合でいいとは言っていましたけどね」
海棠も佐上に続いて、苦笑する。
「っていう話らしいんだけど。そこのところ、どうなの? ミィレ?」
ミィレは人差し指を顎に当てて、軽く虚空を見上げる。
「そうですねえ。どちらかというと、式は早くというのは、その方がいいのかも知れません。教会の予約が空いているのかとか、どういう式にするのかとか問題もありますけど」
「そう? 無理してない?」
「いえ。正直に言うと、弟からも急かされたんですよ。『僕が生きている内に、姉さんの花嫁姿を見せてくれ』って。手術が終わって、何言ってんのって思うんですけど。あの子にしてみたら、明日どうなっているか分からないっていう思いがまだあるようで」
照れくさそうに、ミィレは笑った。
「なるほどねえ。でも、それも当人にしてみたら切実な思いなんでしょうねえ」
海棠は同意し、頷いた。
「そういえば、白峰さんの方のご両親への挨拶ってどうなっているんですか? 結婚の報告は、しているんですよね?」
「したそうですよ。婚姻届を出す直前に。あまりにも突然の事だったり、事後報告だったりとかのせいで、ご両親とかなりの言い合いになったそうですけど。押し切ったとかなんとか言っていました。いいのかなあ。そういうのでって、思うんですけど」
「あー。あんまり気にせんでええんとちゃう? 筋を考えれば、あまりええ話ではないやろうけど。ミィレはんと結婚するのに、親だろうとつべこべ言われる筋合いは無いっていう確固たる意思を見せたっちゅうことで」
「あの人。ミィレさんが絡むと、本当に譲らないんですねえ」
「せやな。婚姻届を出す前に両親に報告したあたり、月野にぶん殴られた分、ちょっとは考えたような気もするけど」
「あれは、本当に驚きましたよ」
ミィレは大きく溜息を吐いた。
「ご両親への挨拶へも、近いうちに行くことになると思います。私の両親がこっちに来て、日本に行けるようになってからの話になると思いますけど」
ミィレは、軽くお酒を飲んだ。
「ところで、私からも一つ気になっていたことがあるんだけれど?」
クムハが口を開いた。
「はい? 何でしょうか?」
「ミィレったら、さっきからシラミネさんのこと。『シラミネさん』って言っていたけど。どうして? 式を挙げていないだけで、もう夫婦なんでしょ? ひょっとして、ニホンって夫のことも名前で呼ぶのが一般的なのかしら?」
「いえ? そんなことはないですよ?」
「じゃあ、どうして?」
半眼を浮かべるクムハに、ミィレは視線を逸らした。
「まだこう。実感が湧かないというか。慣れていないというか。何て呼べばいいのか、お互いに探り合っているような状態でして――」
赤面しながら答えるミィレに対し、クムハは肩を落とした。
「そんなことで、大丈夫なの? 初々しくてある意味では微笑ましいけどさあ。ひょっとして、また手も繋いだことも無いとか言わないわよね?」
「あ、ありますよ? 手を繋いだことはあります!」
それがつい先日、弟の手術のときが初めてとは言わない。
「そう? それじゃあ――」
そこから、しばし、クムハから夫婦の付き合い方において、結構突っ込んだ話が繰り広げられた。性的な意味で。
が、ほどなくして夫のリンレイとミィレにより、彼女はしばき倒されることとなった。